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遙かなるユイス・ゼーランドの軌跡  作者: 乾 隆文
第二章 砂漠の塔 第一節 最初の依頼
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2-1-3.「あれが、大盗賊団ミルレンダインの根城」







「ああ、そうだね。説明しなきゃね」


 気のない返事。どういうことだよ。俺に何かをさせたかったんじゃないのか。話を聞かなきゃ何したらいいのかもわかんないじゃんか。なんでそんなやる気ないんだ。


 挙句、届いた返事はこんなもの。


「……ねぇ、その、……その話はまたあとにしない?」


「いやいやいやいや。一番大事なとこだろ」


「んー、まぁ、そうなんだけどね」


 ごにょごにょと話を濁すシーラ。


 ヤバいな。なんか嫌な予感がしてきた。グァルダードの待合席で尻を温めてても仕方ない、と頷いた話。でも早計だったかなあ。


「それよりウェルの話が聞きたいな。ねぇ、あなたはどうしてこの国にやってきたの?」


 すこぶる自然に、だって言うのにどこかわざとらしく、シーラは俺のことを聞いてきた。


「ああ、ええと、一言で言えば武者修行、かな」


「武者修行?」鸚鵡返しされる。


「うん。剣を習った俺の師匠に勝ちたいんだ。そのためには、もっと強い奴と実際に戦ってみないと、って考えて」


「じゃあ、お金のためでも、故郷を追われたわけでもなくて、ただ腕試しのためだけに来たってこと?」


 ここまで聞いた中で一番、甘ったるさの抜けた真面目な声をして、シーラが確かめる。ああ、そうだ。答えると、彼女が唾を飲む音が耳に届いた。


「あなた、ずいぶん変わってるんだね」


「そうかな?」


 そうだよ、と即答されて首を捻る。そりゃあ今どき俺みたいなやつも珍しいとは自覚してたけど、ずいぶん変わってる、なんてはっきり言われるとなかなか素直には受け取れない。いろいろ考えて、これしかないと思って選んだ道なんだけどな。


「あ、ほら。見えてきた」


 シーラが話を無理矢理切って、俺の背中から前方を指差した。誘われるままに視界を上げると、行く手にはごつごつとした背の高い岩場。


「見えてきたって、何が」


「目的地。あたしたちの根城だよ」


 シーラの示す指先に更に目線を合わせると、岩の陰に隠れるように、小さな砂色の簡易幕屋(タントール)が一つ張られているのが見えてきた。


 駱駝はどんどん進む。岩陰に見えていたその一つの幕屋が、どうやら集落の入り口。小山かと瞠目してしまう程の大きな岩に囲まれた、砂を抱えた窪地に、幕屋と小屋がいくつも建てられ人々の生活を形作っている。


「あれが……?」


「あたしたち、このタミア砂漠で五本の指に入る大盗賊団、ミルレンダインの根城だよ」


 この時俺は、この風景を目の前にして、息苦しいくらいの激しい高揚を感じていた。


 船を降りたところでも、わくわくした期待に包まれてた。グァルダードの扉を開く瞬間も、心臓がバクバク鳴っていた。けど、このミルレンダインの根城を前にした瞬間は本当に、どこかに残っていた旅行気分が一気に吹っ飛んで、身が凍る緊張感に襲われたのを、俺は確かに実感していたんだ。


「そんな大したものじゃないけどね」


 俺の心中をどこまで読み取ったのか、苦笑交じりにシーラが釘を刺す。


 俺にとっては十分大したものだよ。ガキっぽく膨れながらそう返すと、シーラは一転くすぐるような笑い方をやめて。


「それは失礼しました。じゃあ、こっちもちゃんと歓迎しなくちゃだね。ようこそ、我らがミルレンダインへ」改めて、右手を伸ばしてくれた。




 盗賊団の根城と聞いたが、実際ここで生活するのは、子供や老人も含めてざっと百人以上だ、とも。ちょっとした村と呼べる場所で、俺が想像していた「盗賊の根城」――血の気の多い戦士たちが、武器の手入れをしながら酒を煽っているような――とは、ずいぶん印象が違った。


 入り口から進んで少し。大きめの広場に出る。すると駱駝は、まず子供たちに囲まれた。それから気のよさそうな男連中。そして最後に優しげな目の女性たち。


「あねさま、おかえりー」


「なんだそいつー」


「お、お嬢が連れてくるにしちゃ随分顔がいいじゃねぇか」


「結局腕より顔か? シーラのお嬢も、ただの女だったってわけかい」


「そんなの当り前じゃないかい。男だって見た目がいい方がいいに決まってるさ」


「そういう意味じゃ、このお坊ちゃんはそこまで見目麗しいってわけでもないけどねぇ」


「シーラ様らしくていいと思います。あ、みんな好き勝手言っちゃってごめんなさい。歓迎するので、どうぞよろしくお願いしますね」


 シーラに笑いかけながら、同時に俺のことをじろじろ見据え、無遠慮に品定めしていくたくさんの視線。友達の家に初めて遊びに行ったときに、友達の親に向けられた目を、思い出してしまった。


 ここの連中は、山村の農民のようにみな人懐っこくて、見えるところには武具刀剣を晒していない。なんだかずいぶんと家庭的な雰囲気で、さっき感じた緊張感がだらんと緩んでしまう。


「なんか、思ってたのと違うな」


 駱駝を降りて、シーラの後を歩く。シーラは軽く笑って。


「その辺はいろいろ。うちは大所帯だからね。他のとこ行けば、確かにウェルが想像するみたいなとこもあるんじゃないかな」


「ぼんやりした言い方だな」


「あたしもここ以外のところはよく知らないし、話で聞いただけ。ただ、ここは居心地いいよ。戦える奴も戦えない奴も、同等に笑ってご飯を食べてる。自慢の根城なんだ」


 誇らしげに胸を張るシーラの横顔が、夜闇の中、篝火に照らされてどこか幻想的だった。


 奥へ奥へとシーラの背中を追って歩くと、一番奥に木と石を組み合わせて作られた、大きな小屋が立っていた。故郷の町の、小さな一軒家ほどにも飾り気はない、簡素な小屋。けど、その割にずいぶんと頑丈そうで、年季も感じられた。


 一番の特徴は、他の幕屋や小屋よりも中がずっと広いらしいってことだった。


「百二十人全員入れはしないけどね。四、五十人くらいは集まれるから、大きな戦闘に向けての会議とかは、ここを使うんだ」


 入り口は大きさの違う石を並べて、階段のように。三段ほど上がった上に扉があって、そこから中に入れる。中は広間が一つだけ、仕切りなんかない。ただ大きな長机が一つ、でんと置いてあるのがまず目に飛び込んできた。


 その次に目に入るのは部屋の一番奥。長机の一番奥の席に座る、髭もじゃの大柄の壮年男性。机に両手をかけ、小さな盃でちびちびと何か――まぁ酒だろうな――を飲んでいる。




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