第八十四話 帝国の『ダンジョン』
『ダンジョン』の入り口近くにはテントがいくつも立ててある。陛下の言ってた討伐隊の人達のものだよね。
「な、なんだ? お前らは!?」
「えーっと、陛下のお使い? 隊長さんはいますか?」
「なに? 陛下の? ちょ、ちょっと待ってろ!」
その場にいた、たぶん傭兵の一人が奥のテントに駆け込んでいった。
討伐隊は帝国軍と傭兵の混成部隊らしいんだよね。入国する時に聞かれたのも主に魔物討伐をする傭兵のことだったみたい。
陛下が割と好戦的だからいざ戦争ってなったときに軍が動かせないようなことがないように傭兵を雇ってるんだって。
ギルドとはまた別の評価方法で報酬が出るから、冒険者でもここで傭兵になる人もいるみたい。
「陛下の使いとは……何事でしょう?」
奥から出てきたのはしっかりと装備を身に纏った兵士さん……いや、騎士さんかな?
「書簡と言伝を預かって来ました。フィルナです」
相手が丁寧な言葉遣いだったからこっちも合わせる。
「それはどうもありがとう。僕はカイル。帝国軍第二部隊隊長で、この討伐隊の隊長をしています」
まずは帰還許可証の書簡を渡すと、すぐにそれを広げて目を通すカイルさん。
「私達がこれから『ダンジョン』に入って間引きするので、部隊を帰還させる許可証と、言伝は隊長さんは残って代わりの到着を待つようにとのことです」
「あなた方二人だけで……?」
「私はAランク冒険者ですので。それとこっちのロザリィが入る許可証がこれです」
別れる直前に書いてもらった許可証も渡す。
「これは……確かに陛下の字と印ですが……なぜこんなその……雑な……?」
すごく言いにくそうなことを抑え込むように言葉を絞り出す。
「本当は陛下もここに来る予定だったんだ」
カイルさんの雰囲気を察したロザリィが割り込んで話す。
「それが、急用ができて引き返すことになったんで、用意してなかったそれだけ今日書いてもらったんです」
それに続いて事情を説明する。
「なるほど。帰還の許可証も用意してあったことですし、疑いようがないですね。分かりました、隊員に撤収を指示してきますので待っていてもらえますか?」
「え? それはどういう?」
もう早く入りたいんだけど。
「ここに残る僕はお二人に同行しましょう。中は入り組んでますので、案内が必要でしょうから」
「フィルナがいれば必要ないと思うが……」
ロザリィの言う通り、私には『空間把握』があるから大体の地形は見えなくてもわかる。
「そうですか……。ですが、せめて僕が大丈夫だと判断できるまで、お願いします。陛下が信頼して送ってくれた二人に何かあれば僕は……」
そういうことか……。これも私にはわかんない感覚。
強い人がやるんだから任せればいいんじゃないの、って思っちゃうんだよね。
「わかりました。急いでいるんで、早くしてくださいね」
とりあえず、最後までついて来ないならいいかな。
さすがにオーガと戦うのに一緒に……っていうのは危ないかもしれないし。
帝国軍で一部隊持つ人なんだから弱いっていうことはないだろうけどね。
この物腰がなんかそう見せちゃうのかも。
「急いで……? 何かあるのですか?」
「言ったら他の人たちのせっかくの休暇が台無しになっちゃうかもしれないんでやめときます」
急いで陛下の護衛に──なんて言い出しかねないよね。
「そうですか。ならせめて僕一人になった後には教えて下さいね」
それならいいかな。軽く頷くと、カイルさんはテントの方へ戻っていった。
「フィルナ、あいつらには『浄化』しなくていいと思うか?」
待ってる間、ロザリィと相談。
ずっとここにいる人達には『浄化』はかけてないからね。
「うーん、どうだろ。帝都の人なら見た目でわかりそうだけど、特におかしいところはなかったよね?」
「そうだな。まぁ、でも傭兵って言ったらあちこち回ってたりするんじゃないのか?」
「確かに。その辺はジャーニーの人に通じるところはあるよね」
ってことは、ジャーニーみたいに見た目じゃわからない可能性はある、かな。
「ま、労いで綺麗にするって言ったら受け入れてくれるんじゃないか?」
「なるほど! さすがロザリィ! あったまいいー!」
「ふっ……」
あ、これはかなり喜んでるときの仕草。
ちょっと視線を逸らして髪を触るんだよね。
「どうかされましたか?」
カイルさんが戻ってきた。
「あ、いや、私、『浄化』が使えるんで、皆さんの身体を綺麗にしようかなって」
急に声を掛けられたからなんか怪しさが増しちゃったかも。
カイルさんも顎に手を当てて訝しんでる。
「まぁ、『浄化』で悪くなることはないですし、構いませんか」
それでも『浄化』でどうこうできるわけでもないから許可してくれた。
……無駄に頑張ればできないこともないけど。
「それじゃあいきますよー。『浄化』ーっと」
「は?」
なんの説明もなく範囲化した『浄化』を使ったからさすがに驚いてるね。
でも、自分の身体も綺麗になってるのを確認してほっと息を吐いた。
そして、その時私は後ろの人達を見てたんだけど、やっぱり何人かは黒い靄が出てた。
全員じゃないなら今回は大丈夫かな。カイルさんも出てないし。
「うおっ、なんか風呂入ったみたいにスッキリしたぜ」
「ああ! 気持ちいい!」
『浄化』のことすら知らなかった後ろの人達から歓声が上がった。
神聖魔法の光に驚いてたけど、これなら問題なさそう。
「それじゃ、『ダンジョン』行こっか」
「そうだな、行こう」
「あれだけの魔法を使ってそのまま……? どうやら僕は本当に足手纏いになりそうだ」
「ここで待っててもいいよ?」
丁寧な言葉遣いはやっぱり疲れる。これが楽だよ。
「いえ、明かり持ちくらいしましょう」
「ふっ、見たいんだろ?」
「はは、敵いませんね」
なるほど、そういうことね。
「では、ここからは副隊長の指示に従うように! 戻れば休暇ですよ!」
カイルさんがそう声を掛けると、「おうっ!」と喜びに満ちた返事が来て、他の人は帝都を目指して移動を始めた。
それを見送って、私達も『ダンジョン』に足を踏み入れた。
「ひとつだけ……帝都に戻った陛下には護衛が付いていますか?」
気付いてたんだ。それでも私達を信じて追及しないでくれたみたい。
「今は一人。だから早く済ませて追いつきたいんだ」
「やはりですか。確かに、他の隊員がいる時に聞いていたら追いかけさせたでしょうね」
「だよね。だから言えなかったんだ。ごめん」
「いえ、それだけ貴方が陛下から信頼されているということでしょう? なら、なるべく邪魔にならないようすぐに退散しますよ」
「ありがとう。信用してくれて。陛下を陥れようとしてるようにも見えるはずなのに」
「僕がこんなこと言っちゃダメなんで、内緒にしてくださいよ? もし貴方が陥れようとしてるとして、それで負けるようなら陛下が悪いんです」
「なるほど、そういう忠誠もあるんだ」
「ええ、あの人が負けるところなんて想像できません」
「アタイとフィルナに負け続けてたけどな」
「ぶっ、ロザリィ!」
「はは、そうですか。やはり二人でここに来るだけはある」
「本当は陛下とここに来るの楽しみだったんだけどなー」
「おい、おしゃべりは終わりだ。そろそろだぞ?」
「わかってるよ、ロザリィ」
「こんな浅いところに……? 最近我々が入ったばかりですよ?」
ん? 本来の生態と違うのかな?
武器を構えつつ、まだ見えないこの奥に少しだけ不安を覚えた。
お読みいただきありがとうございます。
次回、久しぶりの特異個体。




