2-2-2.「勝負の手応え、悪くない」
見れば、マウファドが鋭い、少しだけ驚きを孕んだような目で俺を睨みつけていた。
何か問題があったかと不安にはなったが、何かを指摘される様子はない。すぐに次のデリダが名乗り、試合の前の顔合わせはこともなく終わった。
マウファドも、副頭領の二人も、それ以上の言葉は紡がなかった。次期頭領を選ぶ後継の儀ともなれば、小さな集落のものとはいえ仰々しい式辞や儀礼があるのだろう。そんな風に思っていたが、挨拶はそれぞれの名乗り程度で終わりらしい。むしろさすが盗賊と言ったところ、仰々しかったのはそこまでで、あとは口を開く暇があったら剣で語れと言わん早急さだ。
ゆっくりと、マウファドたちが円の中心から離れ、観衆たちと同じ位置まで下がった。後は俺たち四人、二人と二人に別れて、礼もせずにめいめい武器を握る。
心が、静かにざわめき始めるのを感じた。
「準備はいい?」
シーラが横で、小さく笑う。
彼女の手には小さなナイフ。
そして、俺の手には、剣の師であるおじさんから譲り受けた、俺の丈の半分ほどの剣。町の道場での試合では模造刀を握った。長年素振りを続けてきた、この剣と俺との初陣は、今日この瞬間だ。
「来るよ」
静かに、シーラが言った。
瞬間、アグロが、後ろからデリダが、俺を目掛けて走り出していた。
二人とも近接か!
驚きを一瞬。俺は剣を右手一本で握り、左手には腰に差していたナイフを抜いた。
アグロの剣が届く。
右手の剣で受ける。
痺れる感覚を押し殺し、弾き飛ばすと、今度はデリダの刃が襲い掛かる。
その攻撃は左手のナイフで受け、流す。
踏み込んできた瞬間にバランスを崩した様子があった。足許の砂が少し凹んでいる。シーラの魔法か。
二人を一度に相手するのは得策じゃない。
デリダの背中を左足で蹴飛ばし弾き飛ばす。その反動で勢いをつけ、俺は右手の剣をアグロ目掛けて振り下ろした。
アグロは両手で剣を持ち、受け止める。
鍔迫り合いは回避しなきゃ。片手で応じられるわけがない。すぐさま剣を引き、がつとアグロの腹を蹴る。
ぐぅ、と唸る声が届く。しゃがみ込んだアグロは、隙だらけだった。
「ちっ」
舌打ちひとつ。
好機ではあったけど、俺はその一瞬を攻撃には使わなかった。使えなかった。
背後からデリダが斬りかかってきている。防御が先だ。
「はあっ」
体を捻り、剣の腹でデリダのナイフを弾く。
空いた腹に一撃入れるか。瞬時に握りを変え、ナイフの柄をデリダに向けた。
できれば血は見たくない。まして腹に刃を刺すなんて論外だ。
けど、握りを変えるその一瞬が、形勢に影響した。
下から上へ、ほんの一瞬。砂を巻き上げるような突風が吹き、俺の視界を奪った。
「く……っ、魔法使うのか!」
油断してた。近接戦を得手とする戦士は魔法を使わない、なんて保証はないのに。
「ウェルっ、下がって! 左後ろっ!」
まだ満足に開けられない目を庇いながら、シーラの声に従い左後方に飛ぶ。
ざし、と砂が叩かれる音がした。
「次は真後ろ! 右に飛んで、そこでしゃがんで!」
指示に従う。
そして最後にしゃがんだ瞬間、頭の上を風が走り去ったのを感じた。
「うあっ」
「く、っそ!」
悪態は二人分。
身を持って体験した。砂の武舞台では、砂を巻き上げるだけでそれなりの攻撃になる。
数歩、声から遠ざかって体勢を立て直し、ようやく開いた目で視界を確かめる。
悔しそうに口許を歪めるアグロと、苦笑いを浮かべているデリダ。そしてさらにその向こうで魔法の構成を練っているシーラ。
小休止。四人とも動きを止めた。
観衆の声援が、耳にはっきりと届くようになる。
「いい勝負じゃねぇか」
酒を煽りながらぼやくように微笑む、マウファドたちの声も聞こえる。
手応え、悪くない。
両手にそれぞれ握った剣とナイフを再び開いて構え、そして口許ににんまり笑みを湛えている自分がいたことに、後から気付く。
まるで山に降る雨が、外からは見えない土の中をしっかり辿って町へ下っていくよう。
気付きすぎると膝が笑いそうだ。ここから先は、勝ってからにしよう。
「よし、攻めるか」
ぺろりと唇を舐め、ぐっと足に力を入れる。
敵も応じて、握る手に力を込める。
このまま。今度の先制はこちら。相手の呼吸を読み、二人が息を吐いたその瞬間を狙って、地を蹴った。
「はああぁぁぁっ!」
わざと大きな雄叫びを上げ、まずはアグロに斬り込む。
アグロが、両手でしっかりと握ったはずだった剣の柄――その切っ先を、少し弱気に、受ける形に持ち直す。
俺の方はナイフを逆手に持ち、刃が上下両方に伸びるように、二刀の柄を重ねて両手で握り。剣の刃の方をアグロに向けて振り翳し、そしてそのまま振り下ろす。
「今っ!」
――瞬間。アグロの目の前で小さな火花が爆ぜ、彼は一瞬隙を見せた。
シーラが作った守りの綻び。見逃しなどしない。
ガギンッ!
刃は刃を叩き、俺の剣はアグロの剣を押し退ける。
「だぁっ、くっそ!」
苦境を憚らず口から漏らすアグロ。
このまま押せば――。
思うのも一瞬。やはり脇からデリダの剣が伸び、アグロの劣勢をカバーする。
俺は両手に握った剣のナイフの方で、顔のすぐ目の前、デリダの剣を受け止めた。前髪に刃が触った気がする。少し攻めさせ過ぎたか。背筋がひやりとした。