第七十九話 皇帝との旅へ
「なるほど、強いな」
出発の日まで書庫に篭って、飽きてきたら外に出て訓練。それに時々執務にも付き合わされた。
皇帝陛下の言葉通り、寝てる時以外は行動を共にしてたよ。
そして今は私と陛下で手合わせ。お互いに木剣で打ち合ってる。
「いや、ごめん。教えられればよかったんだけど」
やってみてわかった。私もまだ人に教えられるほど修めてない。
流派の違いもある。騎士さんたちみたいな大陸国家主流の相手をよく見て隙をついていく型だったら上手く指摘したりできるんだろうね。
「いやいや、なんでもできるのが強みなんだろうが、本当になんでもやっちまえたら面白くないだろう?」
「そうそう。どこか抜けてるところがフィルナの可愛いところだからな」
ロザリィってば、またそういうことを真顔で言うんだから!
でも、陛下の言うことも一理あるかな。
「確かに、できるようになろうとしてるときが一番楽しいからね」
「だろう? だから俺は今とても楽しい」
「なるほど、アタイらと同類というわけか」
「一緒に『ダンジョン』に行こうとしてるワケがわかったよ」
「さすがに俺一人じゃキツい『ダンジョン』だが、お前達二人がいれば十分だからな。俺も安心して思う存分暴れられる」
「そういえばここはどんな魔物がいるの?」
「人型が多いな。ゴブリン、コボルト、オークにオーガ。ごく稀に獣系も出るがほとんどいないな。それで中は入り組んでるが、奥に行くほど強いやつがいる感じだ」
「結構広いんだな。オークってアタイらの倍くらいあるんだろ?」
「いや、そうでもない。が、斧を振り回せるくらいの広さはあって厄介だ。おかげで周りにはほとんど他の魔物はいないけどな」
「間引きする時はオーガまで倒してるの?」
「いや、滅多にそこまではやらないな。ゴブリンやコボルトさえ削っておけばスタンピードにはならないことはわかっている」
「ああ、オークとオーガが増えたらお互いに殺し合うんだな」
「そうみたいだ。その滅多に……でもそこまで増えてるのは確認されていない」
「なるほどね。今回はもちろんオーガまでやるんでしょ?」
「そのつもりで期待している」
「ふふ、楽しみだな」
ロザリィの目の色が変わった。まだ早いからね!
そしてまた場所を書庫に移して記録漁りしてるとき。
「そういえば、ちょっと気になったんだけど、聞いてもいいか?」
「どうしたの? ロザリィ」
「悪魔ってなんだ?」
「え?」
「いやほら、亡霊に取り憑かれることを《悪魔憑き》って言うだろ? その悪魔って言葉はどこから来たのかなって」
「それは……あれ? そういえば知らないや。陛下は知ってる?」
「言われてみれば俺も知らないな。そう呼ばれていたからそう呼んでいるってだけだ」
「おいおい……余計気になるじゃないか。普通亡霊が憑いてるんだから《亡霊憑き》って呼ぶもんだろ?」
「確かに……なんでだろ。今回は先代様が抑えてただけで、普通は性格とかも変わっちゃうとか?」
「だが、その程度で《悪魔憑き》なんて名前が付くとは思えないな」
「ああ。アタイもそう思う。悪の魔だろ? よっぽど酷い……それこそあの時のアイツらのような……変化があるんじゃないか?」
「…………アカツキ達のこと?」
「あれはフィルナの知ってる奴の姿じゃなかったんだろ?」
「おい、どういうことだ? アカツキ……って、あの暁か?」
陛下も当然アカツキのことを知ってた。だから私の故郷での出来事を伝えることにしたよ。
そうして話してる時に、ふと先代様が言ってたことを思い出したんだ。
【勇者】のこと、先代様を亡霊にした存在のこと。
「俺が知ってる暁と紅は……そんなことを言い出す奴じゃないな。だが……ジパンには【勇者】と【聖女】にまつわる物語がある」
「物語?」
「事実を元にしたって逸話のある話さ。その冒頭で魔族も出てくる」
ああ、だから魔族の存在とか疑わなかったんだ。
「それってジパンの人ならみんな知ってるの?」
「いや、ジパンでも勉強熱心なやつくらいだな。暁とかはそれと関係なく聞かされたと思うがな」
意外……って言おうと思ったけど、陛下はこうやって過去の記録を真剣に考察してたりと何気に頭脳派なんだった。
「それ……聞かせてほしい」
「アタイも。気になるな」
「俺も実は魔族が本当にいたなんて半信半疑だったんだがな。こうやって目の前に本人がいるわけだしな」
そう言って陛下はその物語の冒頭を語ってくれた。
そこで初めて魔族が滅んでることになってるって知った。
「なんか……変な感じ……」
「アタイもだ……」
「俺もロザリィに会ってからそう思っている。師匠のことがあったっていうのもあるな」
「もしかして……」
「都合の良い話にして残してる可能性はあるな。鵜呑みにしない方がいいかもしれない」
「だけど、アタイはジパンには行かない方がよさそうだな。この話を知ってる奴がみんな陛下みたいな性格とは限らないからな」
「そうだな。その方がいい。俺もロザリィが悪く言われるのは嫌な気分になる」
「……ありがとう」
「私からも。ありがとう」
「よせよ。俺ら、もうダチだろ?」
「ふふっ。嫁にするんじゃなかったの?」
「その気になったらいつでもいいぞ」
「……ロザリィ?」
「こっち見るな……」
「ああ。記録、読もうか」
「うん。私達は向こうを見てようか」
陛下と二人、ロザリィと離れて作業に戻った。
「フィルナ、お前……いい女だな」
「はいはい。ありがとう」
「今のは本気だったんだけどな……」
わかってるよ。だからダメなの。
……私も本気にしちゃうから。そんな空気で『ダンジョン』に行きたくないしね。
倍くらい……二回りも歳の離れた相手に……なんて考えたこともなかった。できればこのままがいい。
私達のこと、友達だって言ってくれた陛下のこと……好きだよ。だから、友達がいい。
そして、出発の日がやってきた。
馬車かと思ったら白馬に乗った陛下が一人で城から出てきた時はビックリした。
本当に一人で行くつもりなんだね。
「それじゃ、私達はウルに乗って行くよ。出ておいで」
《今日はこの馬に合わせればよいのか?》
「うん。飛ばし過ぎ注意だよ」
《承知した》
「うっわ、かっけぇ……。俺が愛馬を自慢するつもりだったんだけどな……」
ウルを見た陛下が本気でヘコんでる。完全に素が出てるよ。
「いやまぁ、ごめん。でも、その馬も乗ってる陛下もカッコいいよ」
「ありがとよ。こいつも喜ぶ」
「ヒヒィーン!」
陛下の愛馬もウルに萎縮したりはしてないね。
「ウルがそっちのペースに合わせるから。無理せず走りやすい速さでいいからね」
「ブルルン!」
お、結構冷静だ。これなら無茶したりしなそうだね。
「なんでお前が俺の馬と話してるんだよ……」
あ……追い討ち掛けちゃったかも。
「フィルナのことで一々ヘコんでられないぞ?」
「お、おう。行こうか」
陛下が気を持ち直したところで出発。
目指すは帝都から東の町、ジャーニー。陛下の話だと、この馬で五日くらいだって。
進み始めた陛下の愛馬にウルが追いついて並走する。
「こんな自由に走らせられるのは久しぶりだ。こいつも嬉しそうだ」
「その子、名前はないの?」
「“愛“って名だ。牝馬だからな。正直、お前を見た時驚いた」
それって、私の胸当てに書いてあるジパン語だ。
「やめてよ……ホントに」
「いや、そういうつもりじゃないんだがな……」
ああもう。せっかく元の気軽さに戻ってきたのに。私のバカ。
「なんだ、二人はやっぱり結婚するのか?」
「ななな、何言ってるのロザリィ!」
「ハハ、そのときはアタイもついでに嫁入りするからな」
「しないってば!」
「……そろそろ俺も泣いていいか?」
「あははは」
ロザリィのおかげで和やかな空気になって一日目の野営を迎えたよ。
お読みいただきありがとうございます。
次回、旅人の町。




