幕開け
国際的大規模『TCG型』VRMMO”ユニオンウォーズ”。
それは日本の他、外国にあるゲーム会社が総力を挙げて完成させたVRネットワーク。その土俵に舞い降りた最初の芽の名前だ。
今や世界中で約1.5億人のユーザーがプレイする超巨大VRMMOだが、ユニオンウォーズ自体は最初はただの紙版のTCGとして全国大会が開かれる程に有名な”玩具”だった。
それがここまでの大進歩を遂げることが出来たのは現代日本の最先端科学技術と、”UW”の国際的な人気なおかげでもある。
今までもVRネットワークで遊ぶ世界は開発・販売されてきたが、国際的な提携を結んで完成させたゲームはこの”UW”が初めてなのだ。
そんな世界は如何ほどか、それは足を踏み入れた者にしか分からない。
例えを上げるならば―――、
「すっっっっごおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
「でしょぉ?」
VRで創られたとある城下町に居るこの二人のアバター。
茶髪のポニーテールガールである結華 聖歌、そして如何にもギャル感の溢れ出ている女子の才理 彩架だ。彼女のアバターは現実の黒髪セミロングではなく、アバターの持ち味である髪型髪色変更により金色に染まっていた。
「先輩先輩!凄いですよアレッ!!ドラゴンに人が乗って飛んでる!!あ、あっちにも羽の生えた兎いる!わ~~、あの人抱っこしてて気持ちよさそ~~!!」
「そうだねぇ分かるよ。聖歌ちゃんも『改訂記念の特別指導講演』見終わったら私と”ダンジョンクエスト”受けに行こうか?」
聖歌はJKと言う歳にも合わず、彩架の腕を摑んであっちやこっちやに指を指して興奮していた。
無理もない。現代科学の神髄を行った地球でも存在しない、正に未知の生命体が目の前で”生きている”かのように動いているのだから。
彩架を中心に円を描くように動く聖歌を見ながら、ふと彩架は疑問を聖歌に投げかける。
「そういえば、桜星君はまだ来てないの?もうそろそろで『特別指導講演』始まっちゃうのに・・・」
発言の内容は彼、桜星がまだ来ていないことだ。彼だけが彩架の誘いに乗ったものの未だ来ていない最後の一人なのだ。
「学校から家が遠いんですよ先輩。だから今帰ってる頃合いじゃないですかね?・・・・聞いただけだから分からないけど、そんなに『特別指導講演』って大事なんですか?」
まるで桜星に興味はないかのように、周囲の環境に目を向けている聖歌はのんきに聞く。そんな聖歌を彩架は「うん」と肯定の反応を示し、残りの時間を城下町の塔につけられている最先端テクノロジーの時計を見て確認する。
それほどまでに『改訂記念の特別指導講演』というのは大事な事なのだ。
”改訂記念”。この言葉が付いてるのと付いていないのとでは圧倒的に価値が違うのだ。そして何より、彩架が聖歌達を誘ったのには”そのため”でもある。
「全く、部活の存亡がかかっていると言うのに桜星君はぁ・・・・。君も例外じゃないんだよ聖歌ちゃん。分かってるの?」
「―――えッ!?・・・・・、あぁまぁ、はい」
まさか自分が当てられるだろうとは思っていなかったようで、聖歌はビクリとその身体の動きを止める。
彩架が彼らを誘った理由、その動機が”遊戯部”の存亡の危機である。
進学校である日建高校には「一年の内に何か結果を残さなければ、その部を廃部」にすると言う厳粛な校則が存在する。しかしその分、割とどんなジャンルの部活でも設立は容易という各々の才能を花開かせることが出来る仕組みになっている。
そんな校則の存在する高校の”遊戯部”は今年未だに何の成果もあげられていないのだ。
これが何を意味するかは火に手を入れた結果よりも明白で―――、
「一応私が大会で結果を残せば生き残ることはできるけど・・・、聖歌ちゃん達の代で”遊戯部”を廃部にするのも私的には後味最悪だし、・・・・そうなると残る手は聖歌ちゃん達を立派なデュエリスト。つまりはカードゲーマーにするしかないのよねぇ・・・・」
独り言でぼそぼそと呟く彩架の声を聖歌はあまり気にも留めずにふらふらッと其処らの風景を見て回る。
そんな聖歌の様子に会社疲れのオッサンのような溜息を吐く彩架に気が付いた聖歌は息を漏らす。どこか既視感があったのだろう。聖歌は感じたことをそのまま話した。
「なんだか先輩、”お母さん”みたいですね」
「全く、人の気も知らないで・・・・・。そうでしょ?母性で溢れかえってるの私の身体。だからお母さんの望むいい子になってねー」
「きゃぁっ」
彩架は聖歌を抱き寄せると頭を撫で始めた。驚く聖歌だったが抵抗しないのを見る限り、好きなのだろう。野生を忘れたインコの様な顔面をしている。
そんな微笑ましい情景とは裏腹に、現実的な時間と言うのは容赦なく訪れていた。
「ただ今からぁ―――ッ!『VRTCG”UW”改訂記念の特別指導講演』を行いまぁす!!対象となる初見ユーザー達は自動的に”UW”国際TCG大会会場に転送されるためぇ、舌を噛まないようにご注意ください!!」
「ッ!!??」
「来ちゃったかぁ・・・・桜星君、間に合わなかったなぁ・・・・」
城下町でいちゃつく先輩後輩の間に突如として衝撃が走り抜ける。和気藹々とした楽しそうなテンパってそうな声がVRの街全域に垂れ流された。
そしてその声が辺り一帯を駆けまわった直後だった。
「あ、先輩!これ、・・・体が・・・・・」
聖歌の身が細かい数の集合体に変化し、その場から消えようとしていたのだ。勿論、それがついさっきの放送通り、自動的な転送だとしても実際自分がなると言うのは困惑の種ともなるのである。聖歌が無意識的に伸ばした手を彩架がしっかりと摑む。その反応を迎え、聖歌の表情に若干の安心が取り戻された。
「大丈夫。私も最初は焦った。けど慣れよこんなの。その内未来人っぽく感じて恰好いいとも思っちゃうから」
「えぇぇ、何ですかそれイタイ人じゃないですか・・・」
「でも、大丈夫になったでしょ?」
「まぁ、・・・はい」
軽口の交換によって聖歌の不安が多かれ少なかれ解消されたのは間違いない。もう既に身体の半分以上が数字の羅列となって虚空に消えていると言うのに、聖歌の口には微笑みがあった。もう大丈夫。ありがとうと、素直には言えないお年頃と言う奴か、聖歌はそっけない返事ながらもその感謝の意を眼で伝える。
彩架はうんうんと頷きながら大きく手を振って聖歌を大会会場に送り出す。眼を細めてしまうのは後輩からの素直な気持ちを受け取ったためか、はたまた”いつも”の自分自身が出てきてしまうためなのか・・・。それでも後輩を応援すると言う気持ちに迷いも嘘もない。
「それじゃ、行ってきまーす」
「行ってらっしゃい。終わったら会場入り口で待ち合わせね?色々レクチャーしてあげる」
「もふもふ兎の触り方とか?」
「それもある!」
お互いに真意が出るのはほとんどない。あるとするなら別に真意を織り交ぜる必要すらない趣味の会話程度だ。
聖歌が軍人のように消えかけの身体を動かして敬礼を取り、彩架はそれを笑いながら見送る。
そしてすぐに、彼女の身体は大会会場へと移送された。