第十一話 出陣祭 後編
「フィーアさん!」
ギルドのカウンターの中で忙しなく仕事をしているフィーアさん。
まだ昼前だし、やることが多いんだろうな。
「あ、フィルナさん。ごめんなさい、まだ抜けられないの。何かで時間潰しててくれる? あ、調合してく?」
口調が少しオフモードだね。本当なら休みだったのかな?
「その調合のことで相談があって早く来たんですけど……フィーアさんが忙しいならギルドマスターも忙しそうですね」
「大丈夫、あの人は今あっちこっちに出した依頼の返答待ちで空いてるから。付いててあげられないけど繋ぐことはできるわよ」
「じゃあお願いします」
「はーい。じゃ、こっちに来て」
「ギルドマスター! フィルナさんです。お通ししますよ?」
「おお、わかった。入ってくれ」
「それじゃ、フィルナさんまた後で」
「ありがとうフィーアさん」
フィーアさんと別れてギルドマスターの部屋に入った。
「お忙しいところすみません」
「いいさ。祭りでクエストもない中わざわざ来るんだ。大事な話なんだろう?」
「はい。このポーションなんですけど……」
「ほう……マナポーションか」
「わ、わかるんですか?」
「私は【鑑定士】でね。視るだけで鑑定できるんだ。それで、このポーションがどうしたんだ?」
【鑑定士】でこの肉体っていうことにも驚いたけど、気を取り直してこのマナポーションを作った経緯と製法の説明と、以降のポーションをこれで作っていいのか聞いてみた。
「もちろんだ。量産できるのならそうしてくれると助かる。今回は西側だしな」
「なぜ西側だとマナポーションが助かるんですか?」
「西側は特に遮蔽物がない。だから魔法による遠距離戦が主力になるだろう。王国騎士団にも既にそのように依頼を出している。当然ギルド所属の魔術師も召集する。そこにマナポーションが大量に用意できるとなれば本当にありがたい」
「わかりました。やります!」
「ありがとう。もちろん報酬は上乗せしよう。一本100ギルで買い取っていたが、倍の200でどうだろうか」
「いえ、上積みは口止め料ってことにしてもらえってオババから言われてます」
「なるほど……ふっ、あの人らしい。わかった。決して漏らさないと誓おう。いや、マチルダさんのことだ、ちゃんと誓約書も書いておこう。少し待ってくれ」
「えっ、あっ、はい。あの……フィーアさんには話しても構いません。元々自然魔法のことも知ってますし、他に知っている人がいないと作業の効率も悪いですし」
「そうだな。そうさせてもらおう。誓約書を用意している間にフィーアを呼んできてくれないか?」
「わかりました」
フィーアさんを呼びに行って戻ってくると、割印を押した二枚の誓約書の一枚を渡された。
「フィーアにも確認させた。正直報酬を払えない方が心苦しくあるのだが、余計なことをすればマチルダさんの機嫌を損ねてしまうのでな」
「オババって……」
「フィルナさんも知ってるでしょ? マチルダさんが職業以外のスキルを持ってるって」
「はい」
「あれは私も生まれる前なんだけど、それまでそんなこと不可能だって言われてたんですよ」
「今でこそ周知の事実だが、当時のその発見は職業のあり方、扱い方を変える画期的なものだった。未だに職業での選別思考は残ってはいるが、それ以降にかなり改善されたのは間違いない。マチルダさんとはそういう人物なのだ」
この街の印象でいえば職業の方が先に見られることが多い。でも、確かにそれで苦しんでるような人は見かけない。
それもオババのおかげだったんだ。
「そんな人がなんで街の薬屋なんか……」
「それがあの人が望んだ仕事だったからだ。自らそういう姿勢を見せたことがよりマチルダという人物の評価を高めたのだ。もちろん本職の【薬師】の中にはいい顔をしない者もいるようだが」
ルミ姉さんがそういう風に紹介しなかったってことはそう扱われたくないんだろうな。
それに……。
「もしかして薬草の備蓄が減っていたのは……」
「いや、その話は落ち着いてからにしようか。モンパレの王都到達予測は三日後だ。三日後の日中には各魔法の射程圏内に入るだろう。それまで可能な限りのポーション作成を頼む」
「わかりました!」
「あ、そうは言ってもこの後のお祭りは楽しんじゃっていいからね。みんなの戦意高揚の為のお祭りなんだから、フィルナさんだって例外じゃないよ!」
「当然だ。この国でそれに文句を言う者はいない。もちろん私もだ」
「はいっ!」
それからフィーアさんの仕事が終わるまで調合して街に出た。
なんだか昔見た時より賑わってる気がする。
「フィーアさん、元気ですねー」
「そりゃあ、お祭りだからね。楽しまないと。フィルナさんはちゃんと楽しんでる?」
「もちろん! この串焼きも美味しいです!」
「それならよかった。お酒はイケる? あっちで座って飲もうか」
「少しだけなら、たぶん」
「飲んだことないの? もったいない!」
フィーアさんはダッシュで葡萄酒を2杯買ってきて渡してくれた。
中央広場に大量に用意されたテーブルの空いている席に二人で座る。
「あ、美味しい」
「でしょ!? コレ私のお気に入りなの。喜んでもらえて嬉しいわ」
「お、コボルトFも飲んでるのか」
二人で話してるとゴッツさんが私に気付いて寄って来た。
飲み食いのために捲ってたから、慌てて下ろして口元を隠す。
「ちょっと、私もいるんですけど」
「わぁーってるよ。こんな美人、見逃すはずねぇだろ」
「あら、お上手」
「マジなんだがなぁ……ま、二人で飲んでるなら俺はお邪魔か。本番は頼りにしてるぜ、二人とも!」
「ふふっ、ありがとうゴッツさん」
「ゴッツさんも期待してますよー」
ゴッツさんは「おうっ!」と返して離れていった。
っていうか、ゴッツさん、私の方あんまり見てなかったよね? 素顔にも何も言わなかったし……。
あれ? もしかして私のポーションっていうよりフィーアさんから買うポーションを狙ってる感じなのかな?
「ゴッツさんってみんなに頼りにされてますよね」
「ラースさんと組んでからはクエスト失敗なしの名コンビだしね」
「すごい! 失敗なしって……」
「そうよ。あの『夕暮れの空』でも結成当初は獲物を取り逃がしたりしたみたいだからね」
あ、それは聞いたことがある。
「連携に慣れるのが大変だったって言ってました」
特にリューさんの【ドラゴンライダー】は初めてで勝手がわからなかったって。
「ゴッツさんは初心者の頃からしっかりと基本から丁寧にやってたの。だから同じ【斥候】のラースさんとは相性が良かったみたい」
「へぇ、詳しいですねぇ」
「な、なに?」
「初心者の頃イジられてたことも知ってたり……」
「そ、そうね。それもあってゴッツさんは新人に何かと気をかけてるの。でも、フィルナさんのときみたいなのは珍しいのよ?」
「ごまかしました?」
「うっ」
「ごめんなさい、ちょっとイジリすぎましたね。私の時のが珍しいっていうのは?」
「お、おほん。いつもはもう少し優しいのよ。ケントさんの時みたいに。だからあの時はフィルナさんにも感じるものがあったんじゃない?」
「確かに……意図がはっきり伝わったというか……」
「フィルナさんの気概を確かめたかったというのもあると思う。しっかりと返せたことで気に入ったんじゃない?」
「そうだったら嬉しい、かな。でも、フィーアさんの方が気に入られてるんじゃないですか?」
「そ、そう?」
お? これは本当に……?
「ちょっと、ニヤニヤしすぎー!」
「へっ? あ、ごめん」
被り物の下なのにバレてた。
「なるほど、フィルナさんは酔うとこうなるのね」
「そうなのかな? それより、ゴッツさんには言わないの?」
「職員は贔屓しちゃいけない、って言ったでしょ? これ以上近付いたら贔屓しない自信はないわ」
「でも……」
「ナマイキ。私は職員を辞めたくもないんだ」
「そっかぁ」
「ふふ、ありがと。それにその話し方のフィルナの方が好きよ」
「ズルい……」
ホントに急に距離縮めてくるんだもんなぁ。呼び捨てにはしないって言ってたのに。
「フフフ、お返し♪」
「もうっ!」
「さ、そろそろ帰りましょ。まさかフィルナさんが一杯でこんなに酔っちゃうとは思わなかったわ」
なんだか一度呼ばれるとさん付けが寂しく聞こえるよ。
ああ、私完全に酔ってる。ヘンなこと考えちゃってるもん。
「うん、そうする」
「念の為宿まで送るわ」
「ありがとう」
その日はお酒が入ったこともあって気持ちよく寝付くことができた。
お読みいただきありがとうございます。
ゴッツさんに死亡フラグが立ったような気がします。
勝手に二人がそういう仲になってしまいました。
次回は決戦前夜。ギリギリ当日まで行くかもです。




