第24話 家族
ネテミです(^^♪
時間が掛かりましたが‥‥次話で完結です!
最後まで楽しんで下さい!
待ち合わせの場所に向う途中、俺は何度も車のバックミラーやスマホで自分の顔を確認した。
涙の跡が目立っていないか‥‥ちゃんと笑えるかを。
気を抜けば一気に絶望に、勇気を持っていかれる。悲しみに、すべてを放り出したくなる‥‥。
でも、それは俺には許されなかった。
―――先輩からの手紙。
それが、今朝床に落ちていた‥‥。
場所からすると、どうやら先輩のブレザーのポケットに入っていたのだろう。先輩が消えて、落ちたブレザーも消滅した時に現れたのだろう。
その手紙の後ろには先輩らしくない、丸っこい文字でお母さんへ、と書かれていた‥‥。
俺はその手紙を大事にショルダーバッグにしまい込み、学校を目指す。
先輩が残した想いを届けるために―――
そして、仲間と最後の大仕事をするために‥‥。
―――先輩は俺にたくさんのものを残してくれたのだ‥‥。痛み、喜び、悲しみ、想い出、喪失感、生き方‥‥。
失ったもの以上の、形のないたくさんの何かを‥‥。
―――俺は立ち止まりそうになったら背中の痛みを、眩みそうになったら先輩の手紙を、叫びそうになったら先輩の笑顔を思い出した―――。
そうしていないと、頭がどうにかなってしまいそうだったからだ‥‥。
「‥‥雅さん。見ててくださいよ―――。きっと、上手くいきますから。いつも、みたいに後ろで見ていてください‥‥。俺は、大丈夫ですから‥‥」
俺はいつもの調子で、後ろに話しかけた。
(ちゃんと見ていてください‥‥。そして、上手くいったら―――俺を褒めてください)
すれ違い際に、サラリーマンが怪訝な顔を向けてきた。俺は、最早そんなもの、気にもしなかった―――。
✱✱✱
やがて、校門前に辿り着くと、葵達は既に揃っていた。
ホームルームが思ったより早く終わったみたいだ。
「よ、不良青年。私服で登校か?」
檜がいたずらっぽく軽口を叩く。
普段通りに、おどけて返した。
「そういえば、楽の私服って初めて見ましたわ。新鮮ですわね」
「確かに、私も最近は見てないかもぅ。でもよくサボった日に、学校の校門の前で待ち合わせるよね。いい神経してるよぅ」
「褒め言葉として受け取っておくよ。それより、ほら行こう」
「そうだな。‥‥段取りは歩きながら確認しようぜ」
「賛成ですわ」
俺達は無事合流を果たして、先輩の家へと歩を進めた。
✱✱✱
道中、葵に先輩の話を振られたが今は疲れて俺の後ろで休んでると説明した。
俺は先輩がもう居ないという事を悟られないように、必死にいつも通りの自分でいる事に注意した。
それは、こんな道端で話すような話題ではないからだ―――。
葵は納得したようで、「そうだね、今は出来るだけ休んどいた方がいいよ雅ちゃん!ついたら起こしてあげるからねぇ」
と、無邪気に俺の背中に語りかけている。
喉の奥がじん、と痛んだ。
檜や遥先輩も、「緊張してないっすか?」「心配いらないですわよ」と、声をかける。
「ありがとうって、言ってます。―――らっくんの背中で休むから着いたら起してくれ―――だって」俺は言った。
それから、歩きながら皆に段取りの説明をした。
―――段取りと言っても、簡単なものだ。檜の言った通り小細工無しで、いく。
まず、前回の事を謝ってから‥大事な話があると伝える。―――今回は遥先輩がいるから、多分追い返されたりはしないだろう。
「その後は‥‥アドリブだ。―――安心してくれ、一応、秘策はある」
「任せたぜ!」
「がってんだよぅ」
「頼りにしてますわよ」
俺の一声になんの疑問も挟まず乗ってくれる。
今俺達は、間違い無く一つになっていた。これも、先輩の力ですよ。―――ここへ来て、改めて先輩が俺に残してくれたものを実感する。
ここまで来たら、後は後悔しないようにやりきるだけだ。
空には重く垂れ込む雲が、相変わらずのっぺりと漂っている。
もしかしたら、雨が降るかもしれない。
だけど俺は傘を持ってこなかった。濡れたっていいと思っていたからだ‥‥。
✱✱✱
「―――また、あなた達なの?‥‥今度は何のようかしら」
紫吹さんは、以前にもまして疲れた顔の眉間をしかめて、言った。
「その、前回はすいませんでした!!‥‥俺、つい無神経な事言ってしまって‥‥」
「すいません〜」「すいませんっす」
俺に続いて葵と檜も、頭を下げる。
すると、紫吹さんは困ったように、遥先輩の姿を見て驚いた。
「―――あ、あなたッ‥‥遥ちゃん?」
「お久しぶりですわ、紫吹さん。突然お仕掛けてしまってすいません」
「いえ、でもなんで遥ちゃんまで‥‥」
「実は、今日大事な話がありまして参りましたの‥‥どうか、上がらせて貰えませんか‥‥彼らも」
紫吹さんは、一瞬迷う仕草をしたが遥先輩がいたからだろう。「入りなさい」と、短く言って―――俺達を、中に通してくれた―――。
以前と同じように、先輩の仏壇に線香を上げさせて貰い、同じように、紫吹さんの育てたハーブティーを頂いた。
遥先輩は誰よりも長く、仏壇に手を合わせて、そして誰よりも優雅に、紅茶を頂いた。
「それで‥‥大事な話と言うのは何なの?」
紫吹さんは、諦めたような口調で聞いた。
俺は重い口を開いて、心の向くままに、飾らず話した。
「―――いきなり、こんな事びっくりすると思いますが‥‥‥聞いてください。―――俺は、先輩が亡くなった日から今まで‥‥ずっと、一緒にいたんです。
‥‥幽霊になった、雅先輩と、一緒に」
―――真っ直ぐに紫吹さんの目を見据えながら言った。
紫吹さんは真意を計りかねる内容に、苛立たし気に反芻した。
「雅と、ずっと一緒だった?意味が分からないのだけれど‥‥」
「そのままの意味です。それが、どういう状態なのか‥‥正確には分からないんですけど、幽霊のような姿で俺にはずっと見えていたんです‥‥。そして、それはここにいる全員が実際確認してるんです」
―――辺りから、水を打ったように、音という音が消失する。
それは、理解に要した時間だったのか、怒りの臨界を越えた静寂だったのかは分からない。
けれど、構わず、続ける。
「俺は、先輩に言われました。―――享楽に生きろって。それがどういう意味なのか、最初は分かりませんでした。―――でも、幽霊になった先輩と過ごしているうちに、分かって来たんです‼
それは‥‥心のままに生きるという、事です」
「‥‥心の、まま?」
「はい。―――先輩が望んだ生き方です。幽霊になった先輩は、本当に自由で、生き生きしていて‥‥手が付けられませんでした。拗ねると消しゴムちぎって投げつけるし、遥先輩に嫉妬して口聞いてくれなかったり、ふざけてばっかだったり‥‥‥。―――でも、そのおかげなのかいつも俺とばかり話していた先輩が葵と、檜‥‥そして遥先輩と一緒にお弁当食べるようになったんです。こないだなんか、みんなでケーキ食べてたんですけど、だいぶ怖いことがあって、先輩泣きながら大好きなモンブラン頬張ってて‥‥」
「あなた‥‥‥涙‥」
指摘されるまで、気付かなかった。
どうやら、まだ枯れてはいなかったようだった。
「紫吹さん、幽霊なんてふざけてるなんて思わないでください。楽が言った事、俺も最初は信じられませんっした。でも、高城先輩は確かに、俺の、俺達の目の前にいたんです」
「そうです‼‥‥私、実家が神社なんですぅ。少しはそういう力があります。けど、私には見えませんでした‥‥‥楽にだけ見えるんです。―――でも、雅ちゃんはいるんです、ここに!だって、私と雅ちゃんは友達になったんだから!!」
紫吹さんは、立ち上がって、後ずさった。
壁に寄りかかると、信じられない物を見た目で狼狽した。
「‥‥ありえません―――。幽霊云々だけではありません‥‥私の前でそのような事をおっしゃる心もです‼遥ちゃんまでいて、なんでこんな事が出来るの?遥ちゃんは、雅と‥‥お友達じゃなかったの‥」
激しい同様が、襲っているだろう―――しかし、俺達の言葉はすべて本当の言葉だ。嘘がないと言うことは、瞳に現れる、言葉に現れる。
特に、遥先輩と紫吹さんはよく知った間柄。
―――本音というのは、そういう人同士の方が伝わるのだ。
「紫吹さん、わたくしは雅と‥‥友達ではありませんでしたわ―――」
「ッ⁉‥‥‥‥」
「わたくし、友達になりたかったんですの。―――でも、雅はどこか遠慮しているみたいで‥‥家に遊びに来ても壁を感じていましたわ。だから、あの子のムキになる顔が見たくて色んな事を競いましたの。でも、だめ。あの子の仮面ははずれませんでしたわ。わたくし、悔しくて、まるで空気を相手にするように雅の言葉は、もしかしたら心までもが空虚で‥‥
―――でも、ここにいる楽が簡単に剥がしてしまいましたのよ―――」
悔しくて、羨ましくて‥‥。やっぱり嬉しかった。
―――雅が最期にこの男に、会いに行ったのも頷ける。
「生きている頃には、見れませんでしたけど、彼女の素顔は‥‥本当に可愛いいんですのよ。天真爛漫で、少しいじめてみたくなる、思いやりもある女の子。‥‥雅とは、幽霊になってから本当の友達になれた気がしますわ。こんな可愛い娘と、ずっと友達だった楽が羨ましくてなりませんの」
「じゃあ‥‥」
紫吹さんの声が静かに染み渡る。
ストレスが、想い出が、悔しさが一気に吹き出した―――。
「じゃあどうして私じゃないのよッ‼」
金切り声で―――。
「雅がいなくなって、私も夫も限界なのよ!!私は、ずっと泣いてた。夫も全然喋らなくなって―――なのに雅は、私達の前じゃなくて、この男の前に現れた?」
笑わせるなと―――
「ふざけんじゃないわよッ‼‥‥例え、あなた達の言ってる事が正しかったとしても、それがどんな救いになるって言うの?」
―――。
そうだ。‥‥これがドラマなら、先輩がいいところで現れて、大団円。そんなこともあるだろう。
だけど、雅さんはこの世にいない。俺の後ろにも―――。
救いなんてないかもしれない、あるいは更に深く傷付けてしまうかもしれない。
それでも、俺は雅さんが最期に託した想いを遂げてみせる。
愛した人の為に―――。
「雅さんを、信じてあげてください」
「‥‥なんですって?」
「どうして先輩が俺を選んだのか、俺にしか見えないのか分かりません。でも、先輩が選んだ事、先輩の仲間、そして紫吹さんの娘さんを、どうか信じてあげてください」
ショルダーバッグから、手紙を取り出す。
テーブルの上に、表にして差し出した。
「これは‥‥」
「読んでください―――雅さんが宛てた、紫吹さんの為だけに書いた‥‥手紙を」
「‥‥いたずらにしては手が込んでるわね。―――お母さんへ、ね‥‥」
紫吹さんは手紙の表裏を確認するだけで、中を読もうとはしなかった。
俺は、出来れば取りたくなかった最後の手段を実行する事にした。
「―――紫吹さん、誤解しないようにというのは無理かもしれないですけど‥‥落ち着いて聞いてください」
俺は一度、大きく息を吸ってから、吐き出した。
そして、秘密を打ち明けるように、そっと―――。
「‥‥太ももの付け根に三つのほくろ‥‥‥あだ名くろこちゃん‥‥」
「―――ん?」
疑問符が全員に浮かぶ。
しかし、だんだんと。紫吹さんの顔が怒りとは違う意味で赤くなる。
やはり親である。子供の頃からあるという事は、勿論知っていたか。
―――雅さんは誰にも紹介していないと言っていたけど、お母さんには言ってたらしい‥‥。
「あ、あ、あああ、貴方ッ!!うちの雅に何したのぉ!!」
語尾が不自然に上がった。
怒るときポンコツっぽくなるところは、雅さんと似てるなと、関係ないが思った。
「い、いやこれは流れと、いいますかなんといいますか‥‥。けっして無理矢理とかでは」
「ッ⁉‥‥‥‥って言うことは貴方達―――したの?」
冷や汗が一条流れ落ちる。
ここまで言ったら、嘘をついてもしょうがない。
「―――はい‥‥致しました、です‥はい」
紫吹さん以外はポカンと、口をあけていた。
殴られる、と。覚悟を決めてじっと身構えていたが、なんとも微妙な表情で俺を睨んでいた。
―――仮にも、あの子が気を許した子なのよね。だって、あのほくろの話は雅が小学生の時にしたっきりだし‥‥こんな事を、他人に話すわけ無いわよね‥‥。
そう―――目の前の男は知っていた。しかも数まで。
「その手紙の中身は、正直俺達にも分からないんです‥‥。だから、紫吹さんを傷つけるかも、助けになるのかも、はっきりと言えません。―――けれど、俺は雅さんを信じてますから。紫吹さんも、信じてあげてくれませんか」
「‥‥‥分かりました。―――読むだけ、読みましょう‥‥その後で、君には聞きたいことがありますから、覚悟しなさい」
「‥‥‥はい、甘んじて受け入れますよ‥‥」
紫吹さんは、丁寧に封を開け。
中からピンク色の手紙を取り出し、読み始めた―――。
――――――――――――。
しばらく、誰も、何も喋らない。
紙の擦れる音と、紫吹さんの表情に注目が集まる。
やがて―――。
一筋、涙が流れた。
それは音もなく、フローリングに叩きつけられ、弾け飛ぶ。
紫吹さんの、涙だった―――。
それは、おそらく特別な文章なんかじゃなかっただろう。
泣いて欲しいとか、笑って欲しいとかじゃない‥‥とてもつまらない、当たり前な事が書いてあるはずだ。
―――だけど、それはこの世のたった一人に宛てられた、特別な手紙なのだ。
痛くても、辛くても、それでも届けたかった当たり前の気持ちだ。
けっして、誰にも読まれず、忘れられて良いものではないのだ。
俺は、紫吹さんを見て、間違ってなかったと思った。
ここまで必死に行動したのは生まれて初めてで。だからこそ、変われた気がした。
手紙を大事そうに抱きしめる姿を見て、そう、確信したのだ。
「―――雅、ごめんね。‥‥ずっと、ずっと、我慢‥‥‥して、たんだね‥‥」
―――これ以上は、不粋だろう。
皆に視線で合図して、そろそろ立ち去ろうと、腰を上げる。
―――これでようやく‥‥先輩の願いが叶いましたね。
すべて、終わりましたよ。
―――しかし、俺は、忘れていた。
先輩は享楽な幽霊で、基本的には、余計な事しかしないのだ。
「ッ雅‥‥‥‥え?‥‥‥‥ちょっと、雅⁉これ、って‥‥‥‥ふ、ふはッ!!」
突然、目を抑えながら笑いだした。
―――ん?どうしたんだ、一体何が。
「えーと、紫吹さん?なんかまずい事でも、書いてありました、か?」
どうせ禄なことではないだろうが、確認せずにはいられなかった。
「いえ、ッふふふ。なんでも、ないのよッ」
絶対変な事書いてあったんだ。
笑いすぎて、お腹痛そうにしてるもの。
「紫吹さん、大丈夫ですの?」
堪らず、心配の声が上がる。
「ええ、大丈夫よ遥ちゃん。それよりも、さっきはごめんね。おばさん酷いこと言ってしまったわね、楽君も」
「わたくしは全然、気にしておりませんわ。それに楽だって‥‥」
「勿論、それよりもその手紙‥‥やっぱり、不味かったですか?あの人また、とんでもない事書いてたんですよね?」
半ば確定事項の確認をする。
「そうね、ちょっとお願い事をされちゃったわ。でも、今すぐには無理な事よ。後、楽君次第でもあるわね」
「俺に出来ることなら何だってやりますよ」
そう言うと、「約束よ」といたずらっぽくいって、また笑った―――。
窓から射し込んだ夕日が、その顔を優しく照らした。
そこにはもう、疲れも、悲しみも映し出されてはいなかった。
ただ、未来を向く顔―――どちらかと言うと、いたずらを思いついた先輩みたいな表情だった―――。
紫吹さん以外は何も事態が分からないまま、俺達は高城家を後にした。
けれど、確信だけはあった。
―――また、来なさい。今度はちゃんと歓迎するから。後、早かったら来年には楽君にお願いしたいことがあるの。
紫吹さんは別れ際に言ってくれた言葉。
また、と言ってくれた。
最後の単語は気になるが、概ね俺達の目的は達成されたといっていいだろう。
道中、盛り上がりに盛り上がった。
予め、葵の家で祝勝会が準備されているらしく、先輩の大好きなモンブランもあるという。
葵のお母さんの料理と、檜の家の特製ケーキ。更に遥先輩から高級ジュースの差し入れもあるそうだ。
―――とても、楽しみだし、嬉しかった。
雅さんのために、皆がここまでしてくれて、こんなに喜んでいる。
それが、とても‥‥‥。
やがて、豪華な料理と、ジュースが並べられ、祝勝会が、始まる。
―――しかし、先輩の分のジュースは、いつまで経っても、減らなかった。
そして、葵の最早先輩専用となったタブレットには、なにも、映し出さない。
皆は、俺と目を合わさなかった。
知りたくない、聞きたくない、認めたくなかったのだ。
祝勝会とは、程遠い、重苦しい空気の中、俺は‥‥‥。
―――俺は、先輩が消えてしまった事を、仲間に打ち明けた―――。




