2-1-6.「バカじゃないかバカじゃないかバカじゃないかっ!」
握ってから、握手の習慣は砂漠にもあるのかと不安が過ぎったが、どうやら大丈夫だったらしい。握り返すシーラの顔は何とも明朗。「よろしくお願いね」と前向きな声で言ってくれた。
「けど、明日本番って、ホントに大丈夫なのか?」
手を放し、俺に背を向けて、ごそごそ何やら準備を始めたシーラに、俺は疑問を投げかけた。何の作業をしているのか、こちらには目もくれずただ声だけで「何がー?」と聞き返してくる。
「いや準備とかさ。俺も、腕に自信がないわけじゃないけど、誰かと一緒に戦うってのはやったことなくてさ」
「んー、今晩一晩あれば平気でしょ? 息なんてすぐ合う合う」
「そういうもんか? 結構大変な気がするけど」
「あたしは合わせられると思うけど、ウェルは自信ない? だったら最初はアタシがリードしよっか」
「ホントかよ。いやじゃあまぁ、とりあえずは俺はお前の言うとおりに動くことにするか」
ん、とひとつ伸びをして、俺もシーラに背を向け、背負った剣をスラリと抜く。言われる通りに動く。それもまたそれで、結構難しそうな気もする。
「え、あたしの言うとおりにって……、そこまで自信ないわけじゃないよね? 何、ウェルって初めて?」
「? だからやったことないって言ってるじゃん」
「あ、そぉ。……ふぅん、そっか。うん。
まあでもコツなんてすぐ掴めるだろうし、慣れてきたら自分でも動いてよね?」
「そりゃもちろん。でないと面白くないよな」
「そうだよね? あぁよかった」
刃をシーラから逸らし、彼女に背を向けたまま、座ったまま剣を構える。
ぞくりと、背中に鳥肌が立った。知らず、武者震いに襲われる。
「ふふん、あたしも結構久しぶりだし、楽しみ」
「楽しみって……、なんかすごいな。それにしても久しぶりとかあんのか。盗賊なんて生き方してると毎日避けられないものかな、とか思ってたけど、偏見だったんだな」
「そりゃ毎日でもしてみたいけど、さすがに体持たないって」
「はは、そりゃそうだ」
「それに、相手が決まってる奴はいいけどね。あたしみたいなのは、そもそも相手を探すとこからやんないとじゃん? でまた相手によっても全然違うし」
「うんうん」
「さっさと終わっちゃう奴もいれば、めちゃくちゃ体力あって激しい奴もいるし、時には朝日が昇るまでやることもあったり」
「そりゃすごいな。どんだけ体力あるんだよ」
「一回だけ、激しすぎて気絶しちゃったこともあったよ。あんときはもう、最後の方とか頭真っ白になっちゃって」
「き、気絶って……。それ大丈夫なのかよ。よく殺されなかったな」
「いやホントだよ。息の仕方も忘れるくらい激しくて、これちょっと本当に死んじゃうかも……って観念したくらい。目が覚めてもしばらく起き上がれなかったもん。いやさすがに限度ってあるんだなぁ~って思い知らされたわぁ」
「そりゃ限度はあるだろうけど。……死を覚悟したのって一度しかないのか? 意外に強いんだな、シーラ」
「あはは、そんなに何度も死にかけられないよ。それ以来さすがに言うようにしてるんだ、これ以上はムリだからって。その相手ともそれ以降してないしね」
「…………? 言えば、どうにかなるのか?」
首を捻る。一度剣を鞘に収めて、それからゆっくりとシーラに振り返って、「模擬戦だったらいいけどさ、真剣勝負の時もあるんだろ。そういうときは――」聞こうとして、固まった。
「どぉ? 初めてだって言うから少し気合入れた方がいいかなって思って。ウェルはこういうの、好き?」
こっちを向いて立つシーラ。胸当ても腰巻も脱いで、素っ裸の体に透かし布の繋ぎの下着を当てて、ポーズを取っていた。
「な……っ、……な、なんでそんなカッコしてんだよ! 一体どうしてそうなったっ?」
「え、だって、一晩かけて寝具でじっくり。お互いの体の相性を確かめようって話だったでしょ?」
「どこでどうしてそうなったっ? 俺はずっと、剣を振る話をしてたぞっ!」
「えウソっ? だって明日の試合に向けて息を合わせるって話だったよねっ? そんなの、一晩一緒に寝たら相手の呼吸なんてすぐに掴める――」
「バカじゃないかバカじゃないかバカじゃないかっ! もういい、外で一人で素振りしてくる」
「やぁん、ちょっと待ってよぉ」
腹のうちをぐつぐつ煮立たせながら、勢いつけてタントールを飛び出した。
ったく、何なんだあいつ。今日の今日、ってかついさっき会ったばっかの男捕まえて、目の前で全裸になるとか、その、……性行為とかっ! ただの痴女じゃないか!
ひと気のない、岩影の広場を見付け、むしゃくしゃする気持ちを刃に乗せながら、ぶんぶんと投げ槍に剣を振るった。……剣筋が乱れているのは自覚の上だ。
……だってしっかり見ちまったんだし、そう簡単に忘れられるわけないじゃんかよ!