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遙かなるユイス・ゼーランドの軌跡  作者: 乾 隆文
第二章 砂漠の塔 第一節 最初の依頼
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2-1-4.「結局お前は、俺に何をさせたいんだ?」







 戻ったよ、とシーラが声を上げると、男はぎろりとこっちに目を向けた。


「遅ぇじゃねぇか」


「ごめんごめん。なかなか連絡が付けられなかったんだよ」


 さぁ、という言葉は彼女の父親に向けられた言葉か、それとも俺にか。シーラの腕は俺の背中を乱暴に押して、その男の前に立たせようとする。


 何か用事があるなら先に説明しとけってのに。裡に湧き上がる不満を抑え込みながら、俺は髭の男の前で胸を張った。


「……こいつが?」


「そう、この前話した人。いい目してるでしょ?」


「目は知らん。が、まぁ体格は悪くないな」


 盃をくいっと呷り、酒臭い息を大きく吐いて、もう一度、まじまじと人のことを検分してよこす。外の連中と言い、いい加減失礼な態度だと苛立つ気持ちが大きくなってきた。


「ねぇ父さん。ギリギリになっちゃったけどちゃんと連れてきたし、これで問題ないでしょう?」


 ぐいと、人のことを押し退けて髭男の前に出るシーラ。さっきは俺を押し出したくせに、何なんだよ一体。


 っていうかそろそろ状況の説明くらいしろ。一向に話が見えてこないじゃんか。

「お前が決めたんだろ? だったら俺は何も言わん。あとは規定通り、勝負に勝てばいい」


「やった! ああよかった何とか間に合ったぁ」


「……見たとこ外国人のようだが、腕は立つのか?」


「んー、盗賊と戦ったことはまだないって言うけど。自分の国じゃ一番強かったって話だし。あたしも一目でピンと来て口説いたの。大丈夫、絶対強いよ」


「模擬戦くらいしとけ」


「あいさー」


 満面の笑みで、男に向かって敬礼、右手の平を額に当てるシーラ。そして、さあ行こ行こ、と忙しなく俺の手を引き、今度は建物の外へと引っ張っていく。


 さすがにわけのわからなさも限界。連れてこられ、検分された相手の名前もわからず、何を検分されたのかもわからず、その上名乗りさえさせてもらえないのでは、何をしに来たとかそれ以前の問題だ。人間扱いをされてるのかすら疑わしくて腹立たしい。


 それに――、小さいことだけど、ソルザランド一強いなんて一言も言ってない。


「おい」


 それでもシーラの動きは強引。ようやく俺が、彼女の足を止めることに成功したのは、小屋を出た外のことだった。


「おいって。ちょっと待てよ」


「え? なに?」


「なに、じゃない! ひとっかけらも状況がわかんないってのに、なんで説明を一切してくれないんだよ。今のは誰だ。何の話をしてたんだ。俺は何でここに連れてこられた。お前が言ってた仕事ってのはどういう内容のものだ」


「そんな一遍に言われても……」


「全部一つずつ説明するタイミングがあったろ! ここまで一切何も言わずに疑問を溜め込んだのはお前だ! 一遍に説明しろ」


 結構な怒気をぶつけ怒鳴りつけてるつもりなんだが、対するシーラは飄々としたもの。んー、じゃあまぁ、とりあえず部屋に行こっか。話は座ってからゆっくりね――。ふわふわとした声でのんびりと、そんな風に答えるばかりだ。


 こいつホントにわかってんのかな。詳細を明確にしてもらえないなら、契約破棄だってあり得るぞ。


 ほんの少し歩いて、俺たちは小さめのタントールの前に着いた。


 中は、不思議な雰囲気だった。隅の方に衣服や刀剣、恐らく彼女の普段使いのものが散らかされている。少し中央に寄ったところに、植物を編んだ筵、それから動物の毛の敷布を置いて、恐らく寝床にしている。ど真ん中には柱。拳くらいの太さの木の柱が、しっかりと天辺まで伸びてタントールを支えている。


 簡素な、そして数少ない持ち物については乱雑な。あまり女の子らしいという印象は受け取れない空間だったけど、それでも俺は、その甘やかな香りに一瞬感情を和まされてしまった。砂と埃と、それから汗に塗れた生活で、それでもこんないい匂いを漂わせるのか。女ってすげぇなと、ついつい心臓を鳴らしてしまうのだった。


 座って、と示された地面。砂が剥き出しだったけど、シーラはそこに刺繍の施されたクッションを用意してくれた。尻の下に引き寄せ、胡坐をかく。


 一方のシーラは、柱に寄って立ったまま。形の違うコップを二つどこから引っ張り出してきて、そこに魔法で水を注いでくれた。さぁどうぞと差し出された一杯。冷えた水が、信じられないくらい美味かった。


「で、だ。結局お前は、俺に何をさせたいんだ?」


 このままだと雰囲気に流されてごまかされちまいそうだ。屹とシーラを鋭く見上げ、さっきまでの憤懣な気持ちをもう一度思い出す。


 答えるシーラは、けれど随分明朗だ。


「何って、言わなかったっけ? あたしのために剣を振るってほしいって。あなた剣士なんだよね」


「それは聞いたけど……、それじゃ全然説明が足りないよ。具体的に、俺は誰と戦えばいいんだ?」


「相手はアグロ。あたしの幼馴染よ」


 幼馴染? 思わず鸚鵡返しにしてしまう。盗賊の人間関係なんて想像もつかないけど、わざわざ幼馴染なんて表現を選ぶような相手と、どうして戦わなきゃいけないんだろう。


「まぁあいつの手の内なんて全部わかるから、どんな女を見付けてきたところで苦戦する要素はないけど、ね。ウェルも相当腕が立ちそうだし」


「ちょ、ちょっと待て。手の内ってなんだ? 何かルールが決まってて、その通りに何かするって勝負するって話なのか?」


 俺が質問をすると、シーラはきょとんと目を丸くして。


「そうだよ? 当たり前じゃない。ただの喧嘩で幼馴染に刃を向けたりしないよ」


 飄々と、答えやがった。


 だからその辺の事情を、もっとちゃんと説明しろって言ってんだけどなあ。本気で伝わってないのかな。わざとか? それとも頭悪いのか?


「一言で言っちゃえば、跡目争いなんだ」




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