第五話 初めての外
ギルドを出た私は西門へ向かった。
ここからこの王都に入ったんだよね。だから最初はここからって決めてたんだ。
王都に来てから初めての『外』。
ひとりきりなのはちょっと寂しいけど、それよりも目の前に広がってるこの光景にワクワクしてる。
街道以外何もなくて見晴らしのいい草原。胸がキュッとなる。
深呼吸してまず一歩。うん、大丈夫。行こう!
街道は馬車が通ることもあるからちょっとだけ避けた草原を進む。あの時もこうやって草むらを歩いたっけ。
そして草むらには……いたいた。
水色でブヨブヨしたアイツ。スライム。最弱の魔物。
中にわかりやすい核があってそれを刃物で突き刺して潰せば簡単に倒せる。
だけど、それだけで何も残らないから討伐証明もできないし、何より経験値が1しかないのがわかってるから誰も相手にしない。
もちろんクエストもよっぽど大量発生しない限りボードに並ばない、だったよね。
でも今の私にとっては貴重な経験値を得られる相手。
短剣を構えて──
「えいっ!」
プチュって音を立ててスライムは消えた。
ちゃんと経験値入ったかなぁ? よくわかんないや。
よし、スライム退治は問題ないね。これを薬草採取のついでに10匹倒すのをノルマにしよう。
帰りは街道の逆側を行けばそれくらいいそうだしね。それを10日続ければレベルアップだよ!
まぁ、群生地はそんなにないから毎日なんて無理なんだけど。
アカツキに貰ったこのミスリルの短剣。後から知ったけど、めちゃくちゃ貴重な素材の短剣だった。
刃こぼれなんてしないし、魔物の血とかの体液で錆びたりもしないんだって。
私が知らないのをいいことにこんないい物を渡すなんて!
次に会ったら絶対突き返してやるんだ。待っててね!
そういえば、あの時は全然意識してなかったけど、本当に街の近くとかだとスライムくらいしかいないんだね。
確かオババが魔物は『特異点』から出てくるって言ってたっけ。そういうのはオババの方が詳しかったなぁ。
それがどこに繋がってるかは未解明で魔界だとか冥界だとか言われてたんだよね。
ただ今はその『特異点』って言い方はしないらしくて私はオババからしか聞いたことがない。
それに魔物が出てくるだけでこっちからは入れないみたい。
そもそも『特異点』ができたことを察知することができないから魔物は突然現れてくるし、その場所も毎回違う。
『特異点』の大きさは自然の力が大きいところほど大きくて、強かったり一度に出てくる数が多かったりする。
森とか山とか海がそう。
そういう場所には稀に大きな『特異点』が固定されてる『ダンジョン』があるって聞いた。
『ダンジョン』はその空間そのものが例の魔界やら冥界のものなんじゃないか、っていう説もあるらしいよ。
色々普通の場所とは違うらしいの。魔物が出る場所も同じだから『特異点』が固定っていう予想になってるみたい。
アカツキ達『夕暮れの空』は今頃どこかのダンジョンにいるんだろうな。そういう依頼って言ってたし。
ともかく、街や街道みたいに人の手が入ってるところの近くにはあんまり魔物は出ない。出ても精々こういうスライムね! っと。
核が見えてるスライムなら大丈夫みたい。正確に狙えるのは教わった短剣術のおかげかな?
ええっと、そうそう。だから討伐クエストっていうのは街道から離れた草原とか森の方に行くのがほとんど。
それで普段から魔物の数はそんなに多くないはずなんだけど、十年くらいの間隔で急に増え出して街に向かってくるのがモンパレ。
前兆として街道付近にスライム以外の魔物が出たりするらしい。
まだ数年先だから今は大丈夫……なはず。それでもその時は近いから注意はしておこう。
そして西門から歩いて30分。あの時クレ姉さんに教わった群生地はこの辺だったはず……。倒したスライムはノルマのちょうど半分の5匹ね。
「あ、あったあった! 昔見た記憶より結構多いかも」
丁寧に一本ずつハサミで採取する。
数株残して全部で十束とちょっと。余りはオババのところでポーション調合の練習に使っちゃおう。
薬草はアカツキ達に貰った魔法鞄に入れておいて、と。
この鞄は私専用の時空魔法が込められた魔道具で、中は時間が止まってていくらでも物が入る。
そしてこれにも"愛"の文字が作った時点で刻んであるの。胸当ての文字と合わせて私のものってわかりやすい。
それにこうやって印字されてる魔法鞄は専用っていう印だから盗られにくいの。専用の物は本人にしか使えないから売ってもお金にならないからね。
さぁ、そんなことより実はここからが本命。
「ふふふ、ついにこの時がやってきたわ」
初めて見たときから憧れて待ち焦がれてたのよ。
「【マジックリスト】!」
これは自分が習得している魔法を表示させる言葉。【ステータス】と同じく職業を得たら使えるようになるの。
そう、私も魔法が使えるの!
これは既に先人の【すっぴん】が試していたみたいだから知ってたんだけどね。
マジックリストには『ファイアⅠ』『アイスⅠ』『サンダーⅠ』等初級魔法とある魔法。
そもそも魔法を覚えるには契約が必要で、その契約にはその魔法を使える人の協力が不可欠。
そして契約した状態で習得レベルに達することで覚え、使えるようになる。
もちろんその魔法を使える職業であるっていうのは当然ね。
幸運なことに私が出会った『夕暮れの空』は各種魔法のスペシャリスト。
ルミ姉さんは神聖魔法以外のあらゆる攻撃魔法が使える【賢者】、【聖女】のクレ姉さんは通常の回復魔法の他に回復系神聖魔法と支援系の各種魔法、【勇者】のアカツキは攻撃系神聖魔法、リューさんは主にドラゴンを使役する為の隷属魔法が使えたの。
だから私はみんなからほぼ全ての魔法を契約させてもらってる。
本来は魔法一つ契約してもらうのに物凄いお金がかかるらしいよ。
初級魔法でも一つ千ギル。中級、上級に更に上……なんて言ったら数百万ギルとか……ひえぇ。
私は本当に……本当に運が良かった……。
ちなみに初級魔法の習得レベルは1。だから魔法を使える職業になって契約をすればすぐに使えるようになる。
といっても、私は魔力1で初級魔法の消費魔力は5だから使えないんだけど……。先人も結局それで魔法は使えなかったみたい。
でもでも初級魔法とは別の自然魔法『大地の息吹』。
これは初級魔法と同じくレベル1で習得できるけどちょっと特殊で、そもそもの自然魔法が職業を得る前に契約を済ませておく必要があって、あとから契約して習得することができない魔法。
そして特殊なのはそれだけじゃなくて、発動に必要な魔力が固定じゃなくて『残存全魔力』。
つまり魔力1の私でも発動できる! ……はず!
『大地の息吹』の効果は生命力を高めて治癒するもの。それを残してある薬草に掛けてみようってわけ!
薬草は根が残っていれば生命力を分け合ってまた生えてくるからそれが早まるんじゃないかと思って。
ちなみに自然魔法の契約に必要なギルは……もうとんでもなく物凄い。語彙力がどっかいっちゃうくらいに凄い。
なにしろ使える職業になるかどうかもわからないのに契約するわけだしね。無駄になるかもしれないことをしてもらうってことでかなり高いみたい。
そこまでするのが貴族様くらいしかいない、っていうのもあるみたいだけど。
そして自然魔法は三種類。全部やるとなると……。
私、この契約は絶対無駄にしないよ!
みんなをあっと言わせてやるんだから!
ちなみに私の契約をしてくれたのはルミ姉さん。冒険者を引退したらリューさんと家に戻るんだって。
──その辺の話は聞いたんだけど貴族とか知らなかった私には難しくてわかったのはそこだけ。
さぁ、魔法を使うよ!
私の魔法……ドキドキ? ううん、ワクワク……かな。
い、いくよ!
『大地の息吹』!
残った薬草がぱぁっと光ってすぐに消えた。
「あ、あれ? これだけ?」
ま、まぁ魔力1の効果だしね。
それにしても全魔力を使ったのに魔力切れになった感じもないし……魔力切れを起こすと立っているのも辛くなるって聞いたんだけど……。
ちゃんと発動したんだよね? 失敗じゃないよね?
いやいや、魔法が失敗するなんて聞いたこともないし大丈夫……なはず。
そうだ、ルミ姉さんに聞いた体内の魔力を感じるやり方……目を閉じて自分の内側に意識を集中──魔力は……感じない。
ちゃんと消費されてるみたい。
だったら念の為に休んで行こう。体の怠さとかもないから平気かもしれないけど、油断したらダメだもんね。
少し休憩してまた帰りもスライムを倒しながら街に戻った。
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