第二十九話 ソテー商会
ギルドに教えてもらった「一番エエ宿」は街の中心にあった。
宿なんだけど、三階建の一階は商店になってて主に滞在で使う日用品から下着や部屋着のような服まで売ってある。
男性用女性用が完全に見えないように区分けされてるのもありがたいね。
そして隣にはかなり大きめの食堂。向かいにはこの街で見た中で一番大きな商店。
お金さえあればほとんど移動することなく過ごせるようになってた。
「すっごーい! でも、その……フィルナ……ここ、高いんじゃない?」
それらを見ながら宿の奥に進むルルが歓声を上げつつも、申し訳なさそうにこっちを見る。
「大丈夫。でもそうだねー。中も綺麗だし、うちの宿よりすっごいよ」
「フィルナの家って宿やってるの?」
「うん。『パルバル亭』っていうの」
「おー嬢ちゃんあの宿の娘かいな」
ん? うちを知ってる? 誰だろ。宿のカウンターの方から?
って、ポークさんそっくり!
振り向いたら、ポークさんに白髪の混じった感じの赤髪チリチリ頭のおじさんがいた。
「その被り物、ポークの言うとったやつやろ?」
あ、ポークさんが話してくれてたって人みたい。
「はい。【すっぴん】のフィルナです」
名乗りながらポークさんに言われた通り貰った懐中時計を見せる。
「よー来たな。ワイはポークの兄、スピニッチ・ソテーや。嫌わんといてな。ぎょーさんサービスしとくさかい、代わりに街に金落としてってな」
「ふふっ、そういうところはポークさんそっくりですね。──って、一番エエ宿ってポークさんのお兄さんの宿!? も、もしかしてソテー商会って……」
「ん? アイツからなんて聞いとるか知らんけど、ウチの商会はアキンド一やで!」
何がそれなりなんですか、ポークさん!!
「あーもうやられたよー」
なんだか肩の力抜けちゃった。
「ワッハッハ。宿の目の前のデカい商店がウチのメインの店や。親父もおるからの。よかったらアイサツしてってーな」
あのめちゃくちゃでっかい建物が!? 三階建のこの宿よりおっきかったよ?
「フィルナの知り合いってすごいんだねー!」
「私もここまでなんて聞いてないよ!」
「まーまー。三階のエエ部屋用意したる。シングル二つのやつとダブルどっちがええ?」
「ダブル!」
ちょっ、ルル!?
「ほな、階段上がって一番奥や。一晩100ギルでええよ」
「は!?」
やっす! こんないい宿でイヤンのあの宿の1/4とか!
「高いか?」
「いやいやいや。実はお風呂代別、とかじゃないですよね?」
「お、それええな。いただきや」
「ダメー!」
両手でバツを作って抗議するルル。可愛いよー!
「はっはっ、お嬢ちゃん、ジョーダンや」
「よかったぁ」
「可愛えなぁ。着替えとタオルも付けたろ」
「やったー!」
「ええっ、いいの!?」
「ええよええよ。二人分、用意させるわ。このお嬢ちゃんやり手やでぇ」
「そうなんですよ。なんでも許しちゃいそう」
「看板娘に欲しいくらいや」
「わたし、がんばるよ?」
「お。お嬢ちゃんノリええな。今度そこの店立ってみるか?」
「やる!」
「ほなら街楽しみ終わったらゆーてや。売り方教えたるわ」
「え? ほんとに?」
「ワイは人を見る目はあるんや。この子はやるで」
いきなりルルの仕事が見つかっちゃったよ。
「やったね、ルル」
「うんっ!」
「ま、とりあえずは楽しんでき。ついでに色々見せてやっといてくれんか?」
「ええ、もちろん!」
「ほい、部屋の鍵や。毎朝精算でいくらでもおってええ。もう見たやろけど、メシは隣な。他で食ってきてもええで」
「ありがとう」
「ありがとー」
鍵と二人分の着替えとタオルを受け取って一旦部屋に入った。
「すごっ!」
「ひろーい!」
え? 家? っていうくらい広い部屋にめちゃくちゃ大きなベッドと広々としたお風呂。
元の値段聞くのが怖いよ。
これで100ギルなんてずっと住み続けてダメになりそう。
とか思ってたら、ルルがキラキラした目を向けてきてた。
「ごめんごめん。外行きたいよね。装備外したら出よう」
「うん!」
まずは向かいの商店から。
──と思って出ようとしたらスピニッチさんから呼び止められた。
「スマンな。言い忘れてたわ。隣でメシ食うとき、最後に「ほうれん草の胡麻和え」って注文するんや。それがワイんとこの上客っちゅー合言葉になっとる」
「わかった。でも、ソテーじゃないの?」
「さすがにそのまんまやったら合言葉にならんやろ? ま、期待しとってええよ」
「うん! いってきまーす!」
「元気やなー。ほな気ーつけて」
宿を出て目の前の商店に入ると、ルルの目の色が変わって急に走り出した。
「えっ? ルル! どうしたの?」
周りの品物には目もくれず一直線に走っていくルルを慌てて追いかける。
そして、ルルはソレの前で止まった。
「もー! 急に走らないで! ……ルル?」
「お母さんのペンダントだ……」
見上げてるルルの視線の先を追うと、赤い大きな宝石が嵌められたペンダントがケースに入れられてた。
「あれが……そうなの?」
「うん。間違いない」
「置いてあるってことは売り物だよね。買われないうちに買っちゃ──えっ?」
「ひゃ、ひゃくまんギル!?」
「そんな……」
いくらなんでも村で暮らす人が買える値段じゃないよ!
ルルのお父さんが贈ったものだったよね?
『鑑定』
トルマリンのネックレス
使われているのは安価な宝石だが、大切な人への想いが込められた贈り物。
すごい。『鑑定』ってこんなことまでわかるんだ。
ルルのお母さんのものっていうのは間違いなさそう。
「ん? お客はん、それが欲しいんか?」
背後からの声に振り返ったら、ポークさんがそのまま歳をとったようなおじいさんがそこにいた。
「あ、あの、これ……お母さんのなんだけど……すごく高くて……」
「大丈夫だよ、ルル。お金は私が払うから」
「ほっほっ。まぁ、待ちんさい。ようやく現れたんやな。待っとったで」
「えっ?」
「おお、もしやそっちはポークの言うとったコボルトFかいな?」
「は、はい。【すっぴん】のフィルナです。もしかして……ポークさんのお父さん?」
「せや。ガーリック・ソテー。臭くはないで?」
「ふふっ、その挨拶はお父さん譲りだったんですね」
「ワイの鉄板や。そんで、そのネックレスやけど、持ってってええで」
「いいの!?」
「え? お金は!?」
「いらんいらん。どうも盗品っちゅーことで回り回ってウチに来たんよ。やから持ち主に気付いてもらおー思て目立つトコに目立つ値段で置いとっただけや」
「そうなんですね」
「それ買える金持っとるやつならその値段の価値はないことくらいわかるからな。どう間違っても売れることはない」
「でも、いいんですか? 確認とか……」
「目を見りゃわかる。その子は嘘ゆーとらんってな。それにあんさんこの金額でも出そうとしとったろ? それで十分信じられるわ」
「ありがとうございます」
「ありがとう!」
ガーリックさんがケースから取り出すと、ルルはそれを受け取って胸に抱き締める。
「よかったね、ルル」
「うん……うん!」
ルルが泣き出しちゃったから、ガーリックさんに「出直してまたきます」って言って宿に戻った。
お読みいただきありがとうございます。
次回、目利きと値切り。




