なさけは人の為ならず(三十と一夜の短篇第52回)
彩子はその晩、町内の公民館にいた。小学校のPTAの役員決めの会合の為だ。今回は欠席できない。今の今まで役員をせずに我が子は六年生になろうとしている。小学校六年間の内に一度以上は役員を務めなければならないのが暗黙の了解。委任状を出して欠席し、運を天に任せるのは怖すぎる。職場での仕事をシャカリキで片付けて、自宅にも寄らずに直行して出席だ。今頃子どもたちは夫とスポーツ観戦で盛り上がっているはず。(ああ羨ましい)
彩子は公務員で働いている。彩子の住む所は新興住宅地、子を持つ母は正規・非正規、フルタイム・パートタイム関係なく外で働いている。専業主婦の女性だって下の子の育児や親の介護など家庭で世話をする者を抱えていて、みぃんな忙しい。
――わたしは仕事があるので役員をお引き受けできません。
といったら最後、非難囂々、自分に耐えられる自信がない。隣に座ったもうちゃんのお母さんは彩子に話し掛ける。
「役員をしていないのは野馬さん、あなたとねねちゃんのお母さんの乾さんね」
彩子はどきりとする。
「そうなよね。今年は役員をしなくちゃいけないわよねえ」
「乾さんとこはねねちゃんが末っ子だけど、あなたのとこのひいちゃんの下にまた一人にいるのだっけ?」
「そうなの、この先もこのハラハラがあるわ」
もうちゃんのお母さんは過ぎてきた道なので、余裕である。
「これまで役員をしてこなかったのは野馬さんと乾さんだから、役員になるのは決定よね。でも役員の人数は五人必要だからもう一度役員になっていいっていう人いるかしら?」
と前年度学年委員だった猿田が発言する。その声に、はい、と手を挙げる人がいた。
「有難うございます。辰巳さんと八木さんですね。
あとわたしもう一年役員を務めてもいいと思ってます。ただ、また同じ役員ではなく、文化委員をしたいです」
「わたしは地域委員がいいです」
と八木が続けて言い添えた。
「それならわたしは広報がいいです」
と辰巳。
満場の拍手が応える。ここは経験者で立候補した者の意見が優先させるだろう。彩子は残る席のうちどちらの負担が少ないのかと考える。
「野馬さんと乾さん、皆さん、次の年度の役員をするのに不都合はありませんよね」
忙しいのは皆同じなのだから、そんなことは口が裂けても言えないし、お互い様なのだ。
「残っているのは学年委員とバザー委員ですが、どうやって決めます? 話し合いだと皆さんご事情があるから時間が掛かっちゃうんですよね。じゃんけんかあみだくじだと手っ取り早いんですけど、どうします?」
これ以上は二人で解決 (というのもおかしいが)しなくてはならない。長引いては集まってきているほかの人たちに迷惑になる。夜は片付けやら翌日の準備やらで主婦はやることがたくさんある。
そこで乾が手を挙げた。
「わたしが学年委員をします。
野馬さんはいつも忙しそうですから、わたしが学年委員、野馬さんがバザー委員で。」
バザー委員は忙しい。だから学年委員の次に嫌がられる。でもバザーの時期が終われば役割は終わりだ。
「いいんですか?」
思わず乾、それに集まったお母さん方を見回し、彩子はまた乾を見た。
「どうせ役員をしなくちゃいけないんですから」
ほかのお母さん方も別に構わないといった声が聞こえてきた。
「野馬さんがいつもお仕事で遅くなっているは知ってます。わたしだって仕事してますけど、いくらか時間に融通が利きますから。学年役員できると思います」
「ごめんなさい。でしたらお願いしたいです」
「じゃあ決まりね」
「これで六年生の役員はすべて決まりね!」
と会合は終わった。
乾は年度の学校行事ごとに連絡が来て、忙しそうにしているようだ。彩子は彩子で仕事と子ども会と、家庭とバザー委員の活動でほかに目が行かないので、乾の家に足を向けて眠れないと感謝しつつ、実際は向けていたかも知れない。
長期の休みの前に一度六年生のPTA役員で、学校の会議室に集まった。
「乾さん、その節は有難うございます」
と彩子は乾に頭を下げた。
夏休みの注意事項など聞かされ、地域委員の見回りや夏祭りでの注意事項の説明があり、お互い事故の無いよう元気に過しましょうと、教諭の言葉で閉められ、終わりとなった。
帰り際、彩子は乾に呼び止められた。
「わたしの上の子、今大学生で、大学のサークルで演劇をやっていて、今度定期の公演をするのよ。チケットを捌くのを頼まれちゃった。野馬さん、よろしければチケット買ってくださらない? ノルマがあるって泣きつかれちゃって」
彩子に断る理由がない。そしてそのノルマというのは何枚なのだろう? 今月自分が自由に使える金額は幾ら残っているだろうと、汗ばみながら計算した。