第五十一話 記憶
「ねぇ、どうしても行くの?」
誰の声? 私……?
か細い声……ああ、もうすぐ寿命を迎えるんだ。
『彼女』がそれを悟ってる。
「ああ、そろそろ手がつけられなくなる頃合いだが、今ならまだ成長し切る前に叩ける」
顔がよく見えない。ロザリィみたいな長い銀髪と灰色の肌をしてるのがわかるだけ。
ただ、今この人を見ている『私』が大切に思っているのがわかる。
なんでわかるんだろ? この『私』は私じゃないのに。
「女神も残酷なことをするわね」
え? 女神? あ、なんだか私が薄くなってく。
「生まれ変わり、代替わりするたびに強くなる、か。殺されることを前提とした職業とはな」
「そんなものを勇気とは呼ばないと思うんだけど」
「とはいえ、俺もそう遠くない先に死ぬことになるだろう」
「そうね。でも、確かに貴方の言う通り、今代さえ凌げば……」
「年若い子を殺すというのは気分の良いものではないが、お前の魔法の完成も近いのだろう?」
「ええ、もうすぐよ。女神がアレを生み出したおかげで思い付くことができた。完成すれば貴方も転生し永遠に生きることができるようになるわ」
「ああ、そこから必ずお前を見つけてみせる」
「皮肉なものね。貴方がどれだけ抗おうと、私はもうすぐ死んでしまう。そして私は生まれ変わったら知識も力も……貴方と過ごした記憶も……全て失ってしまう」
「なら、俺のことを魂に刻みつけろ。俺と出会えば思い出せるように!」
その言葉に『私』の絶望が払われていく……。
「ありがとう、※※※……愛してる」
「ああ……※※、俺も愛してる」
名前のところだけが違う音にかき消されて聞き取れない。
『私』に口付けをして離れていく彼。
伸ばそうとした手を引き、胸の前で組んで祈る『私』。
「ごめんね……でも、最期に貴方のための世界を創るわ……」
「──ナ! おい! フィルナ!」
「ん、んん……?」
「気が付いたか!?」
声が大きいよ……。
「もう少し寝かせて……」
じゃない!!
ガバッと身を起こす。
キョロキョロと見渡す。
さっきまでいた場所だ。
ホッと胸を撫で下ろす。
「大丈夫か?」
「うん。なんか……現実みたいな夢を見た……気がする」
ところどころ覚えてる。
ロザリィと話をした後だから、あれが私の『前世の記憶』? なんて思っちゃう。
「なんだい、それは。フィルナは割とすぐ起きたんだよ?」
あれ? じゃあ、勘違い?
「そうなの?」
改めて太陽を見ると、さっき見たときから位置が変わってない。
「どうする? 残りの契約はやめておくかい?」
「ううん。ちょっと予想外で驚いたけど、続けて。次も同じようになるならそこでやめよう」
「わかった。それじゃ、魔力の回復頼める?」
「そうだったね。はい、マナポーション。私が作ったやつだよ」
「そんなこともできるのかい? とにかく頂くよ」
マナポーションを飲んでから、ロザリィはまた契約を続けてくれた。
あの現象は結局最初だけ。次以降は起こらなかったよ。
なんだったんだろうね。
次元魔法は全部で八つ。こっちと同じ数だね。
当然ながらそれを全て使えるロザリィは最大レベルの65だよ。
一つ一つ効果を聞きながら契約してもらったけど、まともに使えそうなのは『次元空間』くらいだね。
ほかは『次元移動』みたいにこっちじゃ意味がなさそうなものとか、明らかに危険そうな魔法だった。
後者は使う機会がないことを祈りたいね。
「よーし、それじゃ、やってみるよ! 『次元空間』!」
目の前に球体の『マジックボックス』みたいな空間が現れた。
「おお! やはり【すっぴん】はいいな! 羨ましい!」
ロザリィは大興奮だね。
ほんと、こんなに【すっぴん】を絶賛してくれる人は初めてだから悪い気はしないというか、正直、浮かれちゃうよね。
「えへへへへ。嬉しい」
「ふふっ、褒められ慣れてないのかい?」
「そりゃあ、こっちじゃ【すっぴん】はハズレ職業なんて言われてるくらいだからね」
「見る目ないんだねぇ」
「そうでもないよ。実際、私も加護がなかったらまだ全然動けてないと思う。人が何百年も生きられたら……まだ違ったのかもね」
「そうか。人はアタイみたいに長く生きられないのか。それは……寂しいな」
「あ、ちなみに今いる国……っていう纏まりなんだけど、職業の偏見がすごいんだ。それで、ここの【すっぴん】の扱いを見ても……怒らないでね」
「まぁ、そういうことなら聞き流すとしよう。ただし」
「ただし?」
「『フィルナ』がバカにされるようならアタイも黙っていられないよ」
「その時は二人で【すっぴん】のすごさを見せつけてやろう!」
「そうこなくちゃ! アタイとあれだけ戦えたんだ。フィルナとなら誰にも負ける気がしないよ」
「ふふっ。私も!」
「ところで……」
「ん?」
「ソレ。出し続けるの大変じゃないかい?」
「え? ああ、コレ? 確かにずっと魔力を消費してるね」
そういえば『次元空間』出しっ放しだったよ。
「アタイでもこんな長く出してられないよ」
「まぁ、私はスキルで回復し続けるからね」
「それなら『次元移動』も成功しそうだな」
「だから、やめてってば!」
「はは、悪い。それは置いといて、今度こそ手を入れてみていいかい?」
「あっ、そうか!」
「気付いたかい? やっぱりアタイら似てるね」
「だね!」
ロザリィは『次元空間』に手を入れて、無骨な金属の棒を取り出した。
一応こっちの分類で言うとロッドだね。
「やっぱり! これは全部同じ空間に繋がっているんだな」
「ってことは、それはロザリィが入れたものなんだ?」
「知ってるものじゃなきゃ取り出せないからね」
「それもそうか。でも、これなら道具の共有ができるってことだね」
「そうみたいだな。いや、フィルナが次元魔法を使える【すっぴん】でよかったよ。こんなの試せる機会なんて他にないだろうし」
「ホントだね。この中って時間はどうなってるのかな?」
「時間? そんなこと考えたこともなかったな」
「私の魔法鞄もだけど、『マジックボックス』の中は時間が止まってるんだ。だから、食べ物とか入れてても腐らないし、ポーションとかも劣化しないの」
「なるほど。それなら──」
「「試すしかないね!」」
「「あははは!」」
気が合うってこういうことなんだろうな。楽しい。
「それじゃ、ポーションを一つ入れておいて何日か様子を見てみよう」
スキルの『調合』を練習してた最初の頃の中品質のやつを『次元空間』に入れた。
「あー、こういうのウズウズしない?」
「わかる! 結果が待ち遠しいよ」
他にも私が入れたものをロザリィが取り出してみたり、その逆をやってみたり。お互いが一度見た物を入れるところを見せずに入れて、それが相手に取り出せるのか、色々と試してみたよ。
そうこうしてるうちに日が沈んでいく。
「それにしても……確かに暗くなってきたな」
「そうだね。早めに休もうか。今なら見張りもいらないだろうけど、一応火は焚いておこう」
調査隊が来るのは早くても三日後くらいだし、魔物もいないから本当に一応、だけど。
「へぇ、それは温めるだけじゃなくて明るくもなるのか」
そうだった。魔界に光がないってそういうことでもあるんだ。
その辺りの話もしつつ、私の分の夕食を用意してたらロザリィの興味がそっちに移ったりと、早く休もうと言いつつ結局は日付が変わるくらいまで話続けてからようやく眠りに就いた。
お読みいただきありがとうございます。
次回、異端二人。




