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遙かなるユイス・ゼーランドの軌跡  作者: 乾 隆文
第二章 第十八節 黒幕の気配
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2-18-1.「重ねて言うが、ここはハドラの家だ」







 雲が垂れ込み、いつもにしては涼しい風が頬を撫でる。


 ハドラに案内されて、初めてそれを見た。


 その場所から少しく離れた、小高い岩場。四人その頂上に上り、覗き込んで見るそれは、実に奇妙な外見をしていた。


 形は楕円形。崩れかかった古い二階建ての建物は、遠目にはまるで歴史と砂に埋もれた古代の闘技場の遺跡のよう。それが、元々ハドラの管理する場所であった昔のグランディア王国の倉庫跡。今は宿敵ヴォルハッド団が根城にしているという、壁と床とところどころにだけある屋根、だった。


 異様なのはその周囲。白い壁が、ライトラールからセラムを守る鉄柵のように、その建物をぐるりと取り囲んでいる。それほど高さはないけど、中の建物自体よりは背があって、砦を守る堅固な外壁のように見える。


「なんだありゃ」


 前髪を触りながらゼノンが訝る。


 姿を隠すため、俺とゼノンと、ハドラとセーラさん。四人岩の上に俯せになってその要塞の様子を観察している。


「いよいよ完成に近づいてるみたいですね……。僕も、彼らが何をしたいのかよくわからないんですけど……」


「元々あったもんじゃないってことか」


「……はい。突然彼らがやってきて、僕のことを追い出して。その後屋根や壁の修繕もしないで、あんな壁をずっと作ってるんです」


 ハドラの説明、俺とゼノンは聞き入った。


 西からの風が強くなる。またひと層、雲が厚くなったような気がした。


「あれって、……ひょっとして嫌精石か?」


 俺が呟くと、みんなの視線が一斉に集まった。


「わかんのかよ」


「前に仕事で運んだって言っただろ、あんな見た目だったと思うんだけど……、いや、正直自信はないけどな」


「いいえ、正解ですよ」


 言葉を濁した俺に、セーラさんが補足した。


「あれは指向性を持った嫌精石です。恐らくあの形なら、壁の外側から内側に向けた魔法を封じるのが一般的ですね」


「一般的って、そんな建物この砂漠に他にあるってのか?」


 ゼノンが顔を擡げた。すぐ隣のセーラさんの横顔を見るため。


「ダザルトにもレアンにも、そういった建物はほとんどないです。世界的にこの手法がよく使われるのは競技場。闘技とか球技とか、スポーツの会場になるような場所です」


 スポーツってなんだ?とゼノンが首を傾げる。


 ああ成程、と俺は頷く。


 俺自身も実際に見に行ったことはないけれど、例えばソルザランドの都にはクロスボールという球技のための競技場(スタディオン)があって、試合のときには何千人という人が押し寄せその試合を見て応援する。――って話は聞いたことがある。


 そうか。ゼノンや、多分シーラなんかも、砂漠で育ってきた連中はスポーツ観戦なんて突然言われてもピンとくるもんじゃないんだろうな。……あれ。じゃあなんで、セーラさんはそういうの知ってるんだろう。年の甲かな。


「あら。どうしたんでしょう、今何やらウェルさんの方からとても失礼な空気を感じましたけど」


「うえっ? な、何の話ですかねっ?」


 ごまかす声が裏返った。


 ここ数か月、ハドラに教わりながら、様々な情報を元にあらゆる現状を察知する術を身に付けてきたわけだけど。セーラさんは最早、状況からの読みとかじゃなくて心の中を覗き込む超能力みたいなものを身に付けてるんじゃないだろうか。


 改めて彼女の怖さに肝を冷やしながら、目線を敵のアジトの方に向けようとしたところ。


「……気付かれました」


 言うが早いか、すっとハドラが立ち上がる。


 聞き返す必要はない。俺ももう、今の一瞬で敵の動きを理解した。大岩の下からそっと、俺達に近付こうとしている連中が五、六人。向かってくる方向からして、ヴォルハッドの下っ端なのは推測を必要としない。


 ゼノンは体を動かしたいみたいだったけど、今日の目的はとりあえず偵察だ。ゼノンの腕を無理矢理引っ張って、すぐに街に戻ることにした。




 雨が降り始めた。ベイクードで経験した激しい驟雨(サークォール)とはだいぶ違う。さめざめと泣くように降る細雨だ。


 ハーンに着いてから二か月。


 俺とゼノンは初日に取った宿の部屋を、二日目には手放していた。ハドラの技を盗むならなるべく長い時間一緒にいた方がいい。そう言われた俺たちは、なぜかセーラさんの承諾の元、ハドラの家で寝泊まりさせてもらうことになったからだ。


 ミディアとレマは宿にいる。ハドラの家もそこまでは広くない。それに、あまり詳しくは聞いてないけど、二人は二人で商人グァルドに潜り込んだりセラムのハルトスと手紙をやり取りしたり、調査に時間を使っていたらしい。時には一日全く顔を合わせない日もあった。


 だから、こうして六人揃うのも久し振りだ。とはいえ、あれこれをセーラさんが取り仕切り、「加加阿菓子(シアコリット)でいいですよね」と、器に山盛り茶色い菓子を積み上げて出し、お茶っ葉もたっぷり使って人数分から全員がお代わりできる分までの香茶をポットに入れて手際よく机の上に並べていくその様は、毎日のように見ているので今更久しぶりな気持ちにはならない。


 重ねて言うが、ここはハドラの家だ。


「まずはサリナス・カルガディアの人物像を調査した限りで詳細にお伝えするでます」


 コリ、と奥歯でお菓子を噛みながら、レマが机の上に三枚の紙を取り出した。正確に言うと束三つ。一つだけ、何枚か紙が紐で閉じられた紙束がある。


 机は使い古された木製のもの。椅子は四脚。何とはなしに俺とゼノンが床に座る形だったけど、二人して立ち上がり机の端に手を置いて、ぐいと覗き込む姿勢を取った。




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