第十九話 旅立ちに向けて
あれから一年とちょっと、結局モンパレは兆候も起きてない。
そして私はというと、Dランクに上がった。
討伐クエストを受けてみたらEランクは全く問題なくて、ソロのまま昇格しちゃった。
ポーションも自分用にちょいちょい調合してたんだけど、どうみても使い切れない数作っちゃって、半分くらいギルドに売った。
その時のアルさんの顔は冷ややかだったなぁ。
あ、マナポーションは本来のレシピで作れるようになったよ!
スキルで作っても最高品質が出るようになったし。
まぁ、その練習の結果が大量のポーションなんだけど。
それと、レベルも400を超えたところ。現状ステータスはあれから変わってない。ただいくつかのスキルと武器技を覚えたよ。
それで、今日はオババのところに向かってるの。
モンパレのことも区切りがついたしそろそろ街を出ようかな、って。
「オババ、来たよ!」
「おや、今日はいつもに増して元気だねぇ。旅立つ気になったのかい?」
「すっごい。なんでわかったの?」
「そりゃあ、フィルナのことならなんでもわかるさ。最後にお漏らしして泣いてた日もちゃーんと覚えてるよ」
「ちょっと! そんなの忘れてよー!」
「で、街を出るってことはなんともなかったんだね?」
「うん。昨日アルさんに言われてみんなで手分けして周りを見てきたけどいつも通りだったよ」
そう。アルさんはいつまでも待っても仕方がないって、区切りをつける為に昨日私みたいな低ランクに周囲の調査クエストを出したんだ。
それで今年のモンパレはないって結論を出したの。
「そうかい。それはよかった。安心してここも引き払えるよ」
「お父さんもお母さんもオババが来るの待ってるからね!」
お店も閉めちゃってオババの様子を見る人が減っちゃったから私の部屋に住めるようにお母さん達に頼んだの。
余計なお世話かもしれないけど、オババ、もう歩くのも辛そうだもん。
今は常連だった人たちが食べ物とか持ってきてくれてる状態だし、それならって。
「ありがとうね。こないだ来てくれたけど、いい両親じゃないか。断るつもりが押し切られちゃったよ」
「ふふ、遠慮しなくていいからね。だいたいお金はいいって言ったのに無理矢理持たせたんでしょ?」
ホントは私が稼いだお金をオババの分で渡すつもりだったんだけど、「娘からは絶対に受け取らない」の一点張り。
そんな両親に渡しちゃうんだからさすがオババだよ。
「宿に世話になるんだ。宿代だよ」
「頑固さは変わらないなぁ」
「ハハハ、向こうじゃ丸くなるとしようかね」
「ここはどうするの?」
「だいぶ古いからねぇ。取り潰して土地だけ残すつもりだよ」
「そっかぁ……目に焼き付けておかないとなぁ」
「ふっふっふ、思い出が沢山あるからねぇ」
「この覗き窓とか私の為にわざわざ開けたんだよね」
奥の作業部屋への扉にある小さな窓。
普通のお客さんもだけど、オババは【治癒術師】だからケガ人が運ばれてくることもあったんだ。
買い物とかその治療の様子を私はそこから見てた。
「その隠した素顔が恥ずかしくて人前に出られないって泣いてたのがついこの間のことみたいに思い出せるよ」
「そこじゃなくていいよ!」
実際いろんな人がここにやってきた。
いい人もいれば、言っちゃ悪いけど面倒くさい人も。
そんな人たちとオババのやり取りをずっと見てたからか、なんとなく人がどういうこと考えてるのかわかるときがあるんだ。
本当にときどきだけどね。
「あとはカラシ草の粉末の瓶を落としちゃって、それで怪我したもんだから大泣きしながらのたうち回ったりしたね」
「だからなんで泣いたことばっかりなの!?」
「フィルナが泣かなくなったからだよ。あたしはもう何年もアンタの泣き顔を見てないよ」
「そんなにだっけ……?」
「他では知らないよ。あたしが見てないだけかもしれない。それでも、強くなったんだねぇ」
「ちょ……ズルいよ……オババ……」
「ふふ、ようやく泣き顔を見せてくれたねぇ」
「いじわる……」
「そうでもないさ。別れの時まで取っとかれたくないからね。今のうちに泣いとくれ」
「オババ……!」
「おっとっと。フィルナを支えてやれなくなっちまったねぇ」
「なに言ってるの……十分支えてもらってるよ……!」
その日のうちに両親にも相談して、二日後この王都を出ることに決めた。
「フィーアさん!」
翌日、私はギルドに挨拶をしに来た。
「フィルナさん、こんにちは。この間は私たちの式の……二次会だったけど、来てくれてありがとね」
「さすがにコレ被って披露宴に参加するのはちょっとね。外すのはまだ先って決めてるんだ」
「ううん、十分よ。ありがとう」
「それで……私、明日ここを出るよ」
「そっかぁ。寂しくなるね」
「何!? コボルトF出ていっちまうのか!?」
「待てよ、俺はまだお前の素顔を見てねぇ!」
「何言ってんだ、俺が最初に見るんだよ!」
みんなが騒ぎ出して収拾がつかなくなってきちゃった。
っていうか、素顔を見せる気ないからね!
「うるさいぞ! 何を騒いでる!」
奥からアルさんが出て来て一喝するとギルドが静まった。
「あ、アルさん! 私、明日王都を発ちます。お世話になりました!」
「そういうことか。ならばここを貸そう。好きなだけ騒げ」
「へ?」
「ギルドマスターはフィルナさんがお気に入りなのよ。なんだかんだ贔屓しちゃって」
「お前のせいで職員規定を変えることになったからな」
「うう……感謝してますよぉ」
本来ならフィーアさんは職員のままだとゴッツさんとの結婚は許されないはずだったのを、アルさんが手回しして職員は専属担当を一人だけ決めることができるようになったの。
その担当する冒険者の活動成果が自分の成績に反映される代わりに多少の優遇や恋愛・結婚が許されるようになったってわけ。
それでめでたくフィーアさんとゴッツさんは結婚しやがっ……したの。
なにが凄いって、これがあっという間に大陸共通の職員規定になったこと。他のところでも似たような悩みはあったみたいだね。
そして、ずっと担当してくれてたフィーアさんがゴッツさんを選んだから、アルさんが私の専属担当になってくれたんだ。
……こんなギルドマスター特権みたいなのは初めてだけど。
アルさんのお許しを得て、もうみんな大騒ぎで何人かはお酒を調達しに走って行っちゃった。
「なんやなんや、騒がしいのう」
「あ、ポークさん」
赤髪の【薬師】のポークさんがアルさんの来た部屋から出てきた。
「おーコボルトFか。この騒ぎはあんさんやったか」
ポークさんは割と街で顔を合わせては声を掛けてくれる。
商会で育ったから市場を見て回るのが習慣になってるんだって。
「お別れの挨拶に来たらこうなっちゃって。ポークさんは?」
「あーそら騒ぎにもなるわ。ワイは例のポーションの納品や。ワイんとこだけちょっと遅れててな。ようやっと納品できたんや」
「なにかあったの?」
「ちょっとな。地元に呼ばれててん。二ヶ月ばかし空けてたんよ」
「なるほどー」
「……興味なさそやな。ワイはあんさんのこと触れ回って来てやったゆうんに」
「えっ、そうなの?」
「ホレ、この時計持ってき。餞別や」
「いいの?」
「なーに遠慮せんと買うてくれや。実家の商品やねん」
「あ、お金取るんだ」
「ジョーダンや。ワイの知り合いにそれ持った【すっぴん】が来るてゆーてあるから一番エエ宿に安ぅ泊まれるで」
「宿だけ? 商会じゃないの?」
「オマエ……なかなかガメツイのぅ。あそこで値切りは基本や。自力でやるもんなんや」
「わかった。がんばる!」
「ま、せいぜいカモられんよう目を鍛えとくんやな。ほな」
「ありがとう、ポークさん」
ポークさんが帰ると、冒険者の波に攫われた。
「う……もう飲めない……」
「ああもう! フィルナはお酒弱いって言ったでしょ! ゴッツ、ちゃんと止めてよ!」
「最後くらいいいだろ。他じゃおちおち泥酔なんてできねぇんだ」
「まぁ、そうね。明日しっかり言っておかなきゃ」
うっすらとそんな話し声が聞こえてた。
翌朝、というより昼前に目が覚めたら自分のベッドの上だった。
どうやって帰ってきたのか全然覚えてないよ……。
「フィルナ、馬車が迎えに来てるよ!」
「はーい、今行くー」
そうだ、オババをここに運んでもらう為に手配したんだった。
うう……頭痛い……確か二日酔いの薬の材料が……あった。調合っと。
薬を飲んで、両親と一緒に馬車でオババのところへ向かった。
オババを両親に託して笑顔でお別れ。
話したいことは一昨日全部話したから、交わした言葉はみんなそれぞれ「元気でね」だけ。
それで十分。
その後向かったギルドの方が大変だった。
フィーアさんがここぞとばかりに注意をしてくる。
わかってるよ。この街はいい人がいっぱいだった。
アカツキ達が信頼して連れてきたのは間違いじゃなかったよ。
だから、他の場所でここと同じ感覚で接すると痛い目を見るかもしれない。そういうことだよね?
「みんなありがとう! またいつか帰ってくるよ! 行ってきます!」
手を振り合って、初めて来た時、初めて出た時と同じ西門へ向かい、私は王都を出て行った。
お読みいただきありがとうございます。
これにて第一章完結です。
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次回に幕間を挟んで第二章 帰郷 が始まります。




