第14話 シリアス
ネテミです(^^♪
9日くらいには完結させる事を目標に書き進めております!
今しばらくおつきあいくださいませ!
ようやく俺達は先輩の家の玄関の前に来た。先輩の家はThe豪邸というわけではなかったが、庭付きの立派なものだった。庭には綺麗な犬小屋が置いてあり、花壇には色とりどりのハーブが育てられていた。
隣の大きな駐車場には車がなかった。お父さんはまだ仕事なのだろう。俺達は流石に緊張したがいつまでもこのままでいるわけにもいかず、心なしか高級感を漂わせるインターフォンを震える指で2回押し込んだ。
鳴らないでくれ!という、矛盾した願いも虚しく、一際大きなピンポーンという音が鳴り響いた。
しばらくして、足音が聞こえてきた。どうやら住人は二階に上がっていたようで、階段を降りる音のようだった。
―――やがて影が近くなりドアがゆっくりと開かれた。
「はい、どちら様でしょうか?」
そこには、先輩に似た女性が立っていた。
先輩と同じ切れ長の瞳で、漆黒の黒髪を肩まで伸ばしていて、趣味のいいネイビーのVネックセーターと白のシルエットパンツを履いていた。まるで、先輩の15年後を見ているようだった。
しかし、勿論細かい所で先輩と違うところがあった。例えば目が少し小さく鋭い所だ。そのため、少しキツい印象を与えていたし、ただでさえ見知らぬ学生が訪ねて来たこともあり、その瞳は警戒しているように更に細められた。
すなわち、とてもおっかないのである。
俺達はつい口ごもっていると、先輩のお母さんが助け舟を出してくれた。
「‥‥あなた達‥‥雅の学校の?」
お母さんは俺達の制服に気が付くと、質問した。
「あッはい、そうです!俺は高城さんの部活の後輩で、後ろの二人も先輩の友達です」
俺は軽く紹介するとお母さんは、ひどく驚いたようだった。
「あの娘が部活を‥‥。そんな話は聞いたことがありませんね‥‥それはどんな内容なのですか?」
「演劇部です。先輩が作ったもので部員も俺と先輩と後一人しかいませんけど」
「あの娘が‥‥作った?―――初耳です」
お母さんは疲れたように目頭を抑えながら呟いた。
「‥それで、あなた達は何をしにここまで?」
俺は会話を挟んだことで少し落ち着いて切り出した。葵達にも事前に打ち合わせていた通りに、俺はここへ来た理由を打ち明けた。
「実は学校で使っていた部室の鍵を先輩が持ったままだったみたいで‥‥学校から頼まれまして、取りに来ました。―――それから、もし大丈夫だったら先輩に線香をあげさせて貰えないでしょうか」
「「お願いします」」
葵と檜も一緒にお願いしてくれた。
お母さんは最初は、怪訝な顔をしたけれど俺達が真剣なことが分かると、気持ち良く迎えてくれた。
「そういうことね。いいですよ、あがってください‥‥少し散らかってますけど、気にしないでね」
「ありがとうございます」と言って、俺達は玄関をくぐった。
ここまでは俺達の予想通りの展開だった。流石にいきなり先輩は結構めちゃくちゃでポンコツな先輩でした、なんて話をしたところで閉め出されるのが落ちである。そこで、まずは遙先輩からの言付けを理由に話し始め、先輩に線香をあげたいと伝え、家に上がらせて貰うことにした。
そこから、会話を重ねて話せるタイミングを見計らい、上手く伝えようという作戦である。
お母さんは俺達を居間に通してくれた。テレビを挟んでタンスの横に仏壇があり、先輩の高校の入学式だろうか―――こちらを向いて上品に笑っている先輩の写真が立てかけられていた。
お母さんはお茶を出すからと、俺達をL字型のソファーに座らせると台所へ消えていった。
さっきの写真や、こうして先輩の家まで来てみると本当に先輩が死んでしまったという事実を、嫌でも突きつけられた。今も振り向けばそこにいるのに、さっきまでバカみたいな話をして怒ったり笑ったりしてたのに‥‥。それがまるで夢みたいに思えた。
俺はもしかしたら、夢や幻覚を見ていて、葵や檜を巻き込んでいるだけなのではないか―――そんな不安に襲われた‥‥。
しかし、振り向けばやっぱりそこには先輩が、俺の後ろの定位置でぷかぷかと浮かんでいる‥。俺はそんな姿を、確認すると少し安心するのだった。
「どうしたのだ、らっくん?」
「いえ、何でもないですよ。綺麗なお母さんですね」
俺は思ったことをそのままいった。―――しかし。
「え⁉‥らっくんもしかして、檜君と同じく?」
「違いますよ⁉檜と一緒にしないで下さいよ」
「楽なんの話をしているか知らんが、悪口を言われてる事だけは分かるぞ?」
「私から見たらどっちも似たようなものだよぅ?」
すると、葵のタブレットにも「ウンウン」というメッセージが綴られた。
俺達がしばらく小声で話しているとティーポットと人数分のカップを手にお母さんが戻ってきた。
既に抽出が終わっているようで、手慣れた動作でそれぞれのカップに紅茶を注いでいく。話を聞くと、どうやら庭で取れたハーブを使った自家製ハーブティーとのことだった。お母さんの趣味で栽培しており、時々先輩も水をやって育てていたものらしかった。
俺は正直にいうと驚いた。失礼だが見た目とは裏腹に平和的で牧歌的な趣味だったからだ。もっと例えば、「趣味はうさぎの解体ですよ?」とか「休日は鹿を撃ちます」とか言われても納得しそうである。―――そんなことを考えていると。
「あなた‥なんだか失礼なこと考えてないかしら?」
お母さんに疑いの眼差しで見られたので、慌てて否定し雑念を払った。葵は小さく「バカぁ」と呟いた。
「似合わないかもしれないけれど、私の数少ない趣味です。無農薬ですので体に良いことは確かですので、後はお口に合えば良いのだけれど」
どうぞと、それぞれの手元にカップが配られた。そして我々は、配られた紅茶を遠慮なく頂いた。
「あ!美味しぃ!!」と葵は言った。
決してお世辞ではなかった。俺もあまりにも旨すぎてびっくりした。今まで飲んだ事のある紅茶の中で、間違いなく一番美味しかったからだ。
「まじでうまいっす。俺こういうの初めて飲んだけど、いけるっすね」
「ああ、凄い美味しいです。毎日飲みたいくらいですよ」
「そう、良かった。家族以外に振る舞う機会なんて滅多にないから、少し安心しました。遠慮なくおかわりしてくださいね」
俺達はありがたく紅茶を頂きながら、当たり障りのない話をした。
学校での先輩の事とか、部活のこと、俺達の事だ。
しかし、先輩が何故演劇部を作ったのかという話は触れなかった。それはお母さんが、その部分の話をあえて避けているようだったからだ。
しばらく話してちょうどお茶を飲み終えた頃、俺達は仏壇の前に案内され線香をあげさせて貰った。邪魔になるからといって、その間にお母さんは二階の先輩の部屋に、件の鍵を探しに行ったのだった。
―――そうして俺達は先輩の仏壇に初めて線香をあげるのだった。葵や檜は先輩が亡くなってから友達になっているからしょうがないが、実は俺も初めての経験だった。
式は本来、生前親しかった人も参加出来る訳だが、先輩は家族の意向で密葬で葬儀が行われる事になったのだ。故に、俺を含めて生徒は誰も先輩の葬儀に参加していないのである。
俺も何しろずっと先輩が後ろに居るものだから、気にしなかったが―――やっぱりこういう事はちゃんとしておきたかった。
俺達はそれぞれ煙の上がる線香を香炉に挿し、俺が代表でお鈴を鈴棒で軽く叩いた。
ヂィーー――ン‥‥。
凛と高い音が、それでいて腹のそこに響くような不思議な音色が響き渡る。
俺達は静かに手を合わせ黙祷した。
線香の香りとお鈴の余韻だけが辺りを包んでいた。まるで防音室にいるように、外界の音は聞こえなかった―――
やがて、誰ともなく立ち上がり俺達はソファーに戻る。そして静かにお母さんが戻るのを待った。
悲しいわけではなかった。それは多分確認するまでもなく、俺達の共通認識だろう。しかし‥何処か、一人足りないような寂しさだけがこの先―――ずっと続いて行くような‥‥。そんな喪失感がゆっくりと心の中で渦巻いているのを感じた。
―――そうだ。やがて先輩は消えていってしまうのだ―――。
いつかは誰にも分からない。しかし、そう遠くない未来にそれはやってくる。そんな予感に俺達はすっかり押し黙ってしまった。
それを見かねたのか、浮遊霊は先程皆が飲んでいたカップが並ぶ台に器用に寝転びながら葵のタブレットに文字を綴った。
『私はまだここにいるのだぞ?しっかりしろ!』
簡潔な言葉だった。とても、先輩らしい‥‥。そして―――
『これが終わったら私は成仏するかもしれないけど、もしかしたら転生しちゃうかもしれないぞ?もしそうなったら、お前達の娘になるかもしれない‥‥先輩ベイビーだ!』
俺達はおそらく元気付けようとしてくれている先輩の話を想像してみたが、何とも微妙な気分になった。
『まったく君達は私がいないとだめなのだから‥‥らっくんは無理っぽいけど、葵か檜の子供にはなれそうだなぁ‥‥先輩は一人だからどちらか先着一名様だ。じゃんけんでもして決めてくれ!恨みっこなしだぞ!』浮遊霊は大変ムカつくドヤ顔でニマニマしていやがる。
「ちょっと待ってください!何で俺だけ無理なんですか!!先輩の子供は別にいらんけど俺だって結婚出来るっつうんですよ!」
『らっくん字面にすると凄いこと言ってるぞ!』
先輩は反論したがこちらにも断る権利があるのだ。
「先輩俺も大丈夫です。葵に譲るのでたまに会いに行ったときは宜しくです」
「あッーズルい!!雅ちゃん檜の家はこう見えてケーキ屋さんだから、誕生日が毎年凄い楽しみだよぅ?だから、檜の所に行ってきてね?私たまに会いに行くからぁ」
「お前、なに先輩押し付けてるんだよ!女子同士お前がしっかり面倒を見ろよ!」
「何言ってるの?ただでさえ見せ所のない男の甲斐性ってやつをここで見せときなさいよぉ!」
『ん?おいおい、なんでそんな押しつけ合うみたいにしてるのだ?ちょっと‥‥』
俺だけに見える先輩はあれ?おかしいなと首を傾げつつ狼狽していた。
「よし分かった!ジャンケンで負けた方が先輩を貰うって事でどうだ!」
「いい度胸ね気に入ったわ!そのゲーム受けて立つよぅ!」
『おい、何を罰ゲームみたいに言っているんだ⁉待てよぅ、そんなに嫌なのかよぅ!』
先輩の言葉というか文字は二人には最早届いてはいなかった。
その後白熱したジャンケン大会が行われ、辛くも檜が勝利を収めた。
その時にちょうどお母さんが降りてきて、チョキを高らかに掲げている檜と、パーのまま崩れ落ちている葵を見比べて、お母さんは最近の子はわからないと軽い戦慄を覚えたのだった。
それはそれとして、鍵は無事に見つかったようだった。先輩のカバンの中に入っていたらしい。
丁寧に鍵の持ち手に【部室の鍵】とシールが貼ってあるため、これで間違いないだろう。
「ありがとうございます。いきなりお仕掛けてしまったのに、ここまでして頂いて」
「いいんですよ‥‥。あの娘の後輩君だもの。これくらいはさせてちょうだい。後は大丈夫かしら?」
「あ〜ッと、はい大丈夫です」
俺は早くも用事が終わってしまいそうな事に、焦った。もう少し話してみたかったからだ。
そのため歯切れ悪くしていると、お母さんの方から口を開いた。
「あのね、ありがとうね」
「え?」
「雅に会いに来てくれて‥‥。自慢するわけじゃないのだけれど、家の家系は由緒あるものでね、しがらみも多いのよ。だから、葬儀も家族だけでやっちゃったから‥‥あなた達には少し気の毒だったのかもしれないなって」
「いえ、そんな‥」俺は言った。
「でも、こうやってここまで来てくれたのが、やっぱり嬉しいのよ。だからありがとうね」
そう言ってお母さんは、そっと笑った。
やはり疲れたような顔のままだったが、それでもその言葉は本当みたいだった。
俺達はどういたしましてなんて、勿論言えるはずもなく、同じようにそっと笑って返すのだった。
俺は少しいたたまれなくなり、何か言おうとしてとっさに「お悔やみ申しあげます」なんて、言ってしまったがお母さんは笑いながら「バカね、子供が気を使ってるんじゃないわよ」と、諌められてしまった。
俺は顔が熱くなったけど、笑った顔は先輩と本当に似ていると改めて感じた。
お互いに会話が途絶えてきて、そろそろ帰る時間がやって来たみたいだった。
これ以上お邪魔したらお父さんが帰って来るだろうし、食事の支度だとか忙しくなるだろう。
しかし、最後に一つだけ勇気を振り絞ろうと思った。俺は沈黙を遮って思い切って聞いた。
「先輩は‥学校では凄い有名な人でした‥‥」
「楽?」
俺は続けた。
「成績は常にトップでしたし、性格も良くて、とても上品な人だったと‥‥」
「‥‥ありがとう‥自慢の娘よ」
「―――そう、思ってました」
「‥え?」
お母さんは聞き間違いかと思ったのか聞き返す。しかし、俺は構わずに続けた。不思議な感覚だった。言葉が止まらない‥‥言うべき事なのかそうでないのかさえ、あやふやだった。―――けれど言わなければならないような気がした。
だから俺は浮かび出るままに、言葉を並び続けた―――
「でも、初めてあった先輩は部室でもぞもぞと、地面を仰け反っていました‥‥。俺は演劇部のポスターを見て興味を引いて部室のドアを開けたんです。そしたら、いきなりですよ―――。
俺は先輩の評判は嘘だったんだと思いましたよ。猫を被っていたんだって‥。だって先輩は俺を帰してくれなくて、めちゃくちゃな事を言って入部させたんですよ。本当にめちゃくちゃでしたよ‥。
たけど、そこから不思議と楽しかったんです。出会いが出会いだからでしょうね、お互い変に気を遣ったりしない感じが凄い楽で、そんな距離で話せる事が楽しかったんです。
ある日なんか先輩が新入部員を勧誘する為に、俺に裸で演劇部の腕章を着けさせて校内を走らせようとしたり、自分で調べてきた演劇の台本の際どい部分を、俺に音読させて遊んだり、逆に読ませて恥ずかしがらせたりしてました。
―――そんな目まぐるしい毎日だったから、先輩がいなくなったと知った時はまた冗談かと思いましたよ‥。でも、そうじゃなくて、現実で‥‥やっぱり今でもあの3ヶ月間の部活動が忘れられないんです。それを、仏壇の先輩を見てたらつい思い出してお母さんに先輩の言葉を―――」
「やめてちょうだいッ」
―――お母さんは俺の目をキッと睨んで言った。
「‥私の雅はそんな娘じゃないわよ‥‥。とてもお淑やかに育ってくれた、私の自慢の娘。私は親なのよ、クラスの友達からも先生からだってそんな話は聞いたことありません‥私は18年間あの娘を育てたのよ。君は3ヶ月で、何を知ったような事を言っているの?君は雅に恨みでもあるのかなッ‥‥
ここまで来てくれたことには礼を言うけど、それ以上侮辱するなら―――二度と来ないでくれるかなッ」
「そういうつもりじゃ、なくて‥‥」
「楽!」
「すいません、お騒がせしましたっすッ」
葵と檜は俺を引きずるように先輩の家から俺を連れ出した。辺りには相変わらず夕日が落ちていて、車の音が時折近所から聞こえてきた。
―――ああ、どうやらまたやってしまったらしかった‥。裏辻先輩の時から何も進歩していなかった。また、不用意に人を傷つけた。
焦りすぎた?まだ言うべきではなかった?そもそも土台無理な話だった?
詰まりは、先輩の本当の姿を伝えるなんて、死者の言葉を代弁するなんて、巫女かイタコの仕事だったんだ。
普通のなんの取り柄もない高校生が、出来る事でもやっていい事でもなかったんだ‥‥。俺は先程の発言を激しく後悔した。お母さんの怒りに燃えた瞳を思い出すだけで今や足が竦む。
動けずに俯いていると、今まで黙っていた先輩が俺の目の前に周り込み、何も言わず―――そっと抱きしめた。
まるで、親が子供をあやすようにとても優しく‥。気付くと葵と檜も俺の両肩に手を乗せていた。何も言わず、けれど一緒に居てくれた。俺は間違えたのだろうか‥。俺はその答えが知りたかったが答えられる者など何処にもいなかった。けれど、先輩は俺にだけ聞こえる声で「嬉しかったよ」と耳元で言った。気丈な声だったが俺の頬に、隣から熱い雫が伝っている事に気付くと、少なくとも前に進めたような気がして―――次はきっと、と思うのだった―――
ネテミでした(^^♪
お疲れ様です!