第6話 葵ママは、最凶である
ネテミです(^^♪
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―――目を覚ますと、そこには葵のお母さんがいた。
葵によく似た、垂れ目気味で優しそうな印象を与えるが、瞳の奥の妖艶な輝きがやっぱり大人の女性なんだなと思い出させる。
唯一、葵と違う所は目の下が少しくぼんでいて、意地悪げに笑うと、とてもサディスティックな魅力を放つことだった。
「楽君、良かった。目を冷ましたのね」
「えーと、おばさんがどうして?」
見ると、周りの奴らは皆目を覚ましていた。俺が最後の一人だったというわけだ。
「家に帰ったら、誰も居ないんだもの。ロウソクと、離れの鍵がないから様子を見に来たの」
「そうだったんですか、ありがとうございます。おばさんが来なかったら一晩中気を失ってたかも」
「気にしないでいいわよ。どうせ、葵がまた暴走したんでしょぅ」
流石、葵のお母さん分かってらっしゃる。
葵も母親には、形無しなようで、今はずいぶんおとなしくしている。
「らっくぅん〜良かった〜!死んじゃったかと思っだよぅ〜」
先輩の生存確認も出来た。泣かないでくださいよ、あなたは主犯じゃなくても協力犯なんですから!
「先輩、無事で‥‥生きてて良かったですね」
俺は先輩の口の端に、拭いたときに伸びたであろうトマトの赤い色を発見し言葉を選んだ。
「らっくん、なにを言っているんだ?私はもう死んでいるじゃないか。まあ、でも成仏とは全く異なる理由で消滅しそうになったがな!」
気づくと、檜とおじさん、葵が心配そうに先程先輩のいた座布団の方を見ていた。
「楽、高城先輩大丈夫そうか?」
「おなか痛くしてないだろうか、人様の娘さんに何かあったら大変だ」
「みやびちゃん、大丈夫ぅ?」
口々に、先輩を慮る言葉を投げかける。
なんというか、怪我の功名というか同じ釜の臭い飯を食べたもの同士の、見えない絆が生まれたようだった。
確かに、俺もあの辛い経験を分かち合うこいつらには戦友というか、妙な連帯感を感じている。
「ほら、先輩」
俺は、戸惑っている先輩にタブレットを渡した。
先輩は、恥ずかしいのかおずおずと―――でも先輩らしく、文字を紡いでいく。
『ありがとう。私は、大丈夫だ!』
ゆっくり、綴られるメッセージに最初は皆、緊張の面持ちだったが最後の文字に安堵のため息をつく。
「良かった〜×3」
―――しかし、津久田家の受難はまだ一つだけ残されていた。
「良くないでしょう?―――あなた、葵?」
底が抜けた思いだった。部外者の俺でも、これなのだから当事者の方達は大変気の毒である。
―――詰まりは‥‥。
「仁夏⁉これは、その葵が全てやった事で‥」
「あなたも、そこにいたのでしょう?大人としてあなたは何をしていたのかしら?」
すげえ、ぐうの音も出ない追い詰め方だった。おじさんがどんどん小さくなっていく。
「あなたがいて、他の子達も巻き込んで、その言い訳が娘が全部悪い?大したお父さんですね?」
「はい、すいません」
顔は笑っているが、例の瞳のくぼみが目を細められた事で、更に沈んでサディスティックな歓びへと昇華していた。
おじさんは、あった時の半分くらいのサイズまで縮んでいた。
「葵も葵ですよ?」
「わ、私⁉」
娘の特権で、逃げおおせられると踏んでいた葵は、それはそうだろという追撃に慄いていた。
なぜ、逃げられると思ったのか。
「台所はぐちゃぐちゃだし、洗い物も出しっぱなし。‥でも、一番許せないのは‥‥」
「ゆ、許せないのは?」
声が震えている。最早、泣き笑いだった。
「私が、大嫌いな虫が鍋で大量に煮込まれていたことよ!?」
「ヒィィぅ!?」
あまりの恐怖に、息漏れのような音しか葵の口からは発せられない。
お前、そのままで来ちゃったのかよ。急いで来たのは、分かるけどそりゃ怒られるだろ。
すると、今まで死神のようだったおばさんが、一転聖母のように向き直り、言った。
「うちのバカ達がごめんなさいね。体は大丈夫そう?」
「はい、大丈夫です!サー」
「俺も、平気です!サー」
「なんで軍隊式?でも、今日はもう帰りなさい。親御さんが心配してるわ。私も、これから少し殺ることがあるから」
「らっくん?なんか今、変なこと言ってなかったか?」
「先輩、気にしないで下さい、そんな訳ありませんから」
俺は、行かないでくれという2つの視線を出来るだけ見ないようにしながら、帰ろうとした。
その時、おじさんが最後に声をかけてくれた。
「楽君。最後に、言っておきたいことがある」
「おじさん、縁起悪いです」
一瞬間を置き。
「‥‥その子の事だけど‥‥。どうするつもりだい?」
「‥良く、分からないんです。でも‥ずっとこのまま、という訳にはいかないと思ってます」
ここへ来て、ようやくここへ来た目的を思い出した俺は、おじさんの言葉を傾聴した。
「私は、その子の願いを叶えてあげてもいいんじゃないかなと思ってる。―――まぁ最後に決めるのは楽君なんだけどね。
―――そもそもが、想い一つでこの世に留まるなんて、ちょっと普通じゃない事なんだよ。
奇跡的な事なんだ」
「―――はい」
―――そうだよな、別に伊達や酔狂で俺に取り憑いているわけじゃない、ということは分かっていた。
でも、享楽に生きるなんてどうすればいいのか分からないし、そもそも俺にはそんな生き方なんて‥‥。
「いいんじゃないかな?」
「え?」
「高校生は、一生の内に大体一回きりだから。
だったら、無茶をするのもいいんじゃないかな?
―――どうせ、そのうちしたくても出来なくなる。別の、幸せを見つける事になる。―――だから、君は今しかない幸せを見つければいいと思うよ」
おじさんは、優しく笑った。
おばさんは、やっぱりこの人の奥さんなのだ。さり気なく、横に控えて優しくおじさんを見つめていた。
俺は、前に進めるのだろうか?
漠然とした不安を抱えている。それでも、おじさんの言葉で俺は進みたいと思えたのも事実だ。
いつか、俺なりの答えを出すために今は‥‥。
「‥ありがとうございます。考えてみます!」
「らっくん‥‥」
前向きに、保留した。とにかく、先輩からもっと詳しい話を聞いてみないと。
いろいろ、向き合う必要がある。
―――だけど、きっと俺は先輩の願いを叶えたいんだろうな。
この人は、幽霊になっても放っておけない人なのだから。
「先輩、帰ったらいろいろ聞かせてもらいますよ?」
「うん」
何かふざけるかなと思っていたけど、珍しく素直に、先輩は答えた。
少しは、打ち解けたのだろうか?
「楽、高城先輩。しょうがねえから、俺も手伝える事があったら、暇だったら協力してやるよ。だから、遠慮なく言えよ」
「檜‥‥。お前、おばさんの前だからってかっこつけんなよ」
「らっくん、檜はツンデレと言う奴に違いないぞ!
凄い、リアルで初めてみた!」
「おい、楽!それは忘れろ!
あと、なんか悪口言われてる気がする⁉」
俺達の帰り道は、賑やかなものだった。
姦しく、騒がしく三人で進んでいく。
まるで、明るい未来に進んでいる気がして、学校では猫を被っていた先輩が、俺以外にも素で話せる友達が出来たのが嬉しくて―――そして、背後から聞こえる大の大人があげてはいけないタイプの悲鳴と、葵の聞いたことのない言語化不可能な叫びを、必死に頭から離すために。
俺達は、陽気に家路へ急ぐのだった。
ネテミです(^^♪
お疲れ様でした!




