第九十一話 魔族と魔物
「ごめん、寝ちゃってた」
お風呂を出たら眠っちゃってて、何度かメイドさんも呼びに来たらしいんだけど、それにも気付かずに目が覚めたら夜になってた。
「気にするな。俺も似たようなものだ」
陛下も結構眠ってたらしくて、今一緒に夕食を貰ってる。
「このメシも美味いんだけど、やっぱり味噌汁が恋しくなるな」
ロザリィがボヤくと陛下が物凄く頷いてる。
「帰りの道中も食えたからなぁ。ここに戻った途端に食えないのは物足りなさを感じるな」
「はは。厨房に入らせてくれるなら作るよ。料理人さんにも教えられるし」
「よし、許可する」
「早っ」
陛下は食い気味に許可を出してきたよ。
「ところで、陛下っていつ頃……どうしてジパンを離れたの?」
味噌汁一つでここまで言うくらいだし、ジパンが嫌になったとかじゃなさそうなんだよね。
「そういやそういう話はしなかったな。俺の職業は【道化師】って言うんだが……知ってるか?」
ジパン語の職業? 【勇者】とか【聖女】みたいな?
「ううん……知らない」
「この職業はな……まぁ、弱い。戦闘職じゃないって思われてるくらいにな」
「思われてるってことはそうじゃないんだ?」
「まぁな。実はレベルを上げると、ある段階から急激に成長する職業だったんだ。そこまでが遠く、知られていなかったがな」
「まるで【すっぴん】みたいだ……」
だから親近感を感じてたのかな……?
「だが、【すっぴん】とは違ってそれを活かす仕事もある。例えば……そうだな、このグラスに……『偽物』」
陛下が目の前の赤ワインが入ったグラスにスキルを発動すると、すぐ隣にそっくりなグラスが現れた。
「それって……飲めるの?」
「まぁ、飲めないこともないが、スキル名の通り偽物だ。中身は同じ色のただの水。味もしない」
「変なスキル」
「まぁ、見てろ」
そう言って偽物の方を手に取る陛下。
「これに……『視線誘導』っと」
「ん? 本物の方の色が変わったぞ?」
「いや、陛下が私のりんごジュースと入れ替えただけだよ」
「なんだ、フィルナには効かないのか」
「え?」
私には普通に陛下が取り替えてるところが見えたんだけど……。
「本来はロザリィが引っかかったように、視線を別のものに向けさせてその隙に行動するスキルなんだ」
「へぇ。戦闘にめちゃくちゃ向いてる気がするんだけど」
「だろ? ただ普通はそんなことする余裕もないくらい弱いんだけどな」
「それじゃ【道化師】向きの仕事って?」
「要は相手が何もしてこないなら魅せて楽しませることはできるんだ。つまりは芸人だな。ジパンにはそれ用の施設もあるくらいだ」
「私はそれを楽しめないってことだね。残念」
何故かはわからないけどスキルが効かないんじゃね……。
「まぁ、それはともかく。ジパンじゃ【道化師】ってわかるとスカウトされるくらいなんだが、俺は芸人になる気はなくてな。15で【道化師】とわかってすぐにジパンを飛び出したんだ。幸いこっちに来るだけの金は持ってたからな」
「どうやって……って、『転移』しかないか」
「ああ。ジパンにはそれを使える【時空魔導師】を抱えた商人が来るからな。もちろんそれに同行するのに申請と許可が必要だし、ちゃんと手続きしてこっちに来た」
「なるほどねー」
「まぁ、その転移先が帝国と戦争状態になってたのは驚いたがな。そこで師匠に拾われてここにいるんだ」
「なかなかハードな出会いだな」
「まぁな。さて、俺の話はこんなものでいいだろう。宰相の話を聞きに行こう」
そう言って陛下が立ち上がって、私達も続いた。
「お待ちしていましたよ」
皇帝の間にはクリスさんが一人座って紅茶を飲みながら待っててくれた。
テーブルの傍には待ってる間に片付けたんだろう書類が積んである。
「遅くなって悪いな」
もう夜だし、クリスさんも働き詰めだもんね。ちょっと申し訳ないなって、思ってたらクリスさんは笑ってた。
「いえ、自分のことを隠さずに話そうというのは存外楽しみなものですね。そういう相手はあの彼以来ですから」
「ならよかった。フィルナ達も座ってくれ」
クリスさんの正面に陛下、その隣に私。そしてクリスさんの隣にロザリィが座る。
「それじゃあ、あの『ダンジョン』のことだけど……クリスさんが住んでたってことでいいのかな?」
「ええ。一番奥が広かったでしょう? あそこが私の部屋とでも言いましょうか。この建物というものを知った後では少々恥ずかしいのですが」
「アタイも人のことは言えないけど、なんであんなに入り組んでるんだ?」
ロザリィの家は単純に広い空間が縦に並んでるだけだったもんね。
「それは魔物の性質を試した結果ですね」
「魔物の性質?」
「そうです。やつらは敵と認識したものがいない場合、直進できないんですよ」
「なにっ!?」
声を出したのは陛下だけだったけど、私もロザリィも驚いた。
そんな性質、聞いたことないよ。
「え? でも待って。魔物は多少離れてても人を認識して襲ってくるよ?」
だからこそタイクーンではモンパレなんてことが起きるんだし。
「アタイが知りたいのはそこだ。魔族って接触しない限り魔物に襲われることはないよな?」
「さすが、お気付きでしたか。私にも理由はわかりませんがね。人を襲うというのはこちらで初めて知りました」
「え? そうなの?」
「ほら、こないだのサイクロプスも真っ先にフィルナと陛下を襲ってきただろ?」
「あ……確かに。ロザリィは攻撃を仕掛けたから狙われ始めたってこと?」
そういえば今までもロザリィが先に襲われてるところは見てない気がする。
「おそらくな。何か知らないかと思ったけど、やっぱり同じだったんだな」
「そうですね。ともかく、私が奥にいても分かれ道さえ作っておけば真っ直ぐには向かってこないので、余裕を持って迎撃できるというわけです」
「見えない中でよく気付いたな」
「偶然ですよ。逃げ道を増やしておこうと作った分かれ道に必ず曲がっていくことに気付いただけですから」
「それでもすごいよ。じゃあ、クリスさんは『特異点』ってわかる?」
これであの時言ってた他人と会ったことがないっていうのがわかるはず。
「ゲート……ですか? すみません、それはこちらでも聞いたことがありませんね」
「あの向こうでの時々光って魔物が消えるアレだ」
「ああ! アレですか。『特異点』と言うんですね。ですが、光なのに何故ゲートと……?」
この反応は嘘じゃないね。本当に知らなかったんだ。
「アレで消えた魔物がこっちに来てるみたいだ」
「! そういうことでしたか。なるほどなるほど。世界を渡る手段はあるものですね」
「いや、魔族は通れないみたいだ。魔王様がそう言っていた」
「魔王様……いらっしゃるのですね。いえ、何故忘れていたんでしょう……。あの方がいないはずはないのに……」
「何かわかるのか?」
「あ、いや……なんと言うんですかね。確信……でしょうか。ハッキリとあの方がいるということは思い出したのですが……」
ロザリィが言ってた生まれた時からある程度の知識が頭にあるっていう……。だから混乱してるのかも。
「わかるよ。アタイも似たようなものだった。その存在だけは間違いなく知ってるって感覚だけがある感じだろ?」
「そうですね。これは魔族だけの特徴なのですか?」
「人間にはない感覚のはずだよ」
「フィルナは違うみたいな言い方だな?」
「ううん、私のはそこまで確信的なものじゃないから」
「おい、フィルナは何を言ってるんだ?」
「夢を見たらしい。自分じゃないが自分のような人物の記憶……というか、それが記憶なのかも曖昧だったみたいだけどな」
「そんなことがあるのか……?」
「さすがにそのような人間は初めて聞きましたね」
「まぁ、フィルナは色々おかしいからな」
「確かにな」
「ちょっと!」
「確かに……この短期間でのこの成長……興味深いですね」
「ひっ」
クリスさんの視線が怖い!
「おい、フィルナに手を出すなよ?」
「ご安心ください。彼女は私よりも強いですよ」
「そういう意味じゃねぇ!」
というか、クリスさんには何が見えてるの?
単純な見た目のステータスはめちゃくちゃ低いはずなんだけど……。聞いても答えてくれなそう。
「とりあえず……この後どうしようかな」
「次に行かないのか?」
「そうなんだけどさ、もうすぐ冬だしね」
「フユ?」
「そうか、ロザリィは知らないんだな。なら二人ともここで冬を越すといい」
「ええ。私も初めての冬は死ぬかと思いましたから」
「そ、そんなにすごいのか? フユって……」
「まぁ、そのうちわかるよ。知らずに出るのは危ないからお言葉に甘えてここにいよう」
「わ、わかった」
結局、その日から約二ヶ月、帝国に留まることになったよ。
お読みいただきありがとうございます。
書けなかったので解説補足。
カットした対兵士百人では『視線誘導』を使っていますが、キース戦は挑発によるジョブ特性での攻撃誘導を利用しています。
次回、初めての雪。
※雪が降るところまで進みませんでした。
次回は、昇格と役職 をお送りします。




