第二十五話 懐柔
イヤンを出て一日目の野営には珍客が5人。
どうやらルルの主人だったメンソルの手下らしいんだよね。
全員両手を前に縛ってるし、ずっと走りっぱなしだったから抵抗される心配はないし、たぶん逃げたりもしないはず。
というのも、一度『無音歩法』と『不可視』を同時に発動した──私は『インスニ』って呼んでる──状態で、ちょっとだけ脅しをかけてみたの。
そしたらそれからはこっちを睨み付けたりしなくなったんだよね。
「それじゃ、ご飯にしよっか。ルルは何が食べたい?」
「お肉……いい?」
ああもう可愛い! いいよいいよ! お肉食べな!
そうだ、イヤンの初日に食べなかった肉料理があったよね。
どうせ私しばらく食べられないからルルに食べてもらおう!
「それじゃ、ルルはこれね」
魔法鞄から料理を取り出す。
中は時間が止まってるからまだあったかいね。
「えっ、やったー」
ルルに料理を渡してあげると、物凄い視線を感じた。
「あなたたちもお肉食べたいの?」
「く、食わせてくれんのか?」
実はモンパレで出た大量の魔物の肉を結構貰ったんだよね。毛皮とかの素材は貰っても仕方ないからって言ったら、お肉が大量にギルドに用意されてた。
いろんな人が私に、って言ってくれたみたい。
あと調合に使える素材を少し。あのモンパレにはあんまり調合に使える魔物はいなかったからね。
「お話してくれるならいいよ」
「な、何を聞こうってんだ?」
「うーん、そうだなぁ……ま、食べてからでいいや。ルル、それ食べ終わったら焼くの手伝ってくれる?」
「うん! 待ってね、もう少しだから」
「いいよ。ゆっくり食べて。それくらい待てるでしょ?」
「あ、ああ……なんだこの二人……天使か?」
「死神かもしれねぇぞ……」
「失礼な人にはあげないよ?」
「ご、ごめんなさい!」
話せば話すだけ素直になっていくね。これも『交渉術』スキルのおかげ?
もしかして……『尋問』の上位スキルだったりするのかな? 『尋問』が上だったり派生先だったら加護で覚えてそうだもんね。
あれ? もしかして『拷問』スキルとかあったりする? まさかね。
ルルが食べ終わるのを待ってから、肉を焼いていく。
こっそり『調合』も使って。
実は『調合』って料理にも使えるんだよね。
材料から調味料を作ったり、それを使って肉に下拵えで味付けしたり。
「う、うんめぇー!!」
「なんだこれ!!」
「こんな肉初めて食ったぜ!!」
「あぁー舌が蕩ける」
「ここが……天国か……?」
おお、大絶賛だね。
「おじさんも食べる?」
「いいのかい!? 是非!」
捕まえた荒くれ者だけっていうのも悪いしね。
御者のおじさんにも肉を分けてあげた。
「こ、これは美味い!!」
おじさんも幸せそう。喜んで貰えてなによりだよ。
「フィルナ……」
「もちろん、ルルもどうぞ。でも、食べ過ぎないようにね」
「うん、少しだけにしとく」
一口サイズに切ったお肉二切れだけ取って片方を頬張るルル。
「はわぁ〜なにこれぇ」
両手でほっぺを押さえるルルは本当に天使みたい。
「フィルナ! フィルナも少しくらい食べよ?」
残った片方を差し出してくる。
私は今日も薬湯だけにしてたんだよね。
「はい、あーん」
こ、これは断れない……!
「あーん……んー美味し……♪」
そうだ、『調合』で最高品質になってるんだ。
どおりでみんな絶賛するわけだよ。
あ、そうか。薬湯に混ぜた薬も『調合』しちゃえば私も食べられるかも。肉自体もあっさりに仕上げればいけそう。
これは今後に活かせそうだね。
「それで、嬢ちゃんは何を聞きたいんだ?」
「そうだねー……まずはなんでイヤンに向かってたの?」
「合図があったんだよ」
「合図? 何の?」
「…………」
「【鑑定士】のフリをしに行くところだった?」
「知ってたのかよ……」
「タイミング的にそうかなって思っただけだよ」
「ぐっ……」
つまりあの職員さんはルルを呼びに行った時点で何かわかる合図を送ってたんだね。
あの時からこっちに向かってたとしたらちょうど計算は合う。馬で飛ばしてた分こっちに近付いてたってことかな。
でも……。
「ボスのメンソルから連絡が来ないっていうのは?」
「合図の後に使いが来るはずだったんだ。ボスの奴隷には俺たちの誰かと顔を合わせてるやつもいるからな。そいつの知らないやつが行く手筈になっていた」
「つまり奴隷として売られる手引きをしたってこと?」
「……そうだ」
「ルルは見覚えある?」
「ううん。見たことないよ」
もしかしたらと思ったけど、さすがにルルが遭った事故は偶然だったみたいだね。
「ルルが事故に遭ったのはいつ?」
「んーと、だいたい5年前。どうして?」
「聞いた? 5年前、アキンドからの帰りで空の荷馬車が事故に遭ってた。身に覚えは?」
「いや……ないな」
「ああ」
「俺もだ」
「俺も」
否定した四人は本当に知らなそう。
「その荷馬車には男と女が乗ってたのか?」
「正確にはもう一人、女の子が乗ってたはずだけど」
「俺が見たのは近くに死体が二つ転がってる壊れた荷馬車だ。そこから金と金になりそうなネックレスを盗った」
「そう……あなたが…………」
この男がいなければルルが奴隷に堕ちることもなかったんだ……!
周りが何も見えない。目に映るのはその男ただ一人。
短剣に手を掛けて、一歩を踏み出そうとしたその時──
「ダメ! フィルナ!」
「はっ!」
「ダメだよ! 殺したらフィルナが捕まっちゃうんでしょ!?」
私……なにしようとした?
あの男を殺すつもりだった……?
私が……人を……殺す……?
「フィルナは私を置いていかないんでしょ!? 護衛してくれるんでしょ!? 捕まっちゃったら……イヤだよ……」
「ごめん……ルル。ルルの方が辛いのに……ありがとう」
「お、俺……もしかして……」
「そう、あなたが盗ったお金はルルのいた村のお金。この子はそのお金を失ったから村に見捨てられたの」
「お、俺は……ただ……」
「フィルナ、もういいよ。わたし、奴隷だったおかげでフィルナに出会えたんだもん。だから……この人なんてもうどうでもいい」
「ルル……。わかった。私はそのことはもう追及しない。この人のことはアキンドの憲兵に任せるよ」
「うん。一緒にいてくれてありがとう、フィルナ」
「で、まだ聞きたいんだけど、いいかな?」
「あ、ああ……」
「あなたたち、私達の馬車に向かって来てるとき、メンソルが奴隷を誰かに売ってる、みたいなことを言ってたよね?」
「…………」
「誰に売ってるの?」
「……言えねえ」
「悪いが、こればっかりは言えねえんだ」
「イヤンのギルドマスター?」
「な!?」
「そう。やっぱりそうなんだ」
「な、何故わかった? 絶対にどこからも漏れてないはずだ」
だってあの奴隷だったルルへの見下し方は異常だもん。
それにメンソルがあの場に首輪の鍵なんて持ってきてるわけがないよ。
あ! もしかして、ルルは乙女のままギルドマスターに売られるはずだった? だから鍵を持ってた?
ペンダントを見つけたなんてルルに伝えて動かせたのは……メンソルの裏切り……?
それに気付いたからメンソルを素直に捕まえたのかも……。
となると、ルルが危ないかもしれない。取り戻しに動いてくる可能性があるよね。
「フィルナ?」
「あ、ううん、ごめん。ちょっと聞きたいんだけど、ギルドマスターに売られる女の子ってもしかして成人の儀を受けてから?」
「な、なんで……そこまで……」
うん、職業のことを教えてる理由はそれだね。
「ってことは、戦闘職もいるよね?」
「ああ」
やっぱり護衛としての戦力も兼ねてる感じだよね。
下手したら私一人じゃ守り切れないかも……。
さすがに今からアルさんに連絡しようとしても間に合わないし……。
「取り引きしない?」
「取り引き?」
「私……というか、ルルの護衛を手伝ってくれれば、みんなを憲兵には突き出さない。それでどう?」
「手伝う必要があるのか?」
「たぶんそっちにもギルドマスターは追っ手を送ってくると思うんだよね」
調査をするって言ってた。裏で繋がってて裏切られたんなら……この人たちにも口封じとかしてきそうだよね。
「は?」
まぁ、難しいよね。証拠は何もないんだし。でも、一応説明してみよう。
まだ聞いてないことも出てくるかもしれない。
私はレベルが高いだけで、今のところ戦闘向きじゃないからね。通るのは不意の一撃までだよ。
だから少しでも戦力がほしいけど、今はこの人たちしかいないもんね。
ルルが売られる可能性も含めて、ここまでわかってること、予想されることを話してみた。
お読みいただきありがとうございます。
次回、追跡者。




