世界最速のレベルアップ クレア番外編
総合年間ランキング1位作品
4月1日スニーカー文庫様より発売した『世界最速のレベルアップ』の番外編になります。
単体でも楽しんで読める内容になっているのでよろしくお願いいたします。
なお、大人気声優の小野友樹さまがナレーションを務めてくださった公式PVの方がKADOKAWA様から公開されています。
ぜひご覧ください!
https://www.youtube.com/watch?v=CfdmfgoypgQ
ショッピングモールの中にある映画館。
その入り口にて待ち合わせ中の俺――天音 凛は落ち着きなく突っ立っていた。
するとその時、ざわざわと周囲が賑わいだす。
「おい、見ろよあの子。めちゃくちゃ可愛いぞ」
「海外の子なのかな? すごく綺麗な髪……」
「ちょっと話しかけてみるか?」
「ばかっ、俺たちみたいなのが相手にしてもらえるはずないだろ! きっとモデルか何かで、彼氏もイケメンな有名人とかに決まってるよ!」
(……来たみたいだな)
周囲の者たちの反応から、やって来たのが誰かを想像するのは容易かった。
「申し訳ありません。お待たせしました、凛くん」
「いや、今来たところだから大丈――」
昔にある後輩からされた注意を思い出しながら、適切な返答をしようとし――俺は言葉を失った。
そこにいる少女に、ただただ見惚れてしまったから。
光を受けて輝く、美しい白銀の長髪。
雪のように白く繊細な肌に、ぱっちりと開かれた蒼色の瞳。
彫刻のように整えられた容姿を持つその少女の名はクレア。
俺との関係性を一言で告げるなら――仕事仲間、が適切だろうか。
とはいえ、彼女の顔は普段から見慣れている。
それでも見惚れてしまうのには理由があった。
普段、仕事中は美しくかっこいいといった表現が適する彼女だが、今日は様子が違ったのだ。
上は白地のシャツに、青色の薄手のカーディガンを羽織り、下は膝までのスカートを履いていた。
クレアの清廉な雰囲気を強調すると同時に、普段とはまた違った可愛らしさまで引き出している。
予想もしていなかったところから右ストレートを浴びたような気分だ。
「? どうかしましたか?」
「い、いや、何でもない。無事に待ち合わせできたことだし、まずは座席を選びに行こう」
「……そうですね。そうしましょうか」
彼女の服装に対して何と伝えるべきか分からず、誤魔化すように言うと、クレアは少しだけ目を伏せたあと俺の横にやってくる。
そんな中、俺はどうしてこんな状況になっているのかを思い出すのだった――
◇◆◇
『凛くんは今度の日曜日、何か予定はありますか?』
『え?』
とある日のこと。
仕事場の休憩室にて、おもむろにクレアからそう訊かれた。
突然のことに戸惑いつつも、俺は冷静さを保ったまま返答する。
『べ、べべべ別に何もないけど』
よし、上手く答えられたな!
自信満々にそう思っていると、クレアは続けて尋ねてくる。
『凛くんさえよろしければ、一緒に行きたいところがあるのですが……』
『っ!』
まさかのお誘い。
休日に男女二人で出かけるなど、もうこれはアレか。
アレなのか。
俺は冷静さを保ったままクールに落ち着いて返答する。
『あ、ああ。いいぞ』
『本当ですか? よかったです』
すると、それを聞いたクレアはほっと胸を撫で下ろした。
『実は無料で貰えた映画のチケットが二枚あって、使えるのが日曜までなんです。【マジカル☆ダンジョン☆ガールズ】の劇場版を見に行こうと思っていたのですが、誘える心当たりが凛くんしかいなくて……ですから、無駄にならないようで安心しました』
『……なるほど、そういうオチね』
『? 何かおっしゃいましたか?』
『何でもないです』
うん、まあ、用事もないのにわざわざ遊びに誘ってくるような関係性でもないからな。
分かってた分かってた。
別に泣いてなんかないよ……心の中でしか。
けれど改めて考えてみると、二人で出かけること自体はまごうことなき事実で。
俺は自分の鼓動が早まるのを自覚するのだった。
◇◆◇
――とまあそんな経緯のもと、俺たちは映画館にやって来た訳である。
そして今、俺たちの前では『劇場版 マジカル☆ダンジョン☆ガールズ』が流れていた。
マジカル☆ダンジョン☆ガールズ――通称『マジ☆ダン』。
20年前に突如として地球に現れたダンジョンから地上に出てくる魔物を、二人の魔法少女――しろねとくろなが討伐するという、シンプルな話だ。
熱いバトルや友情が含まれた、子供から大きなお友達まで大人気のテレビアニメである。
劇場版でもテレビアニメ版と同じく、しろねとくろなが大活躍。
さらにはマスコットキャラクターのウルフんも、助言を言ったり暴言を吐いたりといつにも増した獅子奮迅ぶりだ。
ウルフんが出るたび、ウルフんファンを自称するクレアの目が輝いていた。
「凛くん? どうかしましたか?」
「い、いや、なんでもない」
「? そうですか」
無意識のうちにじっと横顔を見ていた俺だが、クレアに気付かれたので慌てて誤魔化す。
彼女としてもそこまで気になることではなかったのか、すぐに視線をスクリーンに戻していた。
その後、しばらく映画を見続けると物語はクライマックスに突入し、強力な魔物と魔法少女たちが戦っていた。
見応えのある戦闘シーンに見入っていると、ふと隣から視線を感じた。
「……えっと」
「い、いえ、なんでもありません」
小声でそう零すと、クレアは慌てた様子で顔を前に向ける。
まるでさっきのやり取りの立場を逆にしたような感じだ。
こう、なんというか、形容しがたい気恥ずかしい気分になってしまう。
(というか、今の反応をするってことはクレアが俺を見てたってことか? ……まさかな)
そんなはずないか。
そう思っているうちにも物語は進み、やがて映画は感動のフィナーレを迎えるのだった。
映画後。
せっかくなので感想を話し合おうということで、ショッピングモール内のカフェに入った。
するとやはりというべきか、中にいた客からクレアは注目を集めていた。
そんな反応にも慣れているのだろう。
クレアは気にする素振りも見せず、店員にカフェオレを頼んでいた。
続けて俺もミルクティーを注文する。
ブラックコーヒーとか苦くて飲めたもんじゃないからな!
「実はここのタルトが絶品なんです。凛くんもいかがですか?」
「言われてみれば小腹が空いてきた頃合いだな。よし、食おう」
「それでこそ凛くんです」
いったい彼女の中で俺はどんなイメージなんだろう。
そう思いながらも、クレアがオススメだというフルーツタルトを二つ注文する。
数分後、届いたタルトを食べると、フルーツの酸味とクリームの甘味、そして生地の食感が見事に調和した味わいだった。
頬が落ちるとは、まさにこのことを言うのかもしれない。
ふとクレアを見てみると、彼女は頬に手を当て幸せそうな笑みを浮かべていた。
「すごく美味しいですね」
「……そうだな」
クレアにしては珍しい表情。
彼女が甘党だということは薄々分かっていたが、ここまでのリアクションをする程だとは。
そんなことを考えながら、俺はタルトを食べ進めていった。
マジ☆ダンの感想についても程々にしつつ、飲み物がなくなったタイミングでそろそろ帰ろうかということになった。
もともと余ったチケットで映画を見に来ただけ。この辺りで解散するのが頃合いだろう。
しかし帰る途中、ふとクレアが立ち止まる。
その視線の先には女性向けの洋服屋があった。
俺自身、妹の華に連れられてきたこともあるお店だ。
「何か気になるものでもあるのか?」
「い、いえ、決してそういうわけでは」
そうは言うものの、かなり興味がありそうだった。
「時間的には余裕があるし、寄っていくか?」
「……ありがとうございます。けど、本当にいいんです。普段はあまりこういったオシャレなお店にはこないのでよく分からなくて……」
とのことらしい。
普段はもっと大衆向けの店で買っているということだろうか。
しかしそれを聞いた俺は、彼女の服装を見て首を傾げた。
素人目にもかなり上等な服に見えるんだが……
「けど、だとするならその服はどこで買ったんだ?」
「これは私が自分の意思で買ったというより、知り合いに無理やり勧められるまま購入したものでして……実のところ、ちゃんと着るのも今日が初めてなんです」
「そうなのか? もったいないな。すごく似合っているのに――」
「……えっ?」
「――あっ」
待て。いま俺なんて言った?
うっかりとんでもないことを言わなかったか?
その証拠にクレアが何を言われたか分からないかのような表情を浮かべていた。
「凛くん……今、似合っていると聞こえた気がしたのですが……」
「あっ、いや、今のはその、違う……訳じゃないんだけど。うっかり口が滑ったというか」
「……ということは、本当に思ったことを言ってくれたということでしょうか?」
「……まあ、そうなるのかな」
「そ、そうですか」
クレアとの間に気まずい空気が流れる。
なんだろう、この感じは。
次に何を言うべきか分からず戸惑っていると、先にクレアが言う。
「凛くんは、この服が私に似合っていると思いますか?」
「あ、ああ」
「けど、最初に出会った時には何も言ってくれませんでしたよね?」
「それはその……少し気恥ずかしかったというか」
言い訳に言い訳を重ねるような見苦しい返答。
クレアからどんな風に思われているのか不安を抱いていると、予想とは違い彼女はくすりと笑った。
「そんなに動揺する必要はないですよ。別に怒っているわけではありませんから」
「そうなのか?」
「はい。それよりも、凛くんからそう言っていただけて凄く嬉しかったです。ありがとうございます、凛くん」
「――――ッ」
クレアが浮かべた柔らかくも可愛らしい笑みを見て、鼓動がドクンと大きくなる音が聞こえた。
そして、その音にばかり意識が向いてしまっていたからだろうか。
「……七海さんから、本当に大切な時に着るといいって言われていたことは、伝えない方がいいですよね?」
最後にクレアが小さく呟いた言葉を、当然のように聞き逃してしまった。
何はともあれ、そんな風にして。
ダンジョンや戦いとは無縁の、クレアとの何気ない一日が過ぎ去っていくのだった。
というわけで、クレアとの日常回でした。
本編ではなかなか見られないクレアの可愛い姿を楽しんでいただけたら幸いです!
少しでも『クレアが可愛かった』、『面白かった』という方は
広告下の下の「☆☆☆☆☆」を「★★★★★」にしていただけると幸いです。
書籍版『世界最速のレベルアップ』を含め、どうぞよろしくお願いいたします!