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遙かなるユイス・ゼーランドの軌跡  作者: 乾 隆文
第二章 第五節 サディオの帰還
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2-5-3.「俺の意見はあっさり敗北した」







 街へ行く前に一つ、しておくことがあった。


 ゼノンとミディアの寝床の確保だ。いつまでも、俺とシーラの部屋に四人で寝泊まりするわけにもいかない。幸い、ちょうど使っていないタントールがひとつあるとのことで、早速そこを使わせてもらうことになった。


 二人を連れてその前まで行って、さて中に入ろうという段、俺が一つ声を上げた。


「いくらなんでも、ゼノンとミディアが同じ部屋ってのはまずいんじゃないのか?」


 極めて常識的な発言だったと今もって胸を張れる俺の疑問は、他の全員――、シーラやゼノンだけじゃない、タントールへ案内してくれた女性や、ミディア本人さえもが一斉に口にした「何で?」の合唱に襲われ、劣勢に立たされる。いやいや年の差はあれど未婚の男女が二人きりで同じ部屋で寝るなんて、非常識この上ないだろう。俺がこっちに移ればその問題は解決するんだから、ぜひそうしよう。自分の野望も包み隠さず開けっ広げにしてみたけれど、形勢はまるで変わらず。今度は「いや必要ないだろ」の合唱に一蹴され、俺の意見はあっさり敗北したのだった。


 曰く。


「俺としちゃ、同じ部屋でこいつの作業の進みを見張れる方がいい」


「そもそもこの男が私の体なんかに興味あるとも思えないし」


「ていうかあたしとウェルが別室なんて認めないし!」


「そうですよねぇ。わざわざウェルさんのお荷物を移すのも手間ですし」


 ……とのこと。


 くそ、砂漠の常識ってのはホント非常識だよな!


「とにかく私は、せっかく部屋をもらったんだし、ババっと日誌の複製を始めたいわね! 内容ももっとゆっくりじっくり読み込みたいし」


 そう言って、ミディアはさっそく小さな机に向かい、紙を広げた。あっという間の集中力。一度ペンを手に持つと、もう俺達のことも、タントールの隅に残っていた荷物を片付けてくれている女性のこともまるで見えなくなってしまったようだった。


 二人の住処が落ち着いて、俺とシーラは外に出た。ゼノンはどうするか、暇なら一緒に来るかと誘ってみたけれど、ミディアが真面目に作業を続けるかちゃんと見張りたいとのことで、着いてくることはなかった。あいつ、世話になるこの団に金を入れるつもりは、今のところないらしいな……。


「さぁて、余計な時間食っちゃった。さっさと街へ行こ」


 ん、と一つ伸びをしながら、シーラが笑う。日が沈んで大分経った。いつもなら、もうグァルダードで仕事を選び終えているような時間だ。別に時間制限があるわけじゃないけど、いつもと同じような仕事をしようと思うと、帰ってくるのがだいぶ遅くなるかもなあ。夜が明けるかもしれない。


 駱駝を繋いだ厩舎に向かいながらそんなことを考えていると、先程見知ったばかりの顔が、爽やかな笑みを顔に張り付け、やぁと声をかけてきた。


「あれサディオ。どうしたの?」


「次の仕事を探しに、ね。ベイクードに向かうところさ。お二人は?」


「帰ってきたばっかりだって言うのに。仕事熱心だねぇ」


 半ば呆れ顔。口許に手を当て、はぁと息をつくシーラの反応に、サディオの表情がややと曇った。俺は、少しだけ眉の根元を持ち上げ、シーラの横顔を見る。


「あたしたちもグァルダードに行くところなんだ。ゼノンたちの部屋を見に行ってて、遅くなっちゃったけど」


「グァルダードに? どんな用事なんだい?」


「決まってるじゃん。仕事を探すの。あたし、今はウェルと一緒にケーパの仕事やってるんだよ」


 瞬間、サディオの全身が青く燃え上がったような気がした。


 見間違いかと目を擦る。次の瞬間には、彼は初対面の時と変わらない、先程までと変わらない穏やかな作り笑顔を保っていた。


「へぇ、今まで一度も外で仕事したことなかったのに、どういう風の吹き回しさ」


「ウェルのおかげだよ。ウェルが盗賊のことを色々知りたいって言うから、グァルダードで仕事を請けるといろいろ勉強になるかもよって言って。でも実際、あたしにとってもいろいろ勉強になってるんだよね。いやぁ、やってみるもんだねぇ」


 そう、なのか……。サディオの声が小さくなる。何を怒ってるのかわからないけど、何かを怒っているのは確からしかった。そして、その怒りが自分に向けられているのも嫌って程伝わってくる。なんだろか、そりゃシーラの婿役を嫌がってるって聞けばいい気はしないかもしれないけど、こんなに敵意を剥き出しにされるのも意外というか、心外というか。


「ねぇウェルさん、もしよかったら、今日は一緒に仕事をこなしませんか? 何なら他にも人を募って、少し大きめの仕事を請けましょうよ」


 と、剥き出しだった敵意をすっと隠して、サディオが俺に笑いかけた。唐突な提案、俺はその切り替えの早さについていけず、え、う、あ、などと接ぐ言葉を探しながら呻いてしまった。


「いいじゃん! みんなで行けばなんか大きな仕事も受けられるかも! ね、ウェル、やろうよ、やろう!」


「ん、あ、ああ。俺は、構わないけど……――」


 シーラに腕を引っ張られ、二つ返事で答える。


 俺は構わないけど、サディオは本当に構わないのか? 聞きたかった言葉はさすがに口から外には押し出せず、軟口蓋の辺りに張り付いて取れないまま。流されるように、俺はシーラに引っ張られ、後ろに立つサディオの視線に押されながら、挟まれるようにして足を動かした。


 あぁ、胃が痛い。





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