第三十話 「美味しい」の値段
宿で一旦お風呂に入ってから、今度は隣の食堂にやってきた。
「いらっしゃい。注文聞くよー」
席に座ると元気なおばさんが水を持ってやってきた。
「じゃあ……『今日のおすすめ』で」
「わたしも!」
「ならおすすめ二つね。飲み物はいるかい?」
「んー、りんごのジュースがいいかな。ルルは?」
「わたしもりんご!」
「じゃあ、二つで。あと『ほうれん草の胡麻和え』を」
私がスピニッチさんに言われた合言葉を伝えると、周囲が一瞬だけざわついた。
「へぇー。そうかいそうかい。若そうなのにねぇ」
あれだけの部屋、泊まれるだけでも普通とは違うんだろうなぁ。それに「上客」だもんね。私でも知ってて近くに座ってたら声出しちゃうかも。
──っていうか。
「あれ? お姉さんはこっちの人じゃないの?」
「あっはっは。正直におばさんでいいよ。ありがとね。あたしはこっちに出てきて結婚したんだよ。たまに旦那のが伝染って出るくらいだね」
「へぇー。なんかみんな訛ってるイメージだったよ」
「まぁ、だいたいそうさ。っと、悪いね。旦那の客なら『本当のおすすめ』出してやるよ」
「あれ? もしかして……スピニッチさんの?」
「なんだい、旦那から聞いてないのかい? あたしはマーエ。スピニッチの妻で【料理人】だよ」
「マーエ……胡麻和えだ!」
「そうだよお嬢ちゃん。その合言葉はあたしら二人の名前を合わせたもんなんだ」
「もー! ポークさんといいスピニッチさんといい驚かすの好きなんだからぁ!」
「ははは、義弟にもやられたのかい? ま、この家のそういうとこが気に入ってるんだ。受け入れてやりな」
「はぁ…………ふふっ。あっ、ごめんなさい。私はフィルナです」
「わたしはルルです!」
「よろしく二人とも。それじゃ、料理は期待して待っててくれよー」
そう言ってマーエさんは厨房に入っていった。
「あービックリした。でもよく気付いたね」
「えへへー。直感?」
「確かにルルはときどき鋭いもんね。街じゃその直感でいい物見つけようか」
「うん! いっぱい見たいなー」
「明日だけじゃなくてしばらくはいるつもりだから、あちこち見て回るよー」
「わかった! あ、でもフィルナのお腹、大丈夫?」
「うん。今日は調子いいんだ。そろそろ終わるはずだしね」
そうじゃなきゃ、まともに食事する気起きてないもん。
「よかったー。ずっとわたしばっかり食べてたから……フィルナにもいっぱい食べて欲しかったんだー」
「ふふっ。ありがと」
あー可愛い! ルル大好き!
……私ちゃんとルル離れできるかなぁ。
「そういえばルルは住み込みになるのかな?」
「え?」
「はい、お待ちどう。なんの話だい?」
ふと思ったことを口にしたときにちょうどマーエさんが料理を持ってきた。
お肉にスープにライス。そういえばここは米食が主流だったね。
それと「ほうれん草の胡麻和え」も合言葉だけじゃなくて本当に出てきたよ。
「わぁ、美味しそう。あ、ルルは後々スピニッチさんのところで働く予定なんです」
「看板娘になります!」
「へぇ、旦那が見込んだんなら頼りになりそうだね。ならウチに住むといいさ。部屋は空いてるしね」
そう言われて嬉しそうにしつつもこっちをチラッと見て来るルル。
「ふふっ、私がこの街から離れるまでは一緒だよ」
「ほっ」
心底安心したように胸を撫で下ろす仕草もまた可愛いね。
「姉妹……ってわけじゃなさそうだね。訳ありかい?」
「まぁ……」
「ここじゃなんだから店を閉めたら話を聞こうじゃないか。旦那も交えてね。あとで二人の部屋に行くよ」
「はい」
「さぁ、冷めないうちに食べておくれ。滅多に出さない肉なんだ。美味しいわよー!」
「はーい!」
マーエさんの料理はここに来る途中で食べた調合込みのお肉よりももっともっと美味しかったよ!
やっぱり本職の【料理人】は違うんだね。
「ごちそうさま。美味しかったです!」
「ごちそうさまー!」
「そりゃあよかった。代金は宿代と一緒でいいからね。そういうキメなんだよ」
「わかりました!」
そして夜、スピニッチさん夫婦が部屋にやってきて、事情を説明したの。
「なるほどねぇ。そういうことなら……どう? うちの子にならない?」
「そうやな。うちには子供おらんからな。ルルちゃんがええなら、やけどな」
「フィルナ……どうしよう?」
「すぐに決めなくてもいいと思うよ。私も今の両親を「お父さん、お母さん」って呼ぶようになったのは最近なの」
「そうよ。提案しといてなんだけど、ここで働くんでしょう? そうしてから決めてくれていいのよ」
「わかった。よろしくお願いします」
「うんうん。よろしくな。まぁ、まずはこの街を見てくるんや。それだけでも楽しめるはずやで」
「それがいいわ。このお姉ちゃんにたくさんおねだりしてきな」
「うん!」
「ルルにおねだりされたら弱いんですけどぉ」
「ま、フィルナちゃんもいい勉強になるやろ。しっかりカモられて来ぃや」
「うう……頑張ります」
二人が戻っていったあと、昔アカツキ達がどう買い物してたのか思い出しながら、ルルとダブルベッドで眠った。
「ん……おはよ、ルル」
「おはよー ぎゅー!」
広いベッドなのに真ん中でくっついて寝てた。
そして、ルルは起きるなり強く抱きついてきた。
「ふふ……こうして寝られるのももう少しかぁ」
「今のうちにいっぱいフィルナとぎゅーってしないとね」
「もう、ルルったら。嬉しいぞー! ぎゅー!」
「ははっ、苦しいよー」
「さ、顔洗っていくよー」
「はーい」
顔を洗って着替えも済ませる。
「朝ごはん、どうしよっか?」
マーエさんとこで食べてもいいんだけど。
「出店!」
この街は朝から出店や屋台が開いてるんだよね。
「うん、そうだね。そうしよっか」
「わーい」
「じゃあ……今日は北の方回ろう」
「うん!」
宿が中心にあるから北からぐるっと。
特にここは目の前に十字の大通りが走ってるからわかりやすいしね。
まずは北から大通り沿いに行こう。
「あ、スピニッチさん。行ってきます」
「いってきまーす」
「気ーつけてなー」
鍵を預けて出発。
ちなみに昨夜の食事代は二人で100ギルだったよ。
あんなに美味しいものがイヤンの宿と同じ値段なんて! って言ったんだけど、押し切られちゃった。
「フィルナ、焼き鳥!」
「ええっ、朝から!? 仕方ないなぁ」
焼き鳥の出店を見つけたルルは私の手を引っ張って走り出しちゃった。
「おじさん、焼き鳥ください!」
「おー嬢ちゃん元気やな!」
おじさんも相変わらず元気だね。
「とりあえず2本でいいよね?」
「うん!」
「ほい、2本で20ギルや!」
「高いよ。2ギル! 2本で」
「勘弁してーな。10!」
「いやいや、せめて5!」
「しゃーないなー。それでええわ」
「わーフィルナすごい!」
「はい5ギル。それでもおじさんの方が得してるでしょ?」
「かなわんなぁ」
「そうなの?」
「はい、食べてみて」
「んー! 美味しい!」
「でしょ? その「美味しい」がおじさんが得した分の代金だよ」
「なるほどー」
「その代金がないとこの焼き鳥から「美味しい」がなくなっちゃうの」
「それはやだなー」
「嬉しいねぇ。そう言ってくれたんはあんさんで二人目や」
「一人目は『夕暮れの空』のアカツキでしょ?」
「な、なんでそれを!? それワイの密かな自慢やのに」
「そのとき教わってたのが私なの」
「はぁー! あんときの嬢ちゃんか! でっかくなったなぁ」
「10年以上前だしねー」
「いやでも覚えとってくれて嬉しいわ。ホラ、サービスや。もう一本ずつ持ってけ」
「わー! ありがとー!」
「ふふ、いただきます」
うん、でも朝から焼き鳥2本はちょっとキツいかも。
「それじゃ、しばらくこの街にいるんでまた来ますね」
「おう! 待っとるで!」
「ばいばーい」
「それじゃ、次はお昼まで別の物見ようか」
「うん!」
ちょっとアレだったからしばらくは何も買わずにぶらぶらと二人で露店とかを覗きながら歩いてたよ。
お読みいただきありがとうございます。
ちょっと予定してた内容と変わりました。
焼き鳥のくだりがそうです。
なので、目利きは次回に。




