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遙かなるユイス・ゼーランドの軌跡  作者: 乾 隆文
第二章 第二節 後継の儀
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2-2-6.「なんなんだよこの部屋!」







「俺は納得できない!」


 お、アグロが手を挙げた。そりゃそうだよな。普通認められないよな! うん、俺だったら多分認められないと思うぜ。


「こいつにシーラとの結婚の意思がないなら、今の勝負はただシーラが強い奴を用心棒として雇ったってだけになるじゃないか! そんなの納得できない。強けりゃ誰でもいいって話になるだろ!」


「ふむ。ですが、実際そうです。極論すれば、新頭領が見付けてくるパートナーなど、強ければいい」


 副頭領身も蓋もない。


「ミルレンダインのやり方は、シーラとあなたが踏襲する。外から入ってくる者には、団への迎合など求めない。新しいやり方を持ってきてくれればそれでよいのです。ただ、強さだけは求められる。後継の儀が決闘の形をとっているのはつまりそういうことだと、あなたも理解していたのではないのですか?」


「そ、それは……」


「頭領の決定に異を唱える権利はあなたにもありますが、勝負の相手に云々する権利は、敗者のあなたにはありません」


 そして容赦もない。


 哀れアグロはみんなの前で改めて敗者の烙印を押され、拳を握って体を震わせるばかりになってしまった。


 なんか、ごめん。うん、ホント、でも俺が謝るのも違うと思うし。敢えて言うならそう、悪いのは全部シーラだと思うんだ。


「他には何もありませんか? もしなければ、これにて後継の儀を終わりにします。この場を以てアグロ・ダインとデリダの婚姻を認め、この二人を第六代ミルレンダイン副頭領と致します。私たち、ジェブル・ダインとヤツミナ・ダインは、同じくこの場を以て副頭領の座から退きます」


 ジェブルの静かな宣誓に、皆がおおぉと声を上げる。


 そうか。この儀はこんな重要なことを決めるものだったのか。改めて俺は感嘆の息を吐き、人々の表情を感慨を持って見詰めた。盗賊として生きる人たちの生々しい息遣いに触れている、そんな実感がようやく湧いてきていた。


「頭領の決定については変則の結末となりましたが、以降、条件を満たした時に改めて、シーラ・ミルレンディアの婚姻と頭領就任とを、皆で認めたいと思います」


 おおぉお!と、再び歓声。心なしか、アグロ達に向けられた声より大きい気がする。


 彼らの生活を実感する程、なんだか俺が、その重要な儀式をひっかき回してしまったように感じて申し訳なくなる。全部シーラが悪いんだけどな! シーラが!


「さあミルレンダインのバカども! 堅苦しいのはここまでだ! ここから先はいつもの調子で、たっぷり飲んで食って楽しもうぜ!」


 今度はマウファドが大声を張った。


 よっしゃあああ、とこの夜一番、皆が盛り上がった。


 広場のすぐ横に、大きな天幕の張られた広いスペースがあった。食べ物も酒も、先んじてそこに用意されていたらしい。行儀よく円を描いていた連中があっという間に居ずまいを崩し、口に入れるものを広場に運んではさっそく飲み食いし始めた。


「さぁウェル! あたしたちも飲も!」


 ぐっと俺の腕を掴んで、その喧騒の中に俺を引っ張り込もうとするシーラ。


「お、おい待てって! お前には先に言いたいことが――」


「悪いな。話は俺が先だ」


 腕を引っ張る力が、ふっと弱まった。


 走ろうとしたシーラの道を、巨体が塞いでいた。


「あ。……父さん……」


「ちょっと来い」


「いや、待って待って。今回のことはその、いろいろ事情が……」


「聞いてやるから来い」


 有無を言わせぬマウファドお父さんの迫力。あの奔放なシーラが、しょんぼりと肩を落としてトボトボあとをついていく。さすがの貫禄だなと、二人の背中をぼんやりと見送った。



 

 その後の宴席は、本来は新しいリーダーの決定と、その婚約のお祝いとして用意されていたのだろう。けどむしろ、今回については「どちらもうまくまとまらなかった」っていう衝撃ニュースの方が、皆に注目されているようだった。当事者の俺は、手に持たされた杯を乾かす暇もなく、次から次に周りに集まってくる人々から質問攻めに遭い、好き勝手言われるのを苦笑いでやりすごしていた。


 酒を飲むのは人生で二度目。そもそも故郷の法での酒が飲める年に届いてから、まだほんの二週間足らずだ。慎重にしようと機を張ってはいたんだけど、構わず飲ませてくる盗賊たちの勢いにはなかなか抗えなかった。


 知らない連中に囲まれるのもなかなか気疲れする。シーラはまだかと首を傾げた回数、十回を超えて、ようやく彼女は戻ってきてくれた。頬を膨らませ、父さんは話が長いんだよ、とぶつくさ言いながら。同情の余地はない。拳骨喰らってこぶの一つも作ってこい。愚痴を聞かされた俺の、素直な感想だった。


「……で、何なんだよこの部屋!」


 そろそろ空が明らんできた頃。ようやく俺は、この、ミルレンダインの領地の中に自分の部屋を用意してもらった。


 いや、用意はそもそもされていたんだろう。宴が盛り上がり、誰もこの時間まで案内してくれなかっただけのことだ。場が煮詰まって、少しずつみんなが潰れ始めて、そしてようやく案内された部屋がここ。シーラのタントールに比べたらずっと立派な造りの、岩窟を削って作られた小さな部屋。布切れや綿の上に筵を引いた、一人半くらいの広さの小さい寝具が、部屋の真ん中に一つだけ用意されている部屋だった。


 ……いや、だけじゃない。仄かに感じるねっとりとしたお香の匂い。部屋の隅に隠されてるみたいに置かれた、水がいっぱい張られた木の桶。寝具一つしか置いてないくせに、どう見ても、ゆっくり睡眠を取ってくださいって部屋じゃない。


「俺はお前と結婚なんかしないって言ってるだろ! なんなんだよこの部屋!」


「んン~、そんなこと言ったって、ここは新頭領夫妻のために用意された部屋なんだからさぁ。どうぞ朝まで激しく楽しんで、ってつもりで支度されたに決まってる」


 むにゃむにゃと、筵に倒れ込んだシーラは、一応俺に返事をくれてはいるが、もう半分寝ているような状態だ。コイツにとっては祝い酒が、自棄酒だったのかも知れない。


「だ、……だったら、昨日の部屋でいいじゃんかよ! 昨日は、お前のタントールとは別の部屋用意してもらったじゃん!」


「昨日は儀の前日だもの、客間しかなかったよぉ。でも今日からはミルレンダインの一員なんだから、自室が用意されるし客間は片付けるでしょお~」


「じゃあお前のタントール! あそこはまだ片付けてないだろ! お前あそこで寝ろよ!」


「いやぁ~、もう眠いもん。一歩も動けなぁい~」


「ふざけんなよ、起きろ、起きろってば!」


 声を張り上げるも、もうシーラの目は全く開いていない。二人用の寝具が並ぶ、その真ん中あたりで、両手を大きく広げ、腹を出して沈むように目を瞑り、口を開けている。


 着替える余力もなかったらしく、格好は普段着のまま。特別な雰囲気があるわけじゃないけど、そもそも露出の高い服装で細い肩やくびれた腰回りの素肌が酒に赤く染まった様子は、ひどく煽情的。


 襲われないで済んでるのはよかったのかもしれないけど、この風景だけだってそう、健康な年頃の男が大人しく寝るにはあまりに刺激的過ぎるんだ。


 ああくそっ、腹が立つ! 


 緊張に次ぐ緊張の戦いを終え、飲み慣れない酒をしこたま飲まされ。そもそも慣れない環境で疲れ切っていた体だというのに、これじゃ落ち着いて寝ることもできない。


 イライラとした腹の内。壁を蹴るくらいの八つ当たりの気力も湧かず、仕方なく壁際の冷たい床に尻を下ろして、座った姿勢で腕組みをして、無理矢理目を瞑ることにした。


 ユリの山奥と比べたって、きっと便のいい生活環境じゃない。来る前から覚悟はしていたけど、眠れない状況がこんな理由で生まれるとは、さすがに想像してなかったな……。





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