第三話 フィルナの一日
私の朝は早い。
宿に泊まった人の後片付けをして次の準備をしておくのが一日の最初の仕事なんだけど、それまでにその日の鍛錬をするの。
まずは夜明け前に起きて王都を外壁沿いに一周走る。
もちろんほとんどの人が寝てるからそれを起こさないように静かに。
それは魔物に気付かれずに近付く技術になるってアカツキに教わった。
魔物と戦う時に一番安全なのは気付かれないことだって。
あと……私の顔を見られずに済むっていうのもあるわね。毎日その時間に起きてる人とは逆に顔見知りになっちゃったけど。
もちろん走ること自体が訓練でもあるから一石三鳥ってことね。
始めのころは一周に二時間かかってたのが今じゃ一時間でいけるようになった。
──でも、今日……【すっぴん】になって初めて走ったけど、また二時間かかってた。
職業を授かる前はステータスを見ることはできないからどれだけ体力があったのかはわからないけど、加護を貰っても昨日までより落ちてるのは間違いないみたい。
でも、【すっぴん】でもこの訓練を始めた頃くらいの体力はあるってことだからむしろ感謝しなきゃ。
静かに走る技術はちゃんと身についてるしね。
そして戻ってきたら、武器の素振り。
まずはこの短剣。アカツキに貰ったミスリルの短剣を振る。
今でもちゃんと覚えてる。あれはこの王都に向かっていた時──
「どうして短剣なの?」
「職業には武器適正っていうのがあるって話をしたのは覚えてるか?」
「うん! えーっと、アカツキは剣でしょ。リューさんが槍で、クレ姉さんとルミ姉さんは杖だよね!」
「おー! よく覚えてたな。でも、実は全職業共通の武器ってのがあって、それが短剣とナイフなんだ」
「だから職業を得る前は短剣術を練習しておくと最初が楽になるのよ」
「最初だけ?」
「ああ。適正のある武器の方が結局は使いこなせるし、武器技も覚えられるからな。運良く短剣に適性がある【斥候】とかうちの国特有の職業の【忍者】になれたらめっちゃ有利だぞ」
「なるほどー」
「もちろん俺たちの得意な武器の扱い方も教えてやるからな」
「私とクレナイの杖もそれぞれ特徴が違うから両方覚えておいて損はないわよ」
「うん、ありがとう!」
「槍も種類によっては棒術のように使うこともある。フィルナは覚えたいか?」
「お願いします! リューさん」
「フッ、フィルナは貪欲だな」
「うおっ、リューが笑った!」
「確かに珍しいけど、私の前じゃ結構笑うのよ?」
「はいはい、惚気はそこまで。フィルナに教えるんでしょう?」
あれから空いてる時間はみんなから色々な武器の扱い方を教えてもらって、ここに着いてからも昼間はずっとみんなと一緒に武器を振ってたなぁ。
結局姉さん達にすら一本も取れなかったんだよね。
そういえば【すっぴん】の適正武器ってなんだろう。そもそも武器を振れるなんて誰も思わないだろうけど。
加護をもらった私でもこの短剣より重いのはたぶん難しいし。
うん、短剣ならなんとか振れそう。
あとはステータスが上がることを信じて続けるしかないね。
そろそろみんな起き始める時間かな? 私も仕事の準備しなきゃ。
いつも通り部屋の掃除を済ませて、食堂で朝食の残り物で早めのお昼。
「一晩寝たらスッキリした顔してるじゃないか。どんな職業なのか知らないけど、元気になったならよかったよ」
女将のパルマさんが優しく声を掛けてくれる。
厨房にいる旦那さん、バルさんとの間には子供がいなくて、私は本当の子供みたいに可愛がってもらった。
二人とも大柄で最初はちょっとだけ怖かったけど、アカツキ達とも顔見知りみたいでそのやりとりを見てたらすぐ打ち解けられたよ。
あ、ちなみに宿の名前は二人の名前にちなんで『パルバル亭』。
「ごめん、心配かけちゃったかな」
「そりゃあ心配するさ。大事な一人娘なんだから」
「もう……ありがと」
「アンタはいつか旅に出るからアタシらの離れに一緒に住まなかったりしたんだろうけど、アタシらにとっちゃフィルナは娘も同然さ」
内緒にしてたんだけど、やっぱりわかっちゃうんだなぁ。
「……今更だけど……お母さんって呼んでもいい?」
「もちろんよ。ダンナにも「お父さん」って言ってやりな。あの人飛んで喜ぶよ」
「ふふっ、わかった!」
食事を済ませた後は自由時間。
まずは髪を切った。いつも整えてくれるお姉さんは何も言わずに短く切ってくれた。
首元がスースーするなぁ。ずっと長かったし慣れるしかないよね。
それじゃあ一旦帰って着替えたらギルドに……
「あっ、オババに何も言ってなかった!」
オババっていうのはこの王都で薬屋をやってるお婆ちゃん。
私のニキビのことでルミ姉さんに紹介してもらったんだ。
それから薬やポーションの調合のことで色々教わってるお師匠様。
いつもはお昼はだいたいオババのところでお勉強してるの。薬のこと以外にも私が知らないことを教えてもらってた。
それだけじゃなくて、私が【すっぴん】でも諦めなかった理由にもなる人。
オババの職業は【薬師】じゃなくて【治癒術師】。でも、【薬師】のスキル『薬の知識』を持ってるの。
元々冒険者だったけど、引退した後自力で勉強して習得したんだって。
なら【すっぴん】でも他職業のスキルを覚えられるかもしれない。
なんたって私は動ける【すっぴん】だしね。
オババに今日から来れる時間遅くなるって言いに行こう。
「おや、昨日は成人の儀って言ってたのに来ないから心配してたんだよ」
いっけない。そういえば昨日も真っ直ぐ宿に帰っちゃったんだった。
「ごめんオババ。私……【すっぴん】だった」
「なるほどねぇ……その割には元気そうじゃないか」
「さすがに昨日はヘコんじゃったけどね。でも、加護も貰えてちゃんと動けるよ」
「へぇ、そりゃよかったねぇ。それで、これからどうするんだい?」
「もちろん冒険者になる! って言っても、出来るのは薬草採取くらいだろうけどね。ここで教えてもらったから薬草はわかるし」
「そうかい。ふふふ」
「え? な、なに?」
「いや、教えたことを活かして貰えるのが嬉しくてね。こんな嬉しいことならもっと早く弟子を取っておくんだったよ」
「えー! これからもまだ教わりたいんだよー!」
「なに言ってんだい。まだまだ教え足りないよ。他の弟子なんて取る余裕はないさ」
あっ……勘違い……恥ずかしい……。
「薬草採取に行くんなら裏で使ってるハサミを持っていきな。採り方は覚えてるだろうね?」
「もちろん! 採る場所は群生地からで採り尽くさずに! 採る時は根から抜かない! でしょ?」
「その通り。よくできたね。群生地以外の薬草はいざってときの為に残しておくんだ。群生地なら採り尽くさなきゃまた生えてくるからね」
「一本でも残っていればそこから根を伝って生命力を分け合ってまた生える、だよね。何回も聞いてしっかり覚えたよ!」
「本当にフィルナは素直な子だねぇ」
「子って! オババ! 私もう20歳だよ!」
「何言ってんだい。20なんてまだひよっこさ」
「ううー、オババにそう言われると反論できない……」
なにしろ今年で90だもんね。
「はっはっは。わかったら無茶なんてしないことだね。なにしろ【すっぴん】なんだろ?」
「うん。気をつける」
「それがいい。だけど、卑屈になる必要はないからね。謙虚と卑屈を間違えないようにしな」
「わかった。ありがとうオババ」
本当にオババにはいつも勇気を貰ってるなぁ。
【すっぴん】とか加護を授かったって言っても変わらずに接してくれるのは嬉しい。ちょっと自分に自信が持てたよ。
それからオババのハサミを借りて着替えに帰ってきた。
さぁ、今度は遂に冒険者ギルドだ。
お読みいただきありがとうございます。
次回ようやく冒険者ギルドです。