第四十二話 出国
「あら、おはようフィルナ」
「んん……っ! おはようクリム」
そうだ、クリムと同じ部屋に泊まったんだった。
クリムはもう身支度も終えてたよ。
ぐぅー
「ふふっ、昨日あれから何も食べてないでしょう? すぐに用意してもらうわ」
クリムに聞こえるくらい盛大にお腹が鳴っちゃった。
「はは、ごめん。ありがと」
私の返事を軽く受け取ってクリムは出て行った。
そういえばずっと食べてなかったね。
確か訓練した後すぐに話し始めて、倒れてここに……あれ?
「そういえば、私、どうやってここに?」
「団長が運んでくれたんだよ」
身支度をしながら考えてたらクリムが戻ってきた。
「あ、クリム。お帰り。運ぶってまさか……」
「もちろん横抱きよ」
あわわ、やっぱり!
「ごめんね、それはクリムがされるはずなのに……」
「いいの。私はそう簡単に倒れたりしないから。むしろ倒れたフィルナを放置されたら幻滅しちゃう」
「あはは、確かに」
「でも……もし私が倒れたらああやって運んでくれるかな?」
「そりゃあ、そうでしょ!」
「ふふっ、ありがと。それにしても……よく気付いたね」
「ときどきね、顔を見たら何を考えてるか、何を感じてるかわかっちゃうの」
「そっか。フィルナにはそういう人、いないの?」
「うーん、アカツキ以上の人はなかなかね」
「なるほど。茨の道だね」
「ふぇっ!? いやいや、アカツキのことはもう……」
「諦めてないんじゃない? いいと思うよ? 別に奥さんが一人なんて決まってる国は少ないんだし」
「ホント!?」
「……じゃないんだけどね。ようやく本音を聞けた気がするわ」
「あっ、もう! クリムずるい!」
「ふふふ、でも冒険者なんてどこにも留まらないんだから気にする必要ないと思うよ?」
「うーん……」
それはクレ姉さんに悪いというか、ホントに諦めてるんだよね。
「まぁ、別のいい人も見つかると思うわ。だってフィルナ綺麗だもん」
「あっ!」
慌てて顔に触れる。
そういえばまだ被ってなかった!
「ああ……被らなくていいのに」
「これは故郷に帰るまで外さないって決めてるんだ」
「そうなの?」
「今はまだ冒険じゃなくてただの旅。そして……故郷で両親に報告するの。私は元気だよ、って。二人からもらった"愛"はここにあるよ、って」
胸当ての"愛"の文字を右手で押さえながら両親を思い出す。
「今の私の全部を両親に見てもらえたら、私はちゃんと冒険者として生きていけるって自分を信じられると思う」
「そっか。ありのままの……【すっぴん】のフィルナの旅はそこから始まるんだね」
「うん……。誰かに話したの初めてだけどね。クリムが初めての友達だから……話したかった……のかな」
フィーアさんともルルとも違う、友達。
「私も……フィルナが初めての友達だから嬉しいよ」
「ホントに? 騎士団に入る前はいたんじゃないの?」
「私、小さい頃は身近に年の近い子がいなくてね。学園に入ってからも馴染み方がわからなくてずっと勉強ばかりしてたの」
「そうだったんだ……。クリムと友達になれて私も嬉しいよ」
「ありがとう、フィルナ」
そのときコンコンとドアがノックされて朝食が届けられた。
「あーお腹空いた! クリムも食べよ!」
「うん!」
クリムが頼んだのは私一人分だったけど、二人で分け合って食べたよ。
「私は兵舎に行くけど、フィルナはどうする?」
「私も行こうかな。訓練してるとこ見るだけでも勉強になるし」
「ふふっ、フィルナならそう言うと思った。それじゃ、一緒に行きましょ」
レオンさんとも合流して三人で兵舎に向かった。
あれ? お邪魔だった?
そう思ったけど、昨日二人はお互いに気持ちをなんとなく知ってしまってちょっと気まずそうだったからちょうどよかったのかな。
兵舎に着くと、今日も朝から訓練が始まってた。
昨日は模擬戦だったけど、今日は体を鍛えることを重視した運動をしてる。
「あれ? ユーヤ達も参加してる?」
「ああ、君と一緒に来たパーティは兵舎に泊まったんだ。訓練に参加したいと言うので許可しておいた」
お、レオンさんの口調が少し柔らかくなった?
受け入れられたみたいでなんだか嬉しくなるね。
「そうだったんですね。って、私もそこでよかったんじゃ……」
「フィルナは私と一緒じゃ嫌だったの?」
「そ、そうじゃないけど、わざわざ運んでもらったみたいだしね。そうだ、レオンさん、ありがとうございました。お礼が遅れてすみません」
「気にするな。クリムがそう望んだんだ」
「ふふっ、じゃあ、クリムもありがとう」
「も、もうっ。急にそういうのやめてよ」
「フィルナ、ありがとう」
「へっ?」
唐突にレオンさんからお礼を言われて変な声が出ちゃったよ。
「俺では……クリムのこんな顔を見ることはできなかった」
「ちょ、ちょっと団長!?」
ああ、もうこの二人は大丈夫そうだね。明日は二人でデートするみたいだし、上手くいってほしいな。
「それじゃ、私は訓練の方に行くね!」
「ちょっとフィルナぁー」
有無を言わせずに逃げた。大丈夫だよクリム。
翌日、レオンさんと出かけたクリムは部屋に帰って来なかった。
次の朝戻ってきたクリムはいい顔してたよ。
「それじゃ、そろそろ出発しようかな」
「もう? なんだかあっという間だったわ」
「アキンドで会えてたらまた違ったんだろうけどね。ここはもう一通り見たし行くよ」
「わかった。あのパーティにもお別れするでしょ?」
「うん。なんだかんだでここまで楽しかったからね。お礼しとかないと」
「今日も訓練してると思うわ。兵舎に行きましょう」
レオンさんはもう出てたみたいで、クリムと二人で兵舎に向かった。
「あれ? なんでクイナは近接に参加してんの?」
「ここの訓練は対人戦を想定しているし、そういう時は回復役が真っ先に狙われるからだって」
「あ、ウェマ。でも、あれって自分から攻めてるよね?」
護身用というより攻め手に見えるんだけど。
「【治癒術師】の認識を改めさせてやるって息巻いてたぞ」
「ツカサ、お疲れ。なるほどねー。やりすぎな気がしないでもないけど」
「フィルナに会ったからさ。今まで我慢してたみたいなんだ」
「私に?」
「フィルナは【すっぴん】でも戦えることを見せてくれたからね」
「そっか。そういえばゾーイにもそんなこと言われたっけ」
「なになに? なんの話?」
「フィルナのおかげで一歩踏み出せたって話だ」
「うん。そうよね。ありがとう、フィルナ。最初、いきなり職業を聞いたりしてごめん。職業なんてなんでも関係なかったよね」
「ふふっ、気にしないで。みんな最初はそう思っちゃうから」
「いえ、これからは職業で人を判断しちゃいけないって周りにも伝えようと思います!」
「ありがと、ウェマ」
「フィルナ……ありがとう。次に会う時にはもっともっと強くなっていてみせる!」
おお、ユーヤがこんなに素直になるなんてね。
ここは握手、かな。
右手を差し出すと、ユーヤはしっかりと握り返してくれたよ。
ちょっと嬉しいからもうひとつ、ご褒美だよ。
被り物を捲って、ユーヤを引き寄せると、右の頬にキス。
「ふふっ、強くなれるおまじない」
「お、おう……」
照れちゃって可愛いね。
「ちなみにそのおまじないの実績は?」
「これが初めて。だからユーヤが強くなったら他の人にもしてあげようかな」
「だっ、ダメだ!」
「えぇー。って、ツカサ、どうしたの?」
さっきから静かだと思ってたんだよね。
「美しい……」
「は?」
ダメだね。これはスルーしよう。
被り直して改めて挨拶。
「みんなありがとね。楽しかったよ。またいつか会えるといいね」
「ああ必ず!」
「あたしも楽しかったよ!」
「ありがとうございました!」
「…………」
うん、ツカサは置いとこう。
「クリムも、また会おうね」
「うん! 私は王都にいると思うからいつでも訪ねてきてね」
「もちろん! 王都に戻ったときは必ず会いに行くから!」
「ありがとう。さよなら、フィルナ」
「その挨拶はやだな、またね。クリム」
「うん、またね!」
みんなと別れて南門へ。
「レオンさん!?」
「フィルナ、感謝している。気をつけてな」
「どういたしまして。クリムをよろしくお願いします。っていうのは変ですかね?」
「フッ、任せろ。フィルナの友人は俺が守る」
「貴方の恋人、でしょ?」
「そ、そういうことに……なるな」
「意外と初心なんですねぇ」
「お前な……だいぶ印象が変わったぞ」
「私もですよ。では、次はレオンさんとも友人としてお会いしましょう」
「そうだな。楽しみにしている」
「それじゃ、お世話になりました。行ってきます!」
「ああ。元気でな」
意外な見送りを受けて、門を出て、真っ直ぐに国境に向かった。
歩きだったから二日かけて国境に着いてそのまま出国と入国の手続きをしたよ。
冒険者であれば入国料はなし。すんなりと通されて、南のバルゥームに入れた。
こっちにも防衛拠点の街が近くにある。
タイクーン側と同じように二日歩いてバルゥーム最初の街、ウェアルに着いた。
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