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遙かなるユイス・ゼーランドの軌跡  作者: 乾 隆文
第二章 砂漠の塔 第一節 最初の依頼
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2-1-2.「シーラ。あなたの話を聞こう」








「え、ウェル、だけど。ウェル・オレンジ」


「観光?」


「いや! 剣の腕を磨きに来た」


「剣を使うんだ?」


「あ、ああ。田舎者だけど、故郷じゃ誰にも負けなかった」


 事務員が頬杖を突いて鼻を鳴らす。ホント、ムカつく態度だ。


「なるほどぉ……。ねぇ、あたしの依頼、受ける気ない?」


「え、依頼?」


「そ。あたしのためにその剣振るってほしいんだ」


「おいおいシーラ、それって――」


「あんたは黙ってて」


 口を挟もうとした事務員を、女性――シーラさんがぴしゃりと言って黙らせる。


 俺の正面。顔の下。元々俺より頭半分くらい低い身長を、更に屈ませて上目遣いにこっちを覗いてくる。


「ええと、シーラさん?は、盗賊なんだよな」


「そぉだよ。北のミルレンダインの賊長の娘で、生まれてこの方レルティア以外の生き方をしたことがない。シーラ・リュスタル=ミルレンディア。シーラでいいよ」


 ミルレンダインもレルティアも、俺にはよくわからなかった。けど、いちいち聞き返してたら話が進まない。とりあえず、細かい質問は後回しにした。


「じゃあ、シーラ。なんで俺に依頼を?」


「んー、そうね」


 顎に指を当てて、わざとらしく考え込む。


 そんな仕草に思わずドキッとして、俺はつい目を背けてしまった。


「いろいろあるけど、まあ一言で言えば、あたしがあんたを気に入ったから。そんだけ」


「え、それだけ……? だって、今初めて会ったばっかりなのに」


「うん、そんだけ。あたし、まずは第一印象に従うことにしてるの。いろいろ考えて悩んで選んだって、失敗するときは失敗するでしょ。その時あたしは、何かのせいにしたくないんだ。自分の直感に従っていれば、どんなに失敗したって全部自分のせい。そう割り切れるから」


 はあぁ、と。ぼんやり息を吐く。


 どうやら俺は、そんな言い分に納得してしまったらしく、そしてそれ以上、彼女の考えを好ましくも思ってしまったらしい。反論の余地、という言い方をすればそれはあったかもしれないけど、反論したい気持ちは自分の中には欠片も見付けられなかった。


 そしてそれは、どうやら俺が彼女の依頼とやらを受ける理由にもなったようだった。


「わかった。じゃあ、俺も直感に従うよ。シーラ、あなたの話を聞こう」


「ホント? やったぁ! じゃあさっそく行きましょ!」


 きゃらんと笑ったシーラ。話がまとまるや、俺の腕を掴んでグァルダードの外へ引っ張っていく。


「おいおい、シーラ。登録もしてない奴を砂漠に連れてくなんて、正気かよ」


「なぁに? レルティアに登録なんていらないでしょ? 父さんだってしてないんだし」


「ミ、ミルレーの大旦那とは話が……」


「はいはい。どぉせ無理矢理登録させて紹介料ピンハネしようって魂胆なんでしょ。現時点じゃまだ登録してないんだから、グァルダードが口出す権利はないの!」


「いやそういうことじゃ……」


「さ、行くよウェル」


 受付の男に言うだけ言って、シーラは俺の手を取った。


 まさか子供のように無邪気に手を握られるとは思わなかった。平が冷たい。指が細い。ああくそっ、なんで俺は、こんなことでドギマギしちゃってるんだ!


 シーラの方は、全く意識してないみたいだ。当たり前だ、意識してたらこんなに自然に手なんか繋がないだろう。


「さて、ウェル。あんた駱駝は?」事務所を出て、途端の一言。


「いや、ない。乗ったこともないし」


「そっか。……用意してる暇もないしなぁ。……仕方ない、今日はあたしと一緒ね」


 一緒って……。


 いやいやどうせ必要になるんだし、買えるなら買うよと口にしたけど、シーラは首を横に振る。


「今から練習も時間かかるし。とにかくまずは来てほしいんだ。駱駝くらいいつでも買いに来れるから」


 仕方なく、引きずられるように町外れへ。そろそろ日が暮れる頃合。鉄の棒が並び立つ建物を、シーラは駅と呼んだ。乗ってくる動物を、繋いでおく場所なのだと。


「馬に乗れるなら駱駝も心配いらない。尻が痛くなるかもしんないけど、そんくらいよ」


「じゃあやっぱり練習なんかいらないんじゃ――」


「勿論、気を付けるところはいくつかあって、例えば」


 大きなこぶを一つ背負った、しゃがんだ駱駝の背中の上。備え付けられた大きな鞍の、俺はシーラの前に座っていたんだけれど。


「わぁっ!」駱駝が立ち上がるのと同時に、前につんのめって頭から砂に落ちてしまった。


「例えば、駱駝は後ろ脚から立つんで、振り落とされないように気を付けないとダメ」


「……もっと早く言ってくれると嬉しかったな」




 駱駝に揺られ、夜の砂漠を進む。


 慣れないと尻が痛くなるとシーラに教わってたけど、しっかりと備え付けられた鞍のおかげでそれは気にならなかった。むしろ、後ろに座ったシーラの大きな胸が、背中に当たってることが気になる。


「……なぁ、近くないか」


「勘弁してよぉ。駱駝のこぶの上に二人乗ろうってのに、離れるなんてできないのわかるでしょ?」


「い、いや、まぁ、その……。シーラがいいんなら、俺は別にいいけど、さ」


「胸ぐらいでそんな意識しないでよ。ガキじゃないんだし」


「……ちょ、ちょっと! ひょっとしてわざと押し付けてんのか?」


「にへぇ、どうでしょおねぇー」


 意味深な反応をするシーラ。


 出会ってまだ一時間も経ってないけど、そろそろこの女性の言動に困惑することにも慣れてきちゃった自分がいる。一瞬だけ「え、わざとなのか?」とドキドキし、次の瞬間には「そんなわけないじゃん」と自分に言い聞かせ冷静になる。


 異国の初めての夜空を、こんな形で見上げるなんて想像もしてなかった。生死を賭けた戦いの日々を覚悟してきたのに、駱駝の上で知らない女の温かさを感じてるなんて。


「……こんな話は、土産にできないよなぁ」


「何か言った?」


「いや、なんにも」


 投げ槍に答えて、そっぽを向いた。


「それで、依頼ってどういうんだ?」




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