表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
遙かなるユイス・ゼーランドの軌跡  作者: 乾 隆文
第二章 第二節 後継の儀
8/177

2-2-2.「勝負の手応え、悪くない」







 見れば、マウファドが鋭い、少しだけ驚きを孕んだような目で俺を睨みつけていた。


 何か問題があったかと不安にはなったが、何かを指摘される様子はない。すぐに次のデリダが名乗り、試合の前の顔合わせはこともなく終わった。


 マウファドも、副頭領の二人も、それ以上の言葉は紡がなかった。次期頭領を選ぶ後継の儀ともなれば、小さな集落のものとはいえ仰々しい式辞や儀礼があるのだろう。そんな風に思っていたが、挨拶はそれぞれの名乗り程度で終わりらしい。むしろさすが盗賊と言ったところ、仰々しかったのはそこまでで、あとは口を開く暇があったら剣で語れと言わん早急さだ。


 ゆっくりと、マウファドたちが円の中心から離れ、観衆たちと同じ位置まで下がった。後は俺たち四人、二人と二人に別れて、礼もせずにめいめい武器を握る。


 心が、静かにざわめき始めるのを感じた。


「準備はいい?」


 シーラが横で、小さく笑う。


 彼女の手には小さなナイフ。


 そして、俺の手には、剣の師であるおじさんから譲り受けた、俺の丈の半分ほどの剣。町の道場での試合では模造刀を握った。長年素振りを続けてきた、この剣と俺との初陣は、今日この瞬間だ。


「来るよ」


 静かに、シーラが言った。


 瞬間、アグロが、後ろからデリダが、俺を目掛けて走り出していた。


 二人とも近接か!


 驚きを一瞬。俺は剣を右手一本で握り、左手には腰に差していたナイフを抜いた。


 アグロの剣が届く。


 右手の剣で受ける。


 痺れる感覚を押し殺し、弾き飛ばすと、今度はデリダの刃が襲い掛かる。


 その攻撃は左手のナイフで受け、流す。


 踏み込んできた瞬間にバランスを崩した様子があった。足許の砂が少し凹んでいる。シーラの魔法か。


 二人を一度に相手するのは得策じゃない。


 デリダの背中を左足で蹴飛ばし弾き飛ばす。その反動で勢いをつけ、俺は右手の剣をアグロ目掛けて振り下ろした。


 アグロは両手で剣を持ち、受け止める。


 鍔迫り合いは回避しなきゃ。片手で応じられるわけがない。すぐさま剣を引き、がつとアグロの腹を蹴る。


 ぐぅ、と唸る声が届く。しゃがみ込んだアグロは、隙だらけだった。


「ちっ」


 舌打ちひとつ。


 好機ではあったけど、俺はその一瞬を攻撃には使わなかった。使えなかった。


 背後からデリダが斬りかかってきている。防御が先だ。


「はあっ」


 体を捻り、剣の腹でデリダのナイフを弾く。


 空いた腹に一撃入れるか。瞬時に握りを変え、ナイフの柄をデリダに向けた。


 できれば血は見たくない。まして腹に刃を刺すなんて論外だ。


 けど、握りを変えるその一瞬が、形勢に影響した。


 下から上へ、ほんの一瞬。砂を巻き上げるような突風が吹き、俺の視界を奪った。


「く……っ、魔法使うのか!」


 油断してた。近接戦を得手とする戦士は魔法を使わない、なんて保証はないのに。


「ウェルっ、下がって! 左後ろっ!」


 まだ満足に開けられない目を庇いながら、シーラの声に従い左後方に飛ぶ。


 ざし、と砂が叩かれる音がした。


「次は真後ろ! 右に飛んで、そこでしゃがんで!」


 指示に従う。


 そして最後にしゃがんだ瞬間、頭の上を風が走り去ったのを感じた。


「うあっ」


「く、っそ!」


 悪態は二人分。


 身を持って体験した。砂の武舞台では、砂を巻き上げるだけでそれなりの攻撃になる。


 数歩、声から遠ざかって体勢を立て直し、ようやく開いた目で視界を確かめる。


 悔しそうに口許を歪めるアグロと、苦笑いを浮かべているデリダ。そしてさらにその向こうで魔法の構成を練っているシーラ。


 小休止。四人とも動きを止めた。


 観衆の声援が、耳にはっきりと届くようになる。


「いい勝負じゃねぇか」


 酒を煽りながらぼやくように微笑む、マウファドたちの声も聞こえる。


 手応え、悪くない。


 両手にそれぞれ握った剣とナイフを再び開いて構え、そして口許ににんまり笑みを湛えている自分がいたことに、後から気付く。


 まるで山に降る雨が、外からは見えない土の中をしっかり辿って町へ下っていくよう。


 気付きすぎると膝が笑いそうだ。ここから先は、勝ってからにしよう。


「よし、攻めるか」


 ぺろりと唇を舐め、ぐっと足に力を入れる。


 敵も応じて、握る手に力を込める。


 このまま。今度の先制はこちら。相手の呼吸を読み、二人が息を吐いたその瞬間を狙って、地を蹴った。


「はああぁぁぁっ!」


 わざと大きな雄叫びを上げ、まずはアグロに斬り込む。


 アグロが、両手でしっかりと握ったはずだった剣の柄――その切っ先を、少し弱気に、受ける形に持ち直す。


 俺の方はナイフを逆手に持ち、刃が上下両方に伸びるように、二刀の柄を重ねて両手で握り。剣の刃の方をアグロに向けて振り翳し、そしてそのまま振り下ろす。


「今っ!」


 ――瞬間。アグロの目の前で小さな火花が爆ぜ、彼は一瞬隙を見せた。


 シーラが作った守りの綻び。見逃しなどしない。


 ガギンッ!


 刃は刃を叩き、俺の剣はアグロの剣を押し退ける。


「だぁっ、くっそ!」


 苦境を憚らず口から漏らすアグロ。


 このまま押せば――。


 思うのも一瞬。やはり脇からデリダの剣が伸び、アグロの劣勢をカバーする。


 俺は両手に握った剣のナイフの方で、顔のすぐ目の前、デリダの剣を受け止めた。前髪に刃が触った気がする。少し攻めさせ過ぎたか。背筋がひやりとした。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ