第二話 『夕暮れの空』
この宿には鏡がないからすっかり自分の顔のこと忘れてたよ。
村を離れたのがちょうどニキビとかが出始める年頃だったって聞いたけど、外の空気が合わなかったのか、私のニキビの数はみんなもおかしいって言ってた。
薬も魔法も効かなかったから体質なんだろう、って結論だったけどさ……。
あ、みんなっていうのはSランクパーティ『夕暮れの空』。
その『夕暮れの空』との出会いは8年前──。
あの日、私は両親も住んでいた村も村のみんなも失った……。
後から聞いたんだけど、それはスタンピードと呼ばれる魔物の暴走だった。
私はその唯一の生き残り。間一髪のところで偶然通りかかった彼らに助けてもらって、それから一人じゃ生きていけない私をこの王都に連れてきてくれた。
王都タイクーン。
『夕暮れの空』のメンバー、【ドラゴンライダー】のリューさんと【賢者】ルミネ──ルミ姉さんの故郷。
私のいた村から一年もかかったけど、リーダーで【勇者】の暁が当時12歳の私を安心して預けられるのはそこだって言って【聖女】の紅──クレ姉さんも賛成して、リューさんとルミ姉さんもそれならってことになってここにやってきた。
その間、みんなはいろんなことを教えてくれた。
「俺と紅はジパンっていうこの大陸とは別の小さな島国の生まれでな、この黒い髪とか目はそこの特徴だな」
アカツキ──最初に駆けつけて「大丈夫か?」って手を差し伸べてくれた……私の初恋の人。まぁ、その初恋はすぐに終わっちゃったんだけど。
そうそう、暁ってジパン語で朝焼けって意味らしいんだけど、「じゃあなんでパーティ名は『夕暮れ』なの?」って聞いたら、「そりゃあお前、自分の名前がパーティ名になってたら恥ずいだろ」だって。私、思わず笑っちゃった。
それだけじゃなくてリューさんのオレンジの髪やルミ姉さんの得意な炎魔法とかクレ姉さんの紅って言葉も夕暮れの色に似てるから『夕暮れ』なんだって。
あとは晩御飯には必ず帰りたいって意味もあるんだ、ってアカツキは笑ってた。
「でも私たちが【聖女】や【勇者】だってわかって……まぁ、色々あってこの大陸に来たの」
子供だったときはわからなかったけど、今はわかる。職業ってそれだけで人の運命を決めてしまう。
私の村は成人の儀とは無縁で職業を持ってる人なんていなかったけど、王都に住むようになってこれでもか、っていうくらい実感してる。
何をするにも職業優先。向いているか職業で全てわかってしまう。
未成年は職業を得たときのことを想定して励む。
この王都には職業のない私の村とは違った活気があった。
ジパン国では【勇者】や【聖女】っていう職業は特別な存在らしくて、ジパン国じゃ色々あったみたい。
だから『夕暮れの空』はほとんど一つの場所に留まらずにあちこち旅をしてるって言ってた。
「まぁ、理由ってーとそれだけどな、自由に生きるのが性分に合ってんだよ。紅も旅好きみたいで気ままにあちこち回ってたときにリュー達夫婦と出会ったんだ」
そう、このジパン生まれの二人は付き合ってる……どころか、このパーティは夫婦二組のパーティだったんだよね。
そんなわけで私の初恋はあっさりと終わっちゃって、それ以降はアカツキの衝撃が強すぎて全然ときめく人がいなかった……うん、ハードルが高すぎなのはわかってる。
アカツキはかっこいい上に強いからね。
そして、みんなとお別れした時にプレゼントしてくれたこの装備。ようやく身につける日が来たよ。
そのお別れもホントは私が成人するまでいてくれるはずだったんだけど、アカツキがジパンの成人が15歳だったから勘違いして『夕暮れの空』の仕事入れちゃってたっていうね。
この国では若いと無謀なことする人が多くて成人が20歳からになったんだって。
だからアカツキ達とは私が15歳のときにお別れしたの。
でも、これで良かったと思う。
だって連れて行ってもらうんじゃなくて、自分の力で追いつきたいって思ってたから。
だからいつか必ず追いつくって約束してお別れした。
それで、みんなから貰ったこの装備の胸当てにはジパン語の文字が刻んであるの。
「ねーねー、わたしの名前ってジパン語でどう書くの?」
「んー……そうだなぁ。ちなみにリューはジパン語で『竜』って書くから【ドラゴンライダー】のリューにはピッタリなんだが……」
「フィルっていう字はないから当て字になるわね」
「当て字?」
「読み方じゃなくて意味で文字を当てはめるんだ。フィルナは自分の名前にどんな意味が込められてるか聞いたことあるか?」
「ちょっと! 暁!」
「あっ……すまん」
「大丈夫だよ。フィルナっていうのはお父さんが付けてくれたんだけど、愛情で満たされますように、って付けたんだって。「お父さんとお母さんが一番愛情を注いでやるからなー」って」
「そっか、いいお父さんだな」
「うん! だから、お父さんもお母さんもわたしと一緒にいるんだよ!」
「そうだな! じゃあ……『充愛』……かな。紅、どう思う?」
「暁が考えたにしてはまともじゃない?」
「俺にしてはってどういうことだよ!」
「ふふふっ。ねぇ、この字はなんて読むの? わたし、この字好きだなぁ」
「この字はね、愛って読むの。愛情そのもののことよ」
「へぇー。じゃあわたし、将来この字を目立つところに刻みたい!」
「お、いいんじゃねぇか? 昔ジパンにも兜にデカデカとこの字を付けてたやつもいたみたいだぜ」
「そうね。いつかなにかその文字を入れたものをプレゼントしてあげる。それにフィルナもかなり元気になってきたけど、もっといろんな喜びを教えてあげたいわ」
「俺たちの愛情も込めてやるからなー」
「うん! ありがとう、アカツキ! クレ姉さん!」
そして左胸のところに『愛』と刻まれた胸当てを貰ったの。
「なんで左側なの?」って聞いたら、「ココに愛情は詰まってるんだってさ」ってアカツキが自分の左胸を親指で指しながら教えてくれた。
あれから五年経ってるし……サイズ調整は……うん、まだピッタリ。必要なさそうね。
膨らみかけたときは期待したんだけど、まさか五年経っても変わらないなんて……。
ううん、これはこれで調整費用の節約になってるんだから!
決してクレ姉さんやルミ姉さんみたいに大きくならなかったのが残念とかじゃないのよ!
それとコレ。
初めてここにきたときにちょうどやってたお祭りで買ってもらったコボルトの被り物。
そういえばあの時は何のお祭りかもわからないままはしゃいじゃってあっちこっち走り回ってみんなを困らせたっけ。
あれはだいたい十年おきに起こる魔物の集団行動──通称モンパレ──に向けた出陣祭だったんだよね。だから魔物の素材を使ったものがたくさん売られてたんだ。被り物を被った人もいっぱいいた。
その集団行動っていうのがスタンピードに似た現象だからアカツキたちは私に気を遣ってくれてたみたい。
私に怖い思いをさせないようにしてくれたんだよね?
故郷のことを思い出さないように……。
それに、アカツキたちがいたからそのときは被害がほとんど出なかったんだってお別れした後に聞いたよ。みんなに口止めしてたんだってね。
着いてすぐに私を置いてどこかに行っちゃったからあのときは不安だったけど、その話を聞いて誇らしくなったのを覚えてる。
だからもうすぐ起こるはずの次は私も参加して出来ることをやる、って決めてるんだ。
職業が【すっぴん】だったから戦うことはできないかもしれないけどね。
これまでやってきたことを活かせば【すっぴん】だって何か出来るはずなんだ。
明日に向けて今日は早く寝よう!
眠れない気がするけどね。
お読みいただきありがとうございます。
次回はフィルナの一日の流れについて。
次々回から本格的に活動し始めます。