第九話 前兆
私は22歳になった。
あれからもずっと薬草採取を続けてレベルも60になったの。もうすぐ普通の職業の限界の65だね。
でもステータスはまだ変わってない。
特別何か変わったことをしたわけじゃないからスキルも特に増えてないよ。
変わったことといえば、一年くらい前からギルドで調合をするようになったの。オババからもお許しが出たしね。
だから薬草採取に行くのは毎日じゃないんだけど、元々月に何日かは行けてなかったし。
そして今日はその調合の日。レベル60になってからは初めてだね。
「おっ、コボルトF。今日は調合か?」
「あ、ゴッツさん。そうですよー」
そうそう、なんかこの被り物のせいでこんなアダ名を付けられたの。Fランクなままなのとフィルナのイニシャルをかけてるみたい。
ゴッツさんが言い出しっぺで、あんまり気にしてなかったらいつの間にかみんなに広まってた。
「コボルトFのポーションは質がいいって聞いてるぜ。モンパレ本番もギルドのポーションを使うからな!」
「ふふっ、ありがと」
「ゴッツはギルドのポーション買う為に金を稼いでるようなもんだからねぇ」
「ラース! 余計なこと言うんじゃねぇ!」
「そうなの!?」
「ゴッツはともかく、みんなコボルトFの素顔が美人なんじゃないか、って息巻いてるんだ。そんな女が作ったポーションだろ? 効果が良いのもあるが、そういう意味でも人気なんだぜ」
「ふぇっ!? ちょっとやめてよ! そんな期待する程の顔じゃないから!」
顔が熱くなるのを感じながら奥の調合設備のある部屋に逃げ込んだ。
「まさかそんな想像されてたなんてね……。素顔を見られたらなんて言われるか……はぁ……」
「あら、どうしたの? 珍しく溜息なんて吐いちゃって」
「フィーアさん、こんにちは。なんかみんなに素顔を期待されちゃってるみたいで」
「ああ……そういえば私も最初しか見てないけど、どう?」
「どう……って、相変わらずこんなですよ」
コボルトの被り物を外して久しぶりにお母さん達以外の人に素顔を見せた。
フィーアさんには被ってる理由は言ってある……っていうか最初からわかってくれてた。
「相変わらず……って、随分減ってきてるじゃない」
「え? そう?」
宿には鏡はないし、顔を洗うときにもブツブツの感触があるから減った気がしてないんだけど……。
久しぶりに見るフィーアさんがそういうならそうなのかも。
それにしてもフィーアさんは唐突に距離が近くなるんだよね。
美人さんだから顔が近いと女の私でもドキッとしちゃうよ。
ていうか、お母さんも言ってくれればいいのに。
まぁ、最近はお昼のときくらいしか顔を合わせてないんだけどね。相変わらず私のことを応援してくれてる。
「実は【すっぴん】に美肌効果があったりして」
「そんなバカな──」
「だって【すっぴん】よ? キレイになれそうじゃない?」
グイグイくる。ドキドキしちゃうからもうちょっと離れて!
「でも、そう言われると否定できないかも」
【ステータス】ではわからない職業特性っていうのがあるのはわかってるしね。
アカツキは感情が昂ると強くなるし、クレ姉さんの回復魔法は【治癒術師】のオババより効果が高いらしい。
リューさんがドラゴンを使役しやすいのもそう。
ルミ姉さんは使うべき魔法がパッと頭に浮かぶって言ってた。
みんな職業の名前で連想しやすいもの。
でも、顔が良くなるだけっていうのもなんだかなぁ。
「ふふっ、いつかその被り物もしなくていい日が来るといいわね」
「そうですね」
そういう考えもアリかな。いつまでも被ってるっていうわけにもいかないしね。
「それじゃ、これが今日の分。よろしくね」
フィーアさんはギルドの保管庫から薬草を出しに来てくれてたんだ。
さすがにギルドが管理してる薬草を私が勝手に出して調合するわけにはいかないからね。
「わかりました。終わったら声を掛けますね」
最初の頃は調合してる間も付き添ってくれてたんだけど、何回か私の調合を見てからは業務に戻るようになった。
まぁ、時間もかかるし退屈だもんね。
それに……私のこと、信用してもらえてる、かな。
「よーし、やりますか」
フィーアさんのおかげでやる気が出たよ。
黙々と作業すること約一時間。
「よかった。今日も最高品質♪」
自然魔法のおかげで質の良い薬草を使ってるし、今は『薬の知識』もあるからね。
オババのところじゃまだたまに高品質ができるんだけど、ここなら安定して最高品質ができる。
そして──
(「『調合』を習得しました」)
「おお! レベル60になったからかな?」
(「加護により『魔法付与』に派生しました」)
「これって……【鍛治師】の『属性付与』と【魔法剣士】の『魔法剣』の複合スキル? 調合の上位スキルっていうわけじゃないよね?」
戻ったらオババに聞いてみようっと。
とりあえずポーションを瓶に移してフィーアさんに報告しなきゃ。
フィーアさんを呼んで作ったポーションを保管庫に移していると、受付カウンターのある入り口の方から「おおっ」という歓声が上がった。
「ん? なんだろう」
「ああ、今日は職業を得たばかりの王国学園の生徒さんが来てたんですよ。たぶん討伐に成功して帰ってきたんでしょうね」
タイクーン王国学園はこの国唯一の教育機関で、10歳以上なら誰でも入学できる。
貴族だけは入学と寄付が義務になってて、その寄付で運営されてるの。
貴族の子の発言権は強くなるけど、生活態度が親の評価に繋がるから権力にものをいわせて──なんてことはあんまりないみたい。
そして、卒業を控えた最終学年で誕生日が早い子はこうやって職業の腕試しをしたりするの。しない子も多いけどね。
ちなみに私は通ってないよ。
アカツキ達がいたし、読み書きとか計算とかはオババが教えてくれたし。
この国とか大陸のことは下手に学園に通うよりも勉強してるかもしれないね。『夕暮れの空』もだけど、オババも有名な冒険者だったみたいだし、いろんな話が聞けたからね。
「いきなりで討伐かぁ。羨ましい」
「まぁまぁ。フィルナさんも結構凄いことしてるのよ? ていうか私も話を聞いただけでどんな子か見てないんだよね。作業も終わったし、私達も行きましょ」
「そうですね。行きましょう」
扉を開けると、金髪のツンツン頭のヤンチャそうな男の子……って言ったら失礼かな。成人してるんだし。その人が冒険者たちに囲まれてた。
その足元には仕留めたらしい狼の魔物。ちゃんと初心者向けの下位のウルフだね。
こういう初心者は歓迎されるんだよね。この二年で色んな人を見てきたよ。
って、あれ? 解体はまだ習ってないのかな? 血抜きはしてあるみたいだけど。
「しっかし、よくこいつ一体で済んだなぁ。他にはいなかったのか?」
「それなんだけど……」
「ん? どうした?」
「こいつ、西門から出て結構近くにいたんだ」
「西側だと!?」
「向こう側の近くにこいつは出ねぇはずだ!」
「ぼ、僕もそれを知ってたから解体せずに持ってきたんだ! 何かすぐわかった方がいいかもって!」
「こりゃあ……マジだな」
「ああ。兄ちゃんお手柄だぜ」
「え?」
「ゴッツさん、ラースさん、『隼』のお二人に緊急クエストとします!」
「おう、任しとけ! フィーアちゃんよ」
「ほい、ライセンス」
ゴッツさんとラースさんはすぐにクエスト受注処理をして出て行った。
「フィーアさん……もしかして」
「ええ、予想よりかなり早いけど、モンパレの前兆だと思うわ」
まだ来年のことって予想されてたモンパレが起きようとしていた。
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次回は9年ぶりの出陣祭です。