7.聖剣ベルゴール
翌日、あたしは風貴を見守るため、セレディア家の門前に来ていた。ていっても、塀は高いし風貴は中だしで、外にいるだけじゃなんにもわかんない。まわりに家とかあればなぁ、屋根にのぼって覗くんだけど、そういうのもない……。
「どうしよう……」
途方に暮れている。
元の世界は学校があったから、少なくとも半日くらいはいっしょだったけど、今はこの状況だし、最悪の場合、ぜんぜん見られなくなるかも……。
裏にまわってみようと、歩きだしたとき、背後から、声をかけられた。
「そこで、なにをしてるんですか?」
しまった、と思って振り返ると、やっぱりセレディアだ。王女のくせに庭掃除でもしにきたのか、柄の長い箒を持ち、疑いの目であたしをジッと見つめている。
「そこ、掃きたいのですが? そこでなにをしてるのですか?」
うわぁ、ヤバい……なんて言い訳しよう……。
なんにも思いつかない。ここで下手な嘘をつくと、どんどん矛盾を指摘され、アワアワすることになりそう。迷ったすえ、あたしは取り合わないことにした。
「……別に、関係ないでしょ」
「関係ない?」
ムッとした顔になる。
「ミモリさん、でしたっけ? フウキさまに用があるんですよね?」
「…………」
「用があるなら言ってください。わたくしがあとで伝えておきます」
いやに攻撃的な口調だ。
「……別に、用はないけど」
「それなら帰ってくれませんか? 掃除の邪魔なので」
「…………」
「…………」
なにも言わずにいたら、セレディアがあからさまにイライラしてきた。
「……あの人に会いたいんですよね? 申し訳ありませんが、今は面会できる状況ではありません。まだ体調が万全ではありませんし、なにより本人が誰とも会いたがっていません。必要なことは、わたくしがやります。どうぞ安心してお帰りください」
なんかこの女、いけ好かない。
人間に対してそんなふうに思ったこと、初めてだった。倫理観のない奴とか、だらしない奴とか、いろいろ目にしてきたけど、嫌いとかって別になかった。でもこの女には、反発を感じる。なぜ?
「…………」
「…………」
たぶん、向こうも同じだからだ。目を見れば、なんとなくわかる。
「あの、いい加減にしないと怒りますよ」
掃いて追っ払うぞ、っていう意味らしく、箒を高く持ち上げた。
そのとき――
「美守さーん」
うげっ。
屋敷のほうから風貴が走ってくるのが見えた。セレディアはハッとしたように箒を背中に隠すと、品のいい微笑みを浮かべる。
「フウキさま、おはようございます。そんなに急いで、どうかされましたか?」
「おはようセレディア。いや、その……窓から美守さんが見えたから――」
「そう、ですか……」
引きつった笑み。
あたしのほうは、元気な顔を見ることができて、うれしいっていうのはあるんだけど、ちょっと距離が近すぎて、たじろいでいる。こっそりと、二歩下がった。
「美守さんがまだいてくれてよかったよ。昨日みたいに、すぐいなくなっちゃうじゃないかって思ったからさ、走ってきたんだ。セレディアが引き留めてくれてたの?」
「え? あ、あの……ええ、まぁ……そのぉ……」
チラッとあたしを見てから、風貴に向き直る。
「……もうすぐお昼ですので、お食事に招待しようと思っていたのです」
「へぇ、そうなんだ。ありがとう」
「……いいえ、たいしたことではありません」
さっきのやり取りなど忘れたように、笑いかけてきた。
「さぁどうぞ。ミモリさん、お入りください」
どうしよう……。
招待されたはいいけど、二の足を踏んでいる。もし家に入れば、風貴への干渉は避けられない。でもここで帰ったら、目の届かないところに行ってしまう気がする。
「美守さーん、早く」
風貴が呼んでいる。
さんざん迷ったすえ、中に入ることにした。
三十分後――
風貴、セレディア、ミルコといっしょに、あたしは食卓を囲んでいた。風貴の前もとなりも嫌だったから、斜め前に座っている。これが失敗だったのか、対面のミルコが、昨日はどこに泊まったの? とか、食事はどうしたの? とか、メッチャ聞いてくる。めんどうだから、「へリングポット」って短くこたえたら、「えええーっ。へリングポット? あんなところに泊まったのですかぁ?」と大袈裟に驚かれた。
セレディアは丸いパンをちぎりながら、眉間に皺を寄せている。
「ハーゼン通りにある店ですよね? あんな店、女性の行く場所ではありません。ならず者が集まっていて犯罪も多いです。怖くないんですか?」
「……別に」
素っ気ない感じで首を振ったら、その態度が気に食わなかったか、声に苛立ちをにじませる。
「ミモリさんがそれでいいならかまいませんが。あまり変な人と関わって、ここに連れて来たりしないでください。迷惑ですから」
重苦しい空気が漂う中、風貴だけは笑顔をたやさずにいる。
「美守さんなら大丈夫だよ。しっかりしてるし、ちょっと見た目は怖いけど、悪い人じゃないから」
なっ!
思わずギクッとした。どうしてそんなことがわかるの? 会話だってほとんどしたことないし、クラスでもなるべく目立たないように、座って見守ってただけだったのに……。同じような疑問を抱いたのか、セレディアがこんなことを聞いた。
「……あの、フウキさま。ぶしつけな質問ですが、ミモリさんとはどういう?」
「え? ただのクラスメイトだよ。何度も話しかけたけど、いっつも無視されるんだ」
「そ、そうですか……。そうですよねっ」
パッと顔が明るくなり、先ほどとは打って変わって、おいしそうにお茶を飲みはじめた。
「ところでさ――」
おもむろに風貴が話を変えた。いつになく、真面目な顔つきになっている。
「どうしてセレディアは、僕や美守さんによくしてくれるの? 倒れていたのを助けてくれて本当にうれしいけど……。どうしてこんなにも? えっと……その、もし僕にできることがあるんだったら、お礼もしたいし、言って欲しいんだけど」
セレディアとミルコは視線を合わせ、目だけでなにか会話している。
「あ、あの……フウキさま、それについてはまだよいのです。お体も万全ではありませんし――」
「姫さまッ」
ミルコがテーブルを叩いた。
「こういうことは、早く言っておいたほうがよいと思うのです。あとにすると、困ったことになるのです」
「…………そ、そうね」
話す決意を固めたらしく、座り直して背筋を伸ばす。
「実はわたくし、この国を治めていたかつての王、ラズロ・ネーベルトの娘なんです」
「えっ? じゃ、王女さまってこと?」
風貴は面食らっているけど、あたしは知ってたから、驚きはない。
セレディアは、はい、とうなずき話を進める。
「でもかつての王都は、魔王軍幹部のギルガリオンに占拠されてしまい、今やもうお父さまもなく、軍も半減し、王女といっても名ばかりなのです」
「えっと……その、ギルガリオンを倒して、王都を取り返そうとはしなかったの?」
「もちろんしようとしました。かつて三度にわたって戦いを挑んだのです。しかしギルガリオンの軍は強く、すべて失敗しました。それどころか奇襲を受け、二年前、お父さまは殺されてしまいました」
うん、それも知ってる。あたしが知りたいのはその先、風貴となんの関係があるの? ってこと。
風貴のほうは、軽くショックを受けたみたい。まぁ、こいつって、わりとすぐ感情移入するからね。映画見ててもすーぐ泣くし。
「……お父さんまで殺されて、それで……今はここで二人の生活か。それは辛かったね」
これを聞いたセレディアは、わずかに頬を紅潮させた。身を乗り出して、風貴の手をぎゅっと握る。
「わたくしは、奪われた王都を取り返し、国を元に戻したいのです。フウキさま、どうか力をお貸しください」
「そんなのっ、もちろんだよ」
即答したものの、すぐに、あれ? と眉を八の字にした。
「……僕になにができるのかな? 戦ったこと、ないんだけど……」
あたしもそこが腑に落ちない。こいつになにができるっていうの?
「ミルコ、アレを」
「ハイ姫さま。すぐに持ってきます」
持ってくる? ……って、まさかとは思うけど、聖剣とか魔剣とか、それ系のもんじゃないでしょうね? いくら異世界だからって、そんなベタな展開……なんて冗談半分に考えていたら、予想が当たってびっくり、戻ってきたミルコの手には、金色に輝く美しい剣があった。
「聖剣ベルゴールといいます。ネーベルト王家に伝わる秘宝で、天界の鐘を溶かしてつくったといわれています。神に選ばれし勇者のみが、使える武器なのです」
「神に選ばれし勇者……? まさか、僕が……?」
「はい、間違いありません。伝説にはこうあります。地上に悲しき声が満ちたとき、はじまりの森に神光が差し、若き勇者が舞い降りる。その者、ベルゴールの聖名をあらわし、たちまち悪を払うであろう、と」
胸の前で指を組み、青い瞳を輝かせた。
「フウキさま、まさしくあなたのことです。皆が失意の底に沈んでいたとき、神の光とともに、はじまりの森に舞い降りました。選ばれし勇者はあなたです」
んなわけないじゃん!
たしかに選ばれたっちゃ選ばれたけど、風貴なのは偶然でしょ。あの森に降りたのだって、深い意味とか絶対にない。近かったとか、そんなこと。
ただ、この展開はマズいかも……。
不安な気持ちが膨らんでいく。普通だったらこんなこと信じないし、断る一択だろうけど、風貴ってさ、普通じゃないんだよ。
「そうか、そういうことか! よし、なら引き受けるよ。セレディアと、この国に住むみんなのために、王都を必ず取り返してみせる」
「本当ですか? フウキさま、ありがとうございます」
「よかったですね。姫さま」
うっげぇええええー。
バカバカバカバカ、風貴の大バカ! なんでそう、すぐ引き受けるの? どうしてそんなにお人好しなの? 絶対にあんた、勇者じゃないよ? どうすんの? これ、どうする気なの?
あんまりにもバカすぎて、眩暈を覚えた。