2-2-3.「俺がシーラの婿ぉっ?」
「調子乗ってんじゃねぇぞおらあぁ!」
口が悪くなったアグロが、剣を持ち直そうとする。
シーラがそれを許さない。アグロの頭から雨水程度の水をかけ、足許に風をまつわらせて、体勢を取るのを遅らせる。
魔法使の戦い方ってのは初めて見るが、あまり直接的な攻撃はしないんだな。心の中で少し感心。そして少しもどかしくも感じた。
「いいさ。俺が勝負を決めりゃいい話だろ」
剣とナイフを再び左右の手に分け、デリダを睨みつける。
そして一気に間合いを詰め、剣で、ナイフでデリダを攻め立てた。
キン、ティン……、四度五度と刃が当たる。
デリダの表情に余裕はない。どうやら、魔法を使う暇も見付からないようだ。
機。
俺は思い切り剣を振り翳すや、一瞬体を強張らせたデリダの足許を、足で払って転ばせた。
砂の上、仰向けに倒れるデリダ。
起き上がれないよう腹の上に馬乗りになり、そのままナイフを振り上げてから、俺はそのナイフを思い切り刺した。
デリダの顔のすぐ横。砂の上。
髪の数本が、砂に落ちた。
「とりあえず、これで一本てことで」
控えめに伝えると、デリダは悔しそうな諦めを顔に表してくれた。
まだ。
まだ一人。
ナイフをその場にして立ち上がると、今度はアグロに向き直る。
シーラの魔法、剣先に固められた粘土のような土を必死に振り払い、血に飢えた獣のような厳しい目を光らせて、俺を睨みつけてきた。
「うがあああぁぁっ!」
そして剣を振り翳し、遮二無二斬りかかってくる。
油断はできない。
剣を両手で握り直し、しっかりと敵を見据え。
正面から、アグロの剣をがっちり受け止めた。
アグロという男、膂力は強い。まともに押し合うのは、両手でもやはり得策じゃない。何より現状は優勢。相手に合わせる義理もない。
「シーラっ!」
名を叫ぶ。
昨夜たっぷり時間を使って息を合わせた成果。
倒れたデリダが不意打ちに立ち上がらないよう、一応牽制してくれていたらしいシーラは、俺の声を聞くや待ってましたと両手を広げる。
喚び起こすのは光と音。小さな稲妻のような鋭い閃光を、キシャンッと鋭い裂音と共に俺のすぐ脇に現す。
まるで意志を持ったように、雷が、俺とアグロの隙間を駆け抜けていった。
わかっていても腰は退ける。剣に込める力が一瞬緩んだアグロ。策は的中。あとはそう、こいつの手から、今度こそ剣を弾き飛ばすだけ。
――キェインッ!
こうやって。
歓声が、上がった。観衆たちが立ち上がり、おおぉと手を叩いて喜んでいる。
「勝負あったな」
マウファドが立ち上がった。
シーラがふぅと息を吐く。
アグロがクソぉと悪態をつく。
デリダはようやく起き上がって、憚らず苦笑い。
俺は――、初めての実戦の興奮が冷めやらず、形だけいまだに剣を構えながら、頭の中身は完全に、荒い息に弄ばれていた。
「後継の儀の勝者がここに決まった。異議のある者はいるかっ?」
再び、円の中央に揃った俺達。その前でマウファドが大声を張り上げ、勝負の結果を宣言した。
沈黙に覆われる。
「盗賊」を生業としている人間を相手に、これだけの人数の「盗賊」から一つの異も上がらない完全勝利を得たという、それが俺にはずいぶんな自信になった。依頼された仕事は完遂したので報酬のことも当然考えるべきなんだろうけど、得た自信の方がよっぽど価値がある。そんな風に感じていた。
……いや、もらうけど。三万ランスもらうけど。
「ミルレンダイン総勢の同意が認められた。よって、第六代ミルレンダイン頭領の役目はシーラ・リュスタル=ミルレンディア、そしてその婿ウェル・オレンジに託すこととする」
再び、マウファドが声を上げた。瞬間、観衆からこの夜一番大きな歓声が響く。
そりゃそうだ。後継の儀にシーラが勝ち、次の頭領が決まった。そりゃ団員たちが騒ぐのは当然のこと――、で、あれ? 俺が、なんだって?
「…………って! 俺がシーラの婿ぉっ?」
反芻して、ようやく気付いた。なんか今とんでもないことをさらっと言われたってこと。
「どうかしましたか?」
声を上げた俺に、聞き返してくれたのはマウファドの隣、ジェブルと名乗った副頭領だった。穏やかな、けれど場の緊張感を損なわない鋭い声音だった。
「どうもこうも! 俺そんな話聞いてないですよ! なんなんですか、俺がシーラの婿って!」
「聞いていない? シーラさん、どういうことですか?」
「ああ、うん。説明してない」指名され、シーラが俺の隣に立つ。「時間なかったからね。とりあえずは今日の勝負に集中しようって思ったの。でもちゃんと勝てたから、これから改めてウェルを口説くわね」
ざわついていた観衆が、突然色めき立って笑い始めた。拍手をし、口笛を鳴らし、いいぞいいぞと囃し立てる。
その興奮の坩堝の中、シーラは俺の顔を覗き込み、妖艶に微笑んだ。
「というわけで、ウェル。今回のお仕事お疲れさま。約束通り、成功報酬と追加報酬を支払うから受け取ってよね」
「な、なんだよ追加報酬って。そんなの聞いたか?」
「言ったよ、追加報酬も検討するって。支払うに十分すぎる働きを見せてもらったからね、ぜひ受け取って」
やばい、これ絶対やばい。この続きは、絶対聞いちゃいけないやつだ。
けど、鼻頭がぶつかりそうなくらいぐっと間近まで顔を寄せてきたシーラは、その口を塞ぐことも、俺の耳を塞ぐことも、その眼力で許してくれず。
「追加報酬は、あたしの残りの人生と、このミルレンダインまるごと。返品はできないから、よろしくね」
わぁっとまたぞろ騒ぎ出す観衆。
あねさまステキ! お嬢やるじゃねぇか! ピィピィと喧しい口笛どもを添えて、様々な囃し文句がシーラに襲い掛かる。
中には「俺の残りの人生もやるぞ!」などと尻馬に乗って訳の分からない野次を飛ばしてくる髭面の酔っ払いもいる。丁重にお断り致します心の底から。いやマジで。
「では、そういうことでよろしいですか?」
改めてジェブルに問われる。その目には、ちょっとした圧力も感じられる。