第七十七話 悪魔憑き
「帝都が……輝いている……」
私が発動した『浄化』は狙い通り帝都を包む青白い光となって現れ、それを見た皇帝陛下が感嘆の声を漏らした。
そしてその声に振り向くと、皇帝陛下の体から黒い靄が滲み出てきてた。
「へ、陛下! それは!?」
「まさか……俺にも憑いていたのか?」
陛下から出てきた靄は私達の前に集まって、だんだんと人の姿に変わっていく。
そして長い白髪、長い白髭、長い白眉のお爺さん……の上半身になった。
後ろが透けて見える……これが亡霊?
「だ、だれ!?」
「ん? フィルナどうしたんだ?」
「え? ロザリィには見えないの!? ほら、すぐ目の前!」
「誰もいないぞ?」
そのお爺さんを指差して訴えたけど、ロザリィには見えてないみたい。
「あれは……先代だ」
よかった。見えてたのは私だけじゃなかった。
「先代……の皇帝陛下?」
(「すまんが、時間がない。聞いてくれんか?」)
「しゃ、喋った!?」
(「落ち着きがないのう……。受け入れよ」)
「フィルナ、静かに聞いてくれ」
「わ、わかった」
怒られた……。なんか久しぶりな気がする。
(「ワシがトーヤに憑いたのは僥倖じゃった。こうしてそなたに出会えたのじゃからな」)
「えっ?」
おっと、怒られて早々に声が出ちゃった。
慌てて両手で口を塞ぐ。
(「ワシには亡霊の憑く者を選ぶ役目を与えられたようでな、狙いはわからぬがそれを帝国内で抑えることができた」)
「本当は大陸中に取り憑かせようとしていた……?」
(「おそらくな。そしてワシが取り憑いたのがトーヤじゃったからその全てを把握し、操れる位置におれたのじゃ」)
「まさか、皆が《悪魔憑き》の影響なく仕事をしていたのは……」
(「うむ。おそらくは何かをさせたかったのじゃろう。「外へ出せ」という意思も聞こえたが抑え込むことができた」)
「そんなことができるのは……まさか!」
(「そうじゃ。アレはもはやワシらの知るものから変わってしまっているのかもしれぬ。気をつけるのじゃな」)
「気をつけるって……どうやって……」
(「何、人の魂を亡霊にし、操るのは簡単ではないようじゃ。だんだんワシへの強制力が薄れていったからの。こうして話せておるのもそのおかげじゃろう」)
「先代……強制されていたというのにそれに抗っていたのですね」
(「はっはっは。ワシの強さはトーヤ、お前が一番よく知っておろう」)
「はは……そうですね」
(「どうやら時間じゃな……死んで10年、ようやくワシも生まれ変わるときが来たようじゃ……トーヤ……帝国を……頼んだぞ……」)
だんだんと先代皇帝陛下の姿が薄くなっていく。
「はい……!」
「大丈夫じゃ……あの時も言ったが……お前は強い…………ワシの次にな」
そう言い残して先代皇帝陛下の魂は消えていった。
「ハハ……相変わらずだな……師匠は」
口では笑っていても、その顔、その目は全然笑ってなんてなかった。
たぶん看取ったんだろう、師であるその人との二度目の別れの悲しみ、そしてその人が亡霊とされたことへの怒り。
少しだけ、皇帝陛下を何も言わずに見つめてた。
そんな空気を切り裂いたのは、一人置き去りだったロザリィ。
「二人とも、ちゃんと説明してくれよ?」
「そうだな、俺の部屋に戻って話そう」
そう言って皇帝陛下はさっきまでの顔に戻って歩き出した。
後宮の塔を降りるときに確認したら、お妾さん達も本来の健康的な顔に戻ってたよ。
まぁ、私はその顔を知らないんだけど、皇帝陛下の安堵した表情を見たら、よかったって思えた。
「さて、原因はわかったな。礼を言うぞ、フィルナ」
一通りロザリィに説明した後、皇帝陛下が頭を下げた。
「これはただの対価だし、頭なんて下げないで!」
「いや、思った以上に大事だったんだ。こればかりは譲れない。感謝する。もし……何かアレに関することで俺の力が必要になった時は遠慮なく言ってくれ」
「なら……ここに……いざと言うときに、ここへ『転移』する許可をください。そして真っ先に相談することにします」
「なるほど。わかった。書類を用意しておこう。他の場所だと面倒が起こるかもしれんから、来る時はこの部屋に直接来い」
「うん、わかった。ありがとう」
「しかし、バハムートやウルの声といい、フィルナって変だよな」
「そうだね。まぁ、だからこそこの先……まだまだ何かありそうだけど、巻き込まれる気がしてるよ」
やっぱりアレは『私』なのかな。夢なんかじゃなくて、私の前世の記憶だったのかも、って思い始めてる。
「ふむ。確かに俺に見えたのは俺が憑かれていたからだと思うが、フィルナに見えた理由はわからんな」
「ロザリィの言う通り、私は変なんだよ。きっと」
特別だとは思いたくない。だけど、間違いなく何かはある。それは加護のおかげなのか……。
「あれ? なんで私に加護が……?」
「どうした?」
「あ、ううん、なんでもない」
考えても答えは出そうにない。そう思って話を打ち切った。
「それより、先代様のことを聞いてもいいかな?」
「師匠のことを? なんでまた」
「いや、亡霊になっても抗えるってすごいなって。何かのヒントになるかもしれないから」
正直、あの人に興味が湧いたっていうのもあるし、それに……。
「そうだな……フィルナはこの国に……皇帝という立場についてはどれくらい知っている?」
「一番強い人がなるってことくらい、かな」
「そうだ。皇帝に挑み、勝つことで次代の皇帝となることができるが、その前に挑戦そのものを宰相に認められなければならない」
「えっと、先代様はあの歳まで……?」
「ああ。俺は師匠であり先代の皇帝に指名されて、帝国始まって以来初めて皇帝に挑戦せず皇帝となった。それは亡くなる直前のことだ」
「ずっと他の人の挑戦を退けてたってこと?」
「いや、そうじゃない。宰相があの人以上に王の器を持つ人間はいないと、挑戦そのものを退けていたんだ」
「え? それって反発されたりしないの? 実力行使に出たりとか」
「そういう奴には決まって俺が相手をさせられていたんだよ。弟子にも勝てないのに、ってな。そもそもそんなやつは少数だった。あの人は国のみんなに認められていたんだ」
「なるほどね。それで、実際強かった?」
「そりゃあ、俺は結局一度もあの人から一本取ることが出来なかったくらいだからな」
「そっか。それじゃ、あと一つ教えて。先代様も言ってたけど、亡くなったのは10年前……なんだよね?」
「ああ。それがどうかしたのか?」
ちょうど私が『夕暮れの空』に連れられてタイクーンに着いた頃……だね。
「確証があるわけじゃないけど、ちゃんと言っておくね。先代様が亡霊にされたのは……私のせいかもしれない」
「なんだと?」
「上手く言えないけど……そんな気がするんだ……」
「はぁ……驚かせるなよ。お前が何かをしたわけじゃないんだろ?」
「それは……まぁ、そうだけど」
「なら、気にするな」
「でも……」
「いいと言っている。お前は師匠を、帝都を救ってくれた。それが全てだ」
「ありがとう」
「全く……フィルナは一人で背負おうとしすぎだ。アタイもいるんだからな? たまに忘れてるだろ?」
「う……ごめん」
「認めたな?」
「ふぇっ!?」
「罰として皇帝の目の前で模擬戦だ。全力でな」
「ぷっ、なにそれぇ」
「ふっ、楽しみだ。部屋は用意させる。明日、見せてもらおうか」
「ごめん……じゃないね。二人とも、ありがとう」
「何のことだ? アタイは憂さ晴らししたいだけだぞ?」
「もう……素直じゃないなぁ」
その日、変な夢を見た。
どこに逃げても色んな人に見られてる……起きてしばらくしても気持ち悪さが消えない、そんな夢を。
お読みいただきありがとうございます。
次回、『ダンジョン』の記録。




