2-16-6.「ひょっとして、嫌精石の仕事か?」
「とにかくあの女、ミルレンダインの新頭領を連れて来い、敵わないなら殺してこいって、命令してきやがった」
「それを、セグレス一人に任せたっていうのか?」
怪訝な話だと、つい口を挟んじまった。
「まさか。俺は穏便に話をまとめるための交渉役だ。他にアリオーネの女が二人、監視役に付けられてた」
「女かよ」どうでもいいところにゼノンが噛みついた。
「男はみんな、マンドルマに囲われてんだ。差し詰めマンドルマは女王蜂。働き蜂はみんな女なんだよ」
うへぇ、とゼノンが舌を出して呻いた。随分歪んだ集団らしいな。確かに俺も、そのマンドルマって奴がどんなに強いとしても、あんまり近付きたいと思わない。
「で? そいつらは今どこにいんのよ?」
ミディアが先を促した。
「道中で撒いた。多分、あのヴォルハッドの男に殺されたと思うよ」
答えは素っ気なかった。そして、これ以上ない納得感があった。
唯一、ハルトスがふふんと鼻を鳴らしている。やっと本題に入ったな、と言いたげに。
「ねぇ、セグレス。君は、ボズロとはどこで会ったんだい?」
「アリオーネの根城を出発して、割とすぐだったよ。監視役の二人が勝気に逸って剣を抜く間に、俺一人逃げ出して、全力で駱駝を飛ばしてきたんだ」
「アリオーネからここまで? よく逃げ切れたね」
「……ミルレンダインの根城で見た、あいつのことはよく覚えてたからな。姿が見えなくなろうが、昼も夜もなく、とにかく全力でここを目指したんだ。干からびようが体が壊れようが、追い付かれて確実に死ぬよりはマシだ。そして同じ死ぬんなら、何が何でも情報だけでもシーラに届けなきゃ。そう思ってさ」
苦い表情で、セグレスは笑った。
何を嘲笑うことがある。セグレスの判断はすべて正しかったじゃないか。ボズロに相対することもなく、休息も取らずにひたすら砂漠を駆け抜け、最終的に生きて情報をシーラに届けられたんだから、これ以上何も言うことはない。敢えて言うならグァルダードには甚大な被害を与えてしまったかもしれないけど、それはセグレスを匿うって決めたハルトスの判断だ。セグレスのせいじゃない。
まぁ、でも。一方で、その思いを声に出せなかった俺もいる。俺がセグレスの立場でも、多分自責が止まらなかったろう。仲間の仇と対峙して、戦う気を欠片も持たず逃げたんだ。内心の悔しさは、想像に容易い。
「けど、あの男も大概、ベッタベタにしつこいんじゃない?」
ミディアがめんどくさそうに口を開いた。
「実際のとこ知らないけど、あんたは随分長い距離をすたこら逃げてきたわけでしょ? で、あの男もその長い距離をバカみたいにずんずん追い駆けてきて、ここまで来た。そこまでしつこくする理由は何なのよ。ミルレンダインの残党だからって話でもないんでしょ」
「ふむ。確かに一理あるね」
悪態にも似た疑念に、まず同意を示したのはハルトスだった。腕を組み、手近な机に寄りかかって、にんまりとセグレスを睨む。
セグレスには、どうやら思い当たる節があったらしい。
「四人。そう言ってた。あと四人殺さなきゃいけなかった。二人はいい。今は泳がせる。けど、あとの二人は余計だ。――そう、……うん、そう。あれは多分、アリオーネの二人じゃなくて、俺だけに言ってたセリフだった」
「四人?」
俺とシーラの声が重なった。
「ミルレンダインの中に、特に殺さなきゃいけない人物が四人いたってこと?」
「あと四人、だな。元々何人殺すつもりだったのか知らないけど」
「それが、あいつが最後に言ってやがったユイス・ゼーランドからのご命令ってワケか」
ゼノンが、思い出したように言った。「ゼーランドじゃない誰かからのご命令だ」。思わず、ムキになる。俺の中でどうしてもこれだけは聞いて流せないところ。
「多分、その四人の中に俺とシーラも入ってるんだと思う。もっと言えば、『今は泳がせてくれてる』らしいのが俺達だろう」
「……そうね」
シーラの相槌が、苦渋に汚れていた。セグレスの前で自ら認めるのは、いささか抵抗があったみたいだ。
「俺とシーラと、セグレスと、後もう一人……」
「なんか恨み買うようなことしたんじゃねーのか? 四人でハイエナしてきたとか」
「馬鹿言わないでよ! ウェルがレルティア嫌がるんだから、あたしウェルとグァルダードに通うようになってからはケーパしかしてないんだからね!」
茶化してくるゼノンを、シーラが怒鳴り付ける。俺もその言葉にしっかと頷いた。
けど、正直セグレスとの共通点、と言われても困る。根城でも、それ程会話する仲でもなく。絡んだと言えばそれこそあの嫌精石を運んだ仕事を一緒に請けたくらいで、それで言ったらセグレスだけじゃなく、サディオも、カルートも、ネメアも……。
――ん?
「ひょっとして、嫌精石の仕事……、か?」
「え?」
ぼそっと呟いた一言。よく聞こえなかったとシーラが聞き返してきた。
セグレスには聞こえたらしい。目を丸くして、顎許に手を当てて、ぼそぼそ何か口にして、やがて「あっ」と大きく声を発した。
「そうか、それだっ! 俺とシーラとウェルの共通点! あの仕事を請けたメンバーなんだ。あと四人ってのは、じゃあもう一人はサディオだ! あの仕事に関わった中で、俺達とサディオの四人だけが生き残ってるんだ!」
ホントだっ、と、シーラも息を飲んだ。
俺たち三人の他は、何の話だかわかっていない。「詳しく聞いてもいいかな」と、ハルトスが笑顔で聞いて寄越した。
答える役目は、引き受けよう。
「ミルレンダインの仲間二〇人くらいで、護衛の仕事を請けたことがあるんだ。ベイクードの何とかって金持ちの家から、えぇと、どこかの村――」
「シカリッドの集落だったよ」
「そう、そこ」セグレスにフォローされてしまった。目線で礼を伝えながら、「そのシカリッドまで、大量の嫌精石を運んだ。正確には、運ぶのを護衛したんだ」
「何で俺も呼ばねーんだよ」
ゼノンが突然、本旨と関係のない駄々を捏ねてきた。めんどくさいなと肩を竦めながら、「次があったらもちろん誘うよ」と軽く受け流す。ハルトスが苦笑いしていた。




