第七十八話 『ダンジョン』の記録
「あー! スッキリしたぁー!!」
翌日、皇帝陛下の前でロザリィと模擬戦をして、思わず叫んだ。
素の状態でも互角なのに、ロザリィの希望で支援までかけての本気も本気の模擬戦ってレベルじゃない手合わせだったから、完勝。もうボッコボコに殴った。
こうなるのはわかった上でロザリィがそう望んだんだ。
「そ、それはゴキゲンだな。早く回復してくれると嬉しいけど」
「あ、ごめんごめん。『ヒールⅢ』」
昨日の皇帝陛下よりも酷かったから初めてⅢを使った。超級魔法で、怪我や体力の回復としては最上位だよ。
「ふうっ。フィルナ、またステータス上がったんじゃないか?」
「ロザリィも、でしょ?」
自分のステータスを確認しつつもそう言う。
私のステータスは結構上がってたけど、それで互角ってことはロザリィも前に見たときより上がってるよね。
「フィルナのおかげさ。アタイはもう伸びないんだと勝手に思ってたけど、こうやってフィルナと模擬戦するたびに実感してる。特に初めて負けた日の後からな」
「じゃ、今回支援までさせたのは……」
「目指す先を見せてもらおうってね」
はは、ただでさえロザリィと二人なら誰にも負ける気がしないのに、あの状態の私まで強くなったら……ううん、私ももっと強くなる!
「その時には私も強くなってるかもよ?」
むくりと起き上がったロザリィに右手を差し出す。
「ふっ、望むところだ」
ロザリィもその手を取って立ち上がる。
「おいおいおい……とんでもないな。見たのが俺だけでよかったぜ」
そう、今回の模擬戦は皇帝陛下が人払いをして完全に私達だけでやったの。
前回ロザリィが皇帝陛下に完勝してるのもあって他の人に見せるのは面倒になるって。
「なかなかこんな全力でやることもできないから助かっちゃった」
もうしばらくは人目があるところにいるからね。
「いや、いいもん見れた。全く参考にならなかったけどな」
なんか同じこと言われた記憶があるなぁ。
「アレが分かれば強くなれると思うぞ」
「そうか……俺も精進しよう」
「といっても、陛下は帝国で一番強いんでしょ?」
「ん? まぁ、そうだな。よし、こうしよう。お前達、しばらく俺と行動を共にしろ」
「この模擬戦はアタイが言い出したことだしな、その礼はしないとだよな? フィルナ」
「昨日から珍しくロザリィが決めてるね。いいよ。もちろん」
「よし、確か『ダンジョン』の記録を見たいんだったよな。俺もじっくり見たことはないから丁度いい。書庫に案内しよう」
「あれ? 皇帝の仕事はいいの?」
「ああ、だいたい宰相に投げてきた。明日は客が来るからさすがに無理だがな。明日は帝都を見てくるといい」
「わかった。宰相さんもとんだとばっちりだね」
「あれは仕事人間だからな。むしろ喜んでいたぞ」
「アタイに研究押し付けるようなもんか」
「なるほど、納得」
「そんなに研究好きなのか。なら早く行こう」
皇帝陛下に案内してもらって書庫に入る。
「うわー、すっごい量」
「古いものは紙じゃないからな。ここの『ダンジョン』はその頃のものだ。見るのも一苦労なんだよ」
バツの悪そうに頭を掻く皇帝陛下。じっくり見たことがないっていうのは今まで避けてたのかな?
「頭の中に残すだけよりマシだろう。そいつがいないと何もわからないからな」
魔界じゃ記録どころじゃないだろうからね。
「それで、『ダンジョン』のものはどのあたり?」
「ああ、こっちだ。……といっても、完全に整理されてるわけじゃない。言葉は変わってないようだが、昔の人は表現が独特でな。時期もバラバラだし、関係ないものも混ざっているかもしれん」
「見てみるしかないってことね」
「ふ、楽しみだ」
ロザリィにはそれすら興味の対象みたい。
古い……石や木の板に書かれた記録を手分けして読み漁る。
「なになに……『陽の燃える中、胸を刺す衝撃と共にそれは現れた』……お、もしかして発生の記録?」
「どれどれ……『その姿は周囲の向日葵の精と見間違うほど』……いや、なんか違くないか?」
私が読み始めた石版の内容にロザリィが食いついた。
「人の記録のようだな。『だが、目も眩むほどの光には影の番』か。美人に一目惚れしたが、旦那がいたってことか?」
結局皇帝陛下まで寄ってきて一つの石板の考察を始める。
「ただの日記かな? でも、影の番って……もしかして魔族?」
「というか、この女の方……か? フィルナみたいだな」
あの人……? もしそうならこれは1000年以上前の記録だと思うけど……。
「否定しないのも嫌味になることがあるからな?」
「えっ? あっ」
「くっくっ、お前が美しいのは事実だけどな。少しは謙遜しろ、と思わんでもない」
「フィルナはこう見えて自信家だからな」
「そ、そんなことより! これって『鑑定』でも年代はわかんないんだね」
「話を逸らしたな。まぁいい。そうなんだよ。だから書かれていないといつのかわかんねぇ。整理できてないのはそのせいだ」
ふう、見た目が良いっていうのも楽じゃないね。
とりあえず下手に指摘しないほうがいいかな。確証もないし。
「時間かけて手当たり次第見るしかなさそうだね」
「明日は皇帝がいないんだろう? 入っていいのか?」
「悪いがここは俺か宰相以外に開けられない。そう言う場所なんだ。さっきも言ったが、帝都でも見て回ってきてくれ」
『ダンジョン』の発生自体極秘情報だしね。仕方ないか。
結局今日はそれらしいのは皇帝陛下が以前に見たっていう記録一つだけ。それも『ダンジョン』が発生したっていう記述があるだけのものだった。
翌日は一日かけて帝都を回って戻ってきた。やっぱり極秘情報だけあって、今の『ダンジョン』のこと以外知ってる人はいなかったよ。
ジャーニーっていう『ダンジョン』の近くの町なら何か聞けるかもしれないけど、この様子じゃ書庫にしか情報も残ってないのかもしれないね。
それから数日、皇帝陛下の都合がつく限り書庫に篭って古い記録の解読を進めていった。
「魔族っぽい記録はあれだけだったね」
「そうだな。『ダンジョン』の記録も何人入ったとか誰かが怪我したとかばかりだったな」
「今でこそ『ダンジョン』は定期的に間引きしているが、昔はスタンピードのことも知られていなかった。だから余計に細かく記録を取っていたのかもな」
「あとはジャーニーって町と『ダンジョン』そのものに行ってみるしかないかな」
「まぁ待て。共に行動してもらうと言っただろう? ジャーニー視察の予定を入れておいた。それまで俺を鍛えてもらおうか」
「それってまさか……」
「『ダンジョン』にまで行く気なのか?」
皇帝陛下はニヤリと笑って頷いた。
お読みいただきありがとうございます。
次回、皇帝との旅。




