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遙かなるユイス・ゼーランドの軌跡  作者: 乾 隆文
第二章 第二節 後継の儀
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2-2-1.「前哨戦の舌戦は、シーラが優勢だな」







 翌夕。


 ミルレンダインの集落は、百人と少しの人々が、太陽が沈んだ後の熱の冷め始めた広場に集まっていた。


 月のない朔の夜、明りは松明。直径二十メトリ程の円形に石の舞台が作られ、その周囲を取り囲むように、合わせて十ほどの石柱が立ち並んでいる。そしてその一番上に、煌々と燃え盛る薪の束。風はひんやりと肌を刺し、油断をすれば寒いとさえ思ってしまうくらいだ。


 集まった観衆は百人ちょっと。柱の辺りまで下がって広場の中を大きく開け、その中央で行われる催しの始まりを、酒など呷りながら静かに――盗賊たちにしては静かに――待ち侘びている。


 たかだか百余人。ユリの人口に比べたってずっと少ない人数が、それでも一堂に集まり静かに熱気を発していると、結構な迫力だ。ましてやその全ての目が、まだ敵の来ない広場に先に立ったシーラを見守る一方、好奇心を一切隠さぬ様子で隣の俺を値踏みしているんだから、俺が受け取る緊迫感は半端なものじゃない。周り全部が敵、と言うと言い過ぎだろうけど、味方と呼べる人間が一人もいない。その事実が、俺を追い詰めもしたし、やってやろうじゃんと奮い立たせもした。


「……まさかホントに、朝まで剣を振るうとかさ」


 一方の、観衆に暖かく見守られているシーラはというと、何とも緩み切った表情。がっくりと肩を落とし、欠伸を噛み殺しながら、ぶつくさと俺に愚痴を零している。


 昨夜あの後、結局シーラも剣の相手をしてくれた。おかげで大分、呼吸は掴めた。シーラは主にナイフと弓を得意としていて、戦局の打開には魔法も使う。向き不向きで言えば、一対一の勝負よりも複数対複数の乱戦で後方支援の役割を担うのが得意、ということだ。俺とは役割のバランスもいいし、お互いの動きも掴みやすかった。途中で「相当勘がいいわね。実戦経験ないって本当なの?」と聞いてくれたのは本音かお世辞か。どちらにせよ、俺は随分いい気分にさせてもらった。


「相手の力量も何となく想像がついたし、いい準備ができたと思うぞ」


「そりゃあ嬉しいなぁ。でもあたしとしてはその……、体がうずきっぱなしなんだよね……。ねぇ、今夜は絶対シてよね?」


「しねーよバカ」


 観衆の見守る中、結構大きな声で「そんなぁ」と不満をこぼす。


 盗賊の貞操観念ってみんなこんななのかなぁ。勘弁してほしいなぁ。相変わらず腰や太腿を大きく露出した服装のシーラに、改めて溜息を浴びせかけた。


 程なくして、対戦相手の二人が現れた。


 先を歩くのは、玉子色の髪を短く切り揃えた、焼けた肌色の青年。背丈も俺より拳一つ分ほど小さく、肩幅もどちらかというと狭くて小柄な印象だが、それでも体中が筋肉で引き締まっているのは見ただけでもわかる。目の細い、鋭い面立ちの男。


 後ろには、結った黒髪を背に垂らした、大柄な女性がついていた。前の青年と同じくらいの身長だけど、肩幅が広く腕も太い。一方で、目は丸く大きく眉毛が太く、こちらを強く睨みつけてくるその表情からは、だけど少し愛嬌みたいなものも伺える。


「はっは、お前に似合いの優男だな。そんな貧弱な体で俺とやり合えると思ってんのか?」


 自分の体格を棚に上げて、青年がいかにもな挑発をくれた。シーラの直接の対峙者であるアグロ。その目は闘志に燃えている。


「や、アグロ。そっちはあんたにしちゃいい相手見付けたみたいだね。残念だよねぇ、彼女には『パートナーがアグロだ』っていう致命的なハンデが付きまとうんだから」


「どういう意味だてめー」


 はは、前哨戦の舌戦か。シーラ優勢じゃん。


 黒髪の女性も、太い眉を緩ませくつくつと笑っていた。シーラもまだ会ったことがないって言っていたけど、初対面でもガンガン軽口を叩いていく無邪気さは素直に感心する。そういや、初対面の俺にも一切遠慮もなかったな。


 俺も負けてらんない。


「シーラのパートナーを務めるウェル・オレンジです。よろしくお願いします」


 敵方、二人の前に立ち、名乗りを上げる。


 名乗りは砂漠の流儀ではなかったか、不安に思う。二人はしばらくきょとんと目を丸くしていたが、まず先に女性が顔を崩してくれた。


「デリダ・ゲー=ワールハッドだ。清々しい男だね。いい勝負を期待してるよ」


 ああ、こちらこそ。にっこり笑って握手をした。自分の意を受け止めてもらえたことに、矢鱈な安心があった。


「アグロ・サルディタ=ダイン」


 一方のアグロは不愛想に名乗るのみ。嫌われたかと心がざわついたが、そこにはシーラが援護をくれた。


「気負い過ぎだよアグロ。ミルレンダイン副頭領として、挨拶くらいちゃんとして」


「誰が副頭領だ! どさくさ紛れにふざけたこと言ってんなよ」


「ふざけてなんてないって。ちょっと未来を先取りしただけ」


 はン!と喉を鳴らし、アグロは顔を背けた。


 シーラとデリダが目の色だけで、「困ったもんだね」と会話する。シーラの人懐こさはあるんだろうけど、それにしてもあっという間にここまで仲良くなるとは、女性同士の仲ってのもまた侮れない。なんだか俺は、腹の底が冷たくなった気がした。


 ざわついた観衆が、すっと静まり返る。


 新たに三人、円の中央に向かって歩いてくる人物があった。


 一人は昨日顔を合わせた、筋骨隆々の髭の壮年、この団の長。


 残る二人も、同年代のようだ。一人は背の高い細身の男性。一人はふくよかな女性。三人とも、頬や腕周りに刀傷を持ち、歴戦の風格を漂わせている。


 アグロとシーラがまず姿勢を正して片膝を付き、次いでデリダも恭しく頭を下げる。一人ふんぞり返ってるわけにもいかない、俺も三人の真似をした。


 気が付けば、三人の壮年連中は俺たち四人の前に直立していた。


 髭の男のことは、昨日シーラから話は聞いた。このミルレンダイン団の現頭領、そしてシーラの父親、ミルレンディア……。あれ、そういやちゃんと名前聞いてないぞ。


 となれば、残る二人も推せばわかる。団の現副頭領で、立ち位置で見ればアグロの両親。……シーラの母親が見当たらないが、何か事情があるのだろうか。


「これより、ミルレンダインの第六代頭領を決める、後継の儀を始める!」


 頭領が、大岩も揺るがすような大声で宣誓した。


「儀の全部は、この俺、第五代頭領マウファド・トリム=ミルレンディア、そして副頭領ジェブル・カックラド=ダイン、ヤツミナ・ルゥル=ダイン、この三人と、そしてその他のミルレンダイン全ての目が見届ける。文句のある者はいるか!」


 形式張るにしてはどこか雑な、迫力だけは強烈な怒号が響き、そして止むと、今度は深夜の大雪のような静けさが場を覆った。


 母親に抱かれた小さな子供まで、訓練された兵隊のように、大人しく現頭領――マウファドの言葉と次の動作に集中している。凄まじい求心力だと、髭の男の仁王立ちに見惚れてしまった。


「ここに剣を交える者たちの名を!」


 ついで、マウファドがそう叫び、横並びに立つ俺たち四人の方を向く。


 最初に胸を張ったのは、すぐ隣のシーラだった。


「マウファドが長子、シーラ・リュスタル=ミルレンディア。掟に従い、頭領の座を賭けて刃を振るう!」


 ふざけた態度ばかり取っていた奴が、ここに来て凛とした横顔を見せる。こんな顔もできるのかと、気付くと俺は見惚れてしまっていた。


 次いで、アグロが名乗り、俺の番が来る。


 ……って、俺も名乗るのか? 俺とデリダは、主役二人の補佐じゃないのか? そんな大きな顔してホントにいいのかよ。


「ウェル・オレンジ。勝利のために剣を取る!」


 戸惑いながら、当たり障りのない言葉で終える。ていうかシーラ! こういう手順があるなら教えとけよ!


 ふと、視線を感じた。




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