第17話 本当の悲しみについて
ネテミです(・_・;)
今日で完結する予定でしたが、一身上の都合により12日に完成を目指します!
お待たせしました、楽しんでいってください!
俺は渋々教室から出て行く二人を見送ると部室へと向かった。去り際に放課後葵の部屋で作戦会議を開くからと、また葵の家に現地集合する旨を伝えられた。
―――先輩は念を押して、もう変なものは作らないように、釘を刺した。よほど嫌だったのだろう‥。
しかし、葵はニマニマと悪い顔をしながら立ち去って行ったので嫌な予感しかしないのだった。
先輩はお母さんが居なかったら帰ろう、と借りてきた猫のように警戒していた。俺も勿論そのつもりだった。
俺は部室の前に着くと一応ノックをしてみた。ないとは思うが先輩の時みたいにゴロゴロと、裏辻先輩が転がっていた場合とても気不味いからだ。
「楠木さんかしら、入ってもらって構いませんわよ」
「失礼します」と、俺は注意深く入室した。
「急にお呼び立てして申し訳ないですわね」
「いえいえ、どうせ他にやる事もありませんから」
「警備の方が困りますので出来るだけ早く部室の鍵を渡して頂きたかったのでお呼びしましたの」先輩は少し申し訳なさそうに言った。
俺はズボンのポケットから先輩のお母さんから預かった鍵を、裏辻先輩に渡した。
「そういえば、素朴な疑問なんですけど‥ここの鍵が無かったのに何で俺達ここに入れるんですかね」俺は今更な質問をした。
「簡単ですわよ。雅が部室の鍵を掛け忘れたからですわ。ですから、ずっと困ってましたのよ」
「あぁ、想像できます。肝心なところが抜けてるんですよね‥‥うちの部長が本当すいません」
「一言多いぞぅ!らっくん」幽霊がいっちょ前に抗議の声をあげた。
「貴方が謝る事ではないですわよ。雅だってそういう所があるでしょう。それにそれを言ったら、私だって部員の一人ですのよ?」裏辻先輩はいたずらっぽく言った。
「そういえばそうでしたね。ってことは同じ被害者の会って事で多めに見て頂いて」
「そういう事ですわね‥ふふふ」
裏辻先輩は何がツボだったのか。見たことない顔で笑いだした。まるで友達に向けるような、無意識に零れ出る親愛の笑顔だった。
俺はずるい、と思った。こんな美人にそんな顔をされたら、それだけでこっちまでつられて笑ってしまうではないかと。
「あら、そんなに笑ってはいけませんわよ?雅だったらなにされるか分かりませんわ」
「ははは、やめてくださいよこれ以上笑わせるの!その時は連帯責任ですから裏辻先輩も覚悟しておいてください」
「遥」
「え?」
「裏辻先輩だとなんだか長いし言いづらいでしょう?だから遥でいいですわよ。ですからわたくしも貴方の事を楽と呼ばせてもらえるかしら‥‥だめですの?」
「‥え、と。先輩が良ければ俺は大丈夫です‥‥。は、遙先輩」俺はかなり緊張していった。女の子を下の名前で呼ぶなど葵くらいしかしないからである。
「良かったですわ楽。そしてもう一つ大事な用があったんですのよ」と、遥先輩は少し言いにくそうに言った。
俺は美人に呼び捨てにされる何とも言えない高揚感を感じていた。あれ、俺Mだったけ?‥でも、もうMでいいかなと思えるほど感動している自分がいた―――。
それを見た後ろの先輩が俺の前に回り込んで精一杯、大人っぽい演技をしながら「楽、私の事も雅って呼んでもいいのよ?」とか言ってくるが、鼻で笑ってあしらった。すいませんが、今は良いところなのである。
先輩はあまりのショックに大声で泣いていた。ずっと「あーーー!!」と子供みたいに泣きながら、消しゴムを千切っては投げ、千切っては投げしてくる。まるで子供である。
「遥先輩そのもう一つの用と言うのは?」俺は幽霊を放置して話を先に進めた。
「貴方の事ですのよ。‥‥いくら部員だからとはいえ、今は微妙な時期ですわ。雅の家で何もなかったですの、何かあったのではなくて?」遥先輩はなかば確信しているように言った。
「え⁉なんで」
「そんな事は顔を見ればだいたいわかりますわよ。そうでなくとも貴方は分かりやすいのですから。‥‥わたくしのお願いで貴方に辛い思いをさせたのなら‥‥、謝らせてください」
「それは‥‥」
遥先輩は本当に悪い事をしたと思っているみたいだった。確かに幾分学生の領分を越えた頼み事だったかもしれない。けれど、俺は快く引き受けたのだし最後のあれは、結局俺のせいだし遥先輩に頭を下げさせるのは違うように思った。
だから、遥先輩には俺が悪かっただけだから大丈夫ですと、何も心配いりませんと言った。
「楽‥‥この世で一番悲しいことって何だと思う?」遥先輩は俺の目を見ながら確かめるように言った。
「え‥‥。大切な人を亡くした時ですか」
「確かにそうです。‥‥でもね、‥‥人間の感情は急激な変化には対応出来ないのよ―――例えば、切り傷とかもその瞬間は意外と痛くないでしょう?それは後からだんだんと―――お風呂に入った時とかに痛みを感じるものなのよ―――つまりね、人間が一番悲しみを感じるのは、大切な人を亡くした直後ではないのよ。‥‥もっとずっと後―――例えば夫婦だったら食事の時、あるいは休日の昼下がり‥‥。今までしてた会話、今までしてた遊びやショッピング、そこに否応なくその子の影が現れる。だけど、何処を探しても見つからないの。その子が自分にとってどんなに必要だったか、大好きだったかを再確認し続ける―――そんな生活をずっと続けていかなきゃいけないのよ。それは、控えめにいっても地獄だと思うわ。
特に夫婦というのはそれが顕著だと思う。お互いがきっと相手の事を思って無理したり、逆に不満が吹き出したりする。多分今はそんな微妙な時期なのよ‥‥。」遥先輩は痛ましいまでに、詳らかに話した。
「だから、そこで貴方がどんな事をしてどんな事になったかは分からないけれど、気にし過ぎてはだめよ。今はとにかく微妙な時期なのだから。
それはしょうがないことなのよ」
得意のお嬢様口調も最早使っていなかった。それだけ遥先輩自身に近い言葉なのだろう。俺はおそらく慰められている。だけどそれは遥先輩自身の心の吐露のようで。
「どうすればいいと思いますか」俺は言った。おそらく遥先輩は先輩のご家族の事と思っただろう。けれど遥先輩に対しての問でもあった。
「分からないわ‥‥‥けれど、そうね‥‥。
‥‥もう一度。―――もう一度、会いたいと、やっぱり思ってしまうわね‥‥。
そんなのは誰にも叶えられない事だと、分かっているんだけどね。それでも思ってしまうのよ」
俺にはそれが出来ます。そう言ってしまいたかった。目の前で苦しんでいる人が渇望しても届かない願いを、俺は簡単に叶えることが出来る。ちょっと幽霊と俺の言葉を信じてもらう―――たったそれだけで遥先輩の願いは叶うのだ。
―――しかし、それは途方もない道筋のようだった。
「先輩がもし、例えばですけど幽霊みたいにまた現れたら‥‥そんな事があったとしたら遥先輩はどうしますか」
「‥‥そうね‥。出来なかった事を片っ端からしていくわね。例えば二人でショッピングしたり、映画みたり、恋バナなんかしたりしてね。最後は枕投げとかかしら。わたくしやった事なくて」
「枕投げは先輩が有利すぎますよ、当たらないんですから」
遥先輩は「それもそうね」と、笑った。後ろの幽霊は珍しく俺の側を離れて、先程から遥先輩の後ろにひっついてる。
先輩も嬉しそうだった。
「遥‥‥‥ありがとうな」そう言うと、先輩は遥先輩の後ろから優しく抱きしめた。
「ん?何か重たくなった気がするわね」
大丈夫ですかと俺が聞くと。
「うん、なんだか悪い気分じゃないですわ。ごほんッ、わたくしそろそろいきますわね。同じ部活のよしみですわ、またお話しましょう。楽、それでは御機嫌よう!」遥先輩はそう言うと、手を振って別れを告げた。
残された俺は、抱きしめた形のまま浮かんでいる先輩をいつまでも待ち続けた。やがて、「ありがとう、らっくんもう大丈夫だ」そう言って再び俺の後ろに回って、ぷかぷかと浮かんでいる。
俺は自分の教室に戻ろうと歩き出す。部室のドアにさしかかった時である。先輩のロッカーのダイヤル式の鍵が外れている事に気付いた。学校が業者を呼んで取り外したのだろうか―――。
「らっくん、急に止まるな!ぶつかってしまったではないか!」
「いや、幽霊なんだからぶつからないでしょうが」
「そうだけど、びっくりするんだ!!
ふわッ⁉てなるのだ!止まる時は止まると言ってくれ」
「AIロボットかッ⁉そんな人間いませんよ!」
「それくらいしてくれてもいいではないか!
どうせ遥が同じような事をお願いしたら簡単に聞いちゃうんだろぉ!」先輩は、やれおっぱいが大きいからだの、鼻の下が伸びていただの文句が止まらなかった。面倒くさかったので、俺は先輩の言うとおりにする事にした。
「分かりましたよ。止まる時に言えばいいんですよね?」俺は先輩に確認した。
「そうだ、是非そうしてくれ!
まったくらっくんは素直じゃないんだから、口では言いつつ本当は高城先輩派だもんなぁ」先輩は吹けない口笛を吹くほど、上機嫌になった。そして―――
「止まりますよ」と俺は止まった。
「ふわッ⁉らっくん!!急に止まるなー!!」先輩は目を☓☓の形ににして文句を言ってきた。
「だって、止まるって言ったじゃないですか?駄目ですよ気を抜いたら、しっかりしてくださいよ?」
「〜〜〜〜ッ!!」先輩は声にならない音を伴いながら、俺に殴りかかってきた。俺は生暖かい空気が顔を撫でる程にしか影響がないため、涼しい顔で教室へゆっくり向かうのだった。
ネテミです!
お疲れ様です!
明日また投稿しますので、よろしくです!