第八十話 旅人の町
私とロザリィ、そして皇帝陛下の三人での初めての野営。
テントを張って、その前で火を熾して晩ご飯の用意を始めた。
「夜番は私とロザリィでやるから陛下は寝ててね。さすがに陛下に夜番させたなんて知られたら宰相さんになんて言われるか」
「まぁ、それはそうだろうな。ここは遠慮なく寝させてもらうことにしよう」
「アタイらは外で寝るから陛下はテントを使ってくれ」
「別に中で寝てもいいんだぞ?」
「陛下と同衾なんてそれこそ勘弁してよ」
「おいおい……こんな道中で手を出すほど節操なしじゃないぞ?」
「それでも! まさか一緒に寝たって既成事実を作ろうとしてるんじゃ……」
「はっはっは、その手があったか」
うわ、私が勝手に暴走したみたいな流れにされたよ。
「フィルナが男と一緒に寝るのはアタイが嫌なんだよ」
ちょっとロザリィさん?
「なんだ、それならそうと先に言ってくれよ」
陛下は同衾しないことを納得してくれたけど、なんか変な誤解を生んだ気がする。
「とにかく! ご飯できたよ!」
少しずつ増やしてきて、今じゃガッツリお肉の入ったスープ。
ロザリィの好みもわかってきて、味濃い目。
こないだ帝都を回った時に買った、陛下が伝えたっていうジパン独特の調味料、ミソも入れてみた。
それとショーユっていうソースと、お米にそれを炊くハンゴウって調理器具も買ったよ。
今日はライスはなしだけど、明日やってみようかな。
「おっ、味噌汁じゃないか!」
「ミソシル?」
「ジパンの料理の一つだ。味噌は作れたのに誰も再現できなくてな。食うのは久しぶりだ」
「へぇ。なんとなくこうやったらいいのかなって。『調理』スキルの予想だけど」
「なかなかいいな。向こうの味噌汁はこんな肉を入れるもんじゃないが、合うもんだな。いや、美味い」
「これは初めての味だな。これはジパンじゃよく食うのか?」
「朝食はほとんど出てたな。色んな野菜を入れるバリエーションがあって毎朝でも飽きないんだよ」
「へぇ。朝はさすがに面倒だけど、夜ならしばらく作ってあげる」
「マジか。ありがたい。なにせこいつは「毎朝俺の味噌汁作ってくれ」ってプロポーズするやつがいるくらいだからな」
「そんなに!?」
「ジパン人にはそれくらい身体に染み付いてる味なんだよ。フィルナのこれもその味がしっかり出てるぞ」
「へへへ。よかった」
「フィルナ、おかわり!」
「はいはい。私にも食べさせてよねロザリィ」
ロザリィのおかわりをよそってようやく自分の分に手をつける。
「味見はしてたけど……美味しいね。陛下は味濃いの平気?」
「これくらいならむしろ好きな方だ」
「なら分けなくていいね。ロザリィもこれくらいが好きだよね?」
「ああ。最高だ。フィルナ、毎日アタイのミソシル作ってくれ!」
「ぶっ! 何言い出すの! ちょっと零しちゃったじゃん!」
「悪い。でも、これは美味いぞ。今までで一番だ」
「そこまで気に入るとは思ってなかったから、帝都に戻ったら買い足さなきゃね」
問題があるとすれば、あんまり量は売ってなかったんだよね。
あんまり気にしてなかったけど、陛下の言う通りならみんな使いこなせてないから作る量が少ないのかも。
「別に秘伝ってわけじゃないからレシピは教えるぞ。材料も売ってるしな。ただ手間と時間はかかるがな」
「手間はともかく時間かぁ……作れるかな?」
「同じ材料で酒も作れる。ジパン酒って言うんだが、これがまた美味いんだ」
「あ、私お酒飲めないからいいや」
「そう言うなよ。こっちの連中みんなエールに慣れすぎてて他の酒作ろうとしなくてよぉ」
「そんなに飲みたいの? そこまで言うなら気が向いたら作ってもいいけど、間違いなく帝国にいる間にはできないよ?」
「よし、完成したら『転移』を許可する!」
「あっはっは、そんなに美味いのか? アタイも興味が湧いてきた」
「でも、お酒も時間かかるよね。ジパン酒って醸造酒? 熟成させるにも……旅しながらって結構難しいかも」
「まぁ、話振っといてアレだが、その話は戻ってからにしようか。期待はしておくがな」
「はいはい。それじゃ、向かってるジャーニーって町について聞いておこうかな」
「そうだな……平たく言えば旅人の町だ」
「旅人の……? 帝国の人間なんだろ?」
「今でこそそうだが、元々は各地を旅してた冒険者だったり、だな。大した記録は残ってないから昔はよくわからんが、『ダンジョン』が出来てからはその一番近くの町ってことで人がよく立ち寄る場所になったんだ」
「でもそれってただのお客さんでしょ?」
「それが面白いことに、ジャーニーの手厚い対応を気に入ったやつが旅の終わりにそこで受けた対応を返そうって戻ってくるようになったらしい」
「へぇ。確かに面白い……というかいい話だね」
「そしたらそいつの話を聞いた客もまた戻ってきて……って、気付いたらジャーニーは元旅人だらけの町になっちまった」
「なっちまった……って、別に悪いことはないでしょ?」
「いや、元々の住民はどうなったんだ?」
「あっ」
「察しの通り、そいつらのサービスがいいってんで、商売にならなくなった元の住民はそこを離れることになったのさ。ジャーニーって町の名前はその後についたものだ」
「あ、もしかして帝宮にあった記録って……」
「そう。その時町を離れた住民が持ち込んだものらしい」
「なるほどねぇ。最初はいい話かと思ったんだけど」
「一応円満な解決だったらしいぞ。記録では住民はそいつらに町を託して離れたとある。その移動の護衛もちゃんとしたことになってるしな」
「ま、当時を知らなきゃ真相はわからないな」
「その通りだ。だが、今もジャーニーの対応はしっかりしていると聞いている。俺としては記録通りだったと信じたいところだな」
「そうだよね。勝手な想像で悪く言っても仕方ないし」
「だな。アタイも知らないやつのことを否定する気はないよ」
「ありがとう。まぁ、この視察ですぐにわかるだろう。ただ念のため……例の『浄化』の準備はしておいてくれ」
「まぁ、帝都のあの《悪魔憑き》の数を見てたら他にいるかも、って思うのも無理はないよね」
「《悪魔憑き》が旅をしてきて戻ってくる……か。二人に聞いた先代皇帝の言った「外に出せという意思」とも一致するところはあるな」
「ああ。やはりそこが気になってな。ジャーニーの視察をすることにしたのもそれが理由だ。二人と『ダンジョン』に行きたいっていうのも本音だがな」
「わかった。帝宮で話さなかったのは……」
「念のためさ。さすがにもう《悪魔憑き》はいないだろうがな」
「陛下はあの宰相を信用してるんだかしてないんだかわかんないな」
「この帝国で宰相って立場はある意味皇帝より上の存在だからな。宰相を選ぶのは皇帝だが、あの宰相は先代からそのまま残ってもらっているんだ」
「なるほどね。先代様が亡霊にされたのを考えたら……警戒するに越したことはないと思うよ」
「悪いな、面倒に巻き込んじまって。俺もまさかこんなすげぇ二人に会うことになるとは思ってなかったからな。ここぞとばかりに頼ってる」
「ふっ、頼られるのは嫌いじゃない」
「私も。相手次第だけど、陛下なら悪い気はしないよ」
「繰り返すが……ありがとう」
「どういたしまして。それじゃ、陛下は休んで。私も寝ておくから、ロザリィ先にお願いね」
「任せたぞ」
「ああ。安心してゆっくり休んでくれ」
いつもの順番で先に夜番をロザリィに任せて、陛下はテントの中へ、私は火の側で布を敷いて横になった。
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