第五十六話 山を越えて
「おはよう。今日から少しの間よろしくね」
顔を合わせた『風の竜』のメンバーに挨拶。
早めに起きたつもりだったけど、向こうはもう準備できてたよ。
「こちらこそ! フィルナと行けて光栄だよ!」
「間違いなくこの後有名になるからな」
「私達も広めますね!」
「はは、フィルナは人気者だな」
「いや、貴女もです!」
おお、ホールはそういう趣味ですか。
それにしても、準備が早かったのは私達が一緒だからみたいだね。
「ちょっとー! パーティにも女性はいるんですけどー?」
「【拳闘家】に【蹴術家】なんて揃って危ない職業じゃなければな……」
「ハリー?」
このパーティ、女性二人とも前衛なんだね。
ロザリィの口角がピクリと上がった気がするけど、見なかったことにするよ。
「まーまー。とりあえず同行させてもらうとは言っても、村長さんに言われた通り手出しはしないから。万が一の時はもちろん助けるけど、そうなったらクエストは諦めるってことで」
「ああ、それでいいぜ。なぁ、みんな」
「当然!」
「構わない」
「よろしくお願いします!」
「ま、アタイらは後ろで楽させてもらうとしようか」
「目印があるあそこまでね。そっちの予測だと三日だっけ?」
「いや、目印は二日目の野営地点にする予定だ。バハムートの近くの方が安全って聞いたからな。そこまで近付いて三日目を越す」
なるほど、ここで話を聞いて予定を立ててたんだね。
「確かに近付くほど魔物が減った気がするよ」
「間近にはほとんどいなかったな」
目印の地点でも夜に鹿の魔物一頭だけだったもんね。
「それでも、この村がバハムートの住処の近くでよかったぜ。探し回るとかやってらんねーとか思っちまう」
「逆だよ。バハムートの住処があるからこの村ができたんだよ」
「ほぉ、フィルナはよぉ知っとるばい」
「あ、村長さん。おはようございます」
「うん、おはよう。こん村は元々バハムート討伐ば目的として作られたただの拠点やったらしか」
「ん? 討伐しないんじゃなかったのか?」
「昔ん人はそげん思わんかったんやろうね。ばってん、バハムートに相対して……フィルナ達はわかったやろ? あれは生きとるこつに意味があっと」
「うん。そうだね」
いろんな意味でね。
「なるほど……見るのが楽しみになってきたぜ」
「はい、ホールはそこまで。出発するよ」
「今興奮してどうすんだ」
「先は長いですよ」
今度は悪い癖が出る前にメンバーが止められたね。
「気をつけてな」
「「「「はいっ!」」」」
あれ? 私の時はそんなこと言ってくれなかったような。
まぁ、気にしても仕方ないか。
先行する四人の後をついて再び山を登る。
談笑でもしながら、とか考えたんだけど、『風の竜』の四人は真剣だったからさすがに空気を読んだよ。
まぁ、私とロザリィにはゆっくりだったから二人で少し離れて話してたけど。
ちょうどいいと思って、ここでバハムートが見せてくれた記憶のこととかを話すことにしたよ。
一応周囲の警戒もしてるけど、前を行く『風の竜』もさすがの動きで魔物を倒していく。
ホールが盾役で止めてる間にスズとソヨが殴る。後衛のハリーは【赤魔術師】かな? ほとんどの初級魔法と一部の中級魔法が使えるみたいで支援と隙を見て攻撃。いい連携できてるね。
「なるほど、確かにやるようだ。でも、フィルナとは違うな」
「まぁ、そりゃそうでしょ」
「いや、さっきの話。フィルナが特別かと聞かれたらアタイはそうだと答えるよ」
「やっぱりそうかぁ」
「特別な友達のことを親友って言うんだろ?」
「もー! ロザリィってば!」
嬉しい!
でも、本心でそう思ってくれてるのもわかってるんだけど、今のは少し違ったよね。
ごめんね、気付いちゃった。
まぁ、自覚してないって言ったらそれこそ嘘になっちゃうんだけど。
それよりも魔族でもおんなじなんだってわかったことの方が大きいかな。
いい意味でロザリィは特別じゃないんだって。
「仲いいなぁ」
「余裕あるよな」
「私達、信頼されてる?」
「いや、あれで警戒解いてないぜ」
「嘘っ?」
「マジかよ」
「あっ、後ろ!」
ちょうどそんなことを言ってるタイミングで魔物が一匹後ろから迫ってきたよ。
「おっと、後ろから来るのくらいはいいよね」
「ああ。ただのアタイらの獲物だなっと!」
突進してくる猪の魔物を振り向きもせず飛び上がったロザリィがロッドで鼻先を地面に叩き付けて止める。
「はい、終わりっと」
それを私が剣を横から突き刺してトドメを刺す。
「す、すげぇ。一瞬で……」
「どーりであっさり帰ってくるわけだよ」
「俺たちもまだまだ頑張らないとな」
「うん、そうだね」
仕留めた猪の血抜きとかしてたら『風の竜』の視線がこっちで止まっちゃってたよ。
「おーい、前見て前! 私らのことは気にせず進んで」
「お、おう! 行こうぜ!」
「「うん」」「ああ」
そして一日目の夜。
「野営くらいは一緒でいいよね?」
「そうだな、夜番だけは俺たちでやる。それなら問題ないだろ」
『風の竜』と一緒に野営。意外にも料理担当はハリー。
「あ、アハハ……アタシは料理はちょっとね……」
「なぜか私がやると別の物になってしまうので……」
「スズのはまだ食えるが、ソヨのは料理じゃねぇ。ハリーがやれねぇときは俺も作るぜ」
「なるほど……ロザリィ用に作ってるやつだけど簡単なスープでよかったら食べる?」
ハリーが料理してるといってもちょっと手を加えた肉を焼いてるだけ。
それすらできない女性二人の料理を想像したら、なんだか男性陣が可哀想になって分けることにしたよ。
「おーありがてぇ。それ食ったら見張りに立つか」
「ああ、魔物なら近くにはいないからゆっくりして──あ」
「フィルナ……」
「な、何も聞いてないぞ。ちゃんと警戒するからな!」
そんなこんなで夜番を任せて眠る。
といっても、『風の竜』は魔物が来たら応援を呼ぶスタイルだったから、私達も完全には熟睡せずに緊張感を残してたよ。
何度か魔物が現れたのを『空間把握』で確認しつつ、危険がないのを見てから寝直す。
そこでも私とロザリィの異常さを再確認したよね。
お互いに寝る時は熟睡して見張りは完全に相手任せ。そんなことを一昨日もこれまでもやっていたんだから。
そして、二日目の野営を予定通りバハムートへと向かう目印のところで行う。
私達の倍の時間はかかってるけど、ちゃんと自分たちの歩く速さや実力を把握してるのはさすがだよね。
「予定ぴったりだね。そういうところは私もまだまだだから勉強させてもらってるよ」
「そりゃあ、15で成人して10年目だからな。これくらいできねぇと」
「ああ、ホールの国だと成人は15歳なんだね。スズ達のジパンもでしょ?」
「知ってるの? 自分で言うのもなんだけど、ジパンを知ってる人ほとんどいないんだよね」
「フィルナはジパン語を書いてるくらいですし、お知り合いとかいるんですか?」
「これ、『夕暮れの空』のみんなに貰ったんだよ。私の名前をジパン語で書くと『充愛』になるって聞いて、この字がいい! って」
「「「「『夕暮れの空』ぁ!!?」」」」
「うん。ジパン語はアカツキとクレ姉さんに教えてもらったんだ」
「いいなぁ!」
「私も一度会ってみたいなぁ」
ただでさえSランクパーティで有名な『夕暮れの空』と同郷だったら余計そう思うよね。
「っていうか、みんな年上だったんだね」
「そうなのか?」
「だって、私は20で成人だったし、まだ冒険者になって三年だもん」
「さ、三年!?」
「そう。三年前にようやく職業を得たばかりの駆け出し冒険者だよー!」
もちろん渾身のドヤ顔を──被り物の下でキメてたよ。
「駆け出しのAランクってなんだよ……」
「フィルナの職業って……そんなに活躍できる職業だったの?」
「よく聞いてくれたね。【すっぴん】のフィルナ。よろしく!」
こう名乗るのも久しぶりだね。
「あ、あれ?」
「いや、【すっぴん】はねーわ」
「さすがに信じないわよ」
「そんなはずがないだろ」
「本当の職業は秘密ですか?」
ま、全く信じてくれてない!
「あっはっは! なるほど、これが【すっぴん】の扱いか」
「いやぁ、このリアクションは初めてだよ」
「ま、まさか……」
「ほ、ホントに……」
「【すっぴん】……」
「なんですか!?」
「ホントホント。だいぶ頑張ってここまで来たけど、正真正銘の【すっぴん】だよ」
「アタイもステータスを見せてもらったからな。フィルナは間違いなく【すっぴん】だよ」
ロザリィの援護でやっと信じてくれたみたい。
「さ、明日はもうお別れだからね。私がお肉料理振る舞うよ」
いろんな人に大好評のお肉だよー。
「マジか! いやっほー!」
「ホール、喜びすぎ!」
「だってスズよ、お前あのスープ食っただろ?」
「まぁ……めちゃくちゃ美味しかった」
「だろ? 期待すんな、ってのが無理な話さ」
ふふふ、期待していいよ。
「ロザリィにはそのうち食べさせてあげるからもう少しだけ我慢しててね」
「ああ、アタイは気にするな。さすがにまだ食える自信もない」
ロザリィならそう言うと思ったよ。
そしてお肉も『風の竜』に喜んでもらえたよ。
翌朝、短い付き合いだったけど、『風の竜』ともお別れ。
「それじゃ、頑張って! アドバイスするなら……まぁ、しっかりいつも通りにってみんなで声掛け合ってやるといいよ。最初見惚れちゃうと思うから」
あの姿は凄かったからね。いきなり動くと連携が取れないかもしれない。
「ああ!」
「ありがとう!」
「やってやる!」
「頑張ります!」
うん、これなら大丈夫かな。
私とロザリィは山を越えて向こう側、ガルトの街へと下りていった。
お読みいただきありがとうございます。
次回、ロザリィの初めての街。
ロザリィ視点の初めてのおつかいにしようかと思ってたんですが、別行動する理由もないのでやめました。




