2-2-5.「必ずあんたを倒して、大手を振ってここを去るよ」
斬るわけじゃないのかと、俺は首を捻った。怒りに任せて俺を両断するつもりなんだと、すっかりそう思い込んでいた。違うのか。驚きが先立つ。
「ウェル・オレンジか」
剣を収めたマウファドが、俺の名前を呼んだ。
あ、ああ。戸惑いながら答える。
「悪くない剣筋だ。少なくとも、ここの若手連中よりもずっといい。父親譲りか?」
唐突な質問に、変な音を喉から漏らしてしまう。
「あ、え? いあ、や、両親は小さい頃に別れた。父親の顔なんて覚えてもいない」
「そうなのか? あのクソ野郎にそっくりな太刀筋だと思ったがな」
俺の父親を知っているのか? 俺は首を傾げた。父親のことなんて、多分俺が一番知らない。母さんは何も話してくれなかったし、ユリに移ってからずっと、ユイスおじさんが俺の父親代わりだった。
「なんにせよ、勝負は俺の勝ちだ」
髭面が、初めて笑った。にんまりと、黒い長い髭を引き裂くような大きな笑い。
思わず、びくりと肩を震わせてしまった。
だが次の瞬間、マウファドは俺から目を逸らし、観衆に向かって大声を上げる。
「皆! 先程の勝負、そして今の俺とこの男の勝負を見届けてくれたな!」
不安そうな顔でこちらを見ているシーラ。
にやにやと愉しそうに笑っているアグロ。
そしてきょとんとしているデリダと、無責任に様々な感情を顔に浮かべている観衆たち。その全ての目が、マウファドに集められた。
「この男は、俺達ミルレンダインにとって重要な掟である後継の儀に、シーラの婿の役を担って登場し、勝利を勝ち取った後にその役を降りると言ってのけた!」
ざわつく観衆。マウファドの真意は見抜いたとばかり、みんな非難囂々劇がかった反応を見せる。なんて不遜な奴だ。許せない、八つ裂きだ! 到底本気には聞こえない大仰な口ぶりで、作った罵声を俺にかぶせてくる。
なんだこの茶番。首を捻った俺に、マウファドがその答えを示してよこした。
「そうだ、怪しからん。ふざけたこの男をどう裁くかは、ミルレンダインの掟、そして盗賊の掟に習おうではないか!
即ち、まずはミルレンダインの掟に従い、全ての決定を頭領が為すものとする。
現頭領、このマウファドは、第六代頭領の座を俺の娘シーラと、その婿であるこのウェルに与える!」
「なっ」
じろり睨み上げる。
そんなこと、俺が責任を持って果たすと思っているのか。そもそもそんな風に観衆が受け入れていると思ってるのか。
マウファドの言葉は続いた。
「ただし、この男が自らシーラと契りを結び、この座を継ぐと決意をするまでこの権利を与えない。その覚悟を決めた時に初めて、二人の結婚と頭領の座の継承を認める。それまでは俺が頭領だ。この決定を覆す権利は、俺以外にはない!」
おお!と観衆が声を上げる。
まさか、俺が首を縦に振るまでここで飼い殺しにするつもりかっ?
「そしていま一つ、この砂漠に普く貫かれるべき、盗賊の掟に従う。即ち、強者が全てを手に入れること!
よって、ウェルは俺に勝った時のみ、この決定を覆す権利を持つ! そして例外として、俺が死んだ場合、あるいはウェルが死んだ場合にも、この決定は全うされないものとする!」
おおおぉぉぉっ! この夜一番の歓声が、砂舞台を包んだ。マウファドの決定が強く受け入れられた。それが、ぼんやりと立っているだけでも感じられた。
「いやちょっと待てよ!」たまらず、叫んだ。「俺は何にも承知してないぞ! シーラに騙されて仕事を引き受けただけだ。なんで俺が、ミルレンダインの掟に従わなきゃいけないんだ?」
「お前がここに来たからだ」
俺の異議は、きっと、この男の一瞥ほどの迫力もなかったんだろう。
「シーラのやり口への文句はシーラに言え。そして、経緯はともかく自分からのこのこやってきた以上、この団のやり方に従え。それが嫌なら、全てを力で捻じ伏せてみせろ」
マウファドの言葉に、俺は何も言い返せなくなった。それは、確かにそうだ。だってそれこそが、俺が憧れていた砂漠の生き方そのものなんだから。
それに、取り立てて非常識ってわけでもない。その社会に入ったなら、その社会のルールに従え。ソルザランドでも、恐らく他の先進国でも、それはごくごく当たり前のこと。むしろ、「勝てばルールを変えられる」緩やかささえあるんだ。考えようによっては他所よりも優しいとさえ、言えるかもしれない。
それに……。マウファドを見上げる。
黒い長い髭で口許を隠す、剛の体躯を誇った巨漢。その強さは、たった今身をもって痛感したところだ。この男を倒せる程に強くなれれば、胸を張って故郷に帰れるのではないか。「強くなった」と、疑いの余地なく自分を認めることができるのではないだろうか。
考えようによっては、明確な目標が示されたと受け止めることもできる気がして、俺は少し気分が持ち上がるのを感じた。
「……わかった。納得した。しばらくここで世話になる。そして、必ずあんたを倒して、大手を振ってここを去るよ」
「いい度胸だ。いつでも相手してやる」
もう一度、マウファドが笑みをくれた。やっぱり、ぞくりと背筋が震え上がるような、迫力のある笑い。それでも彼なりに俺を認めてくれているのは伝わって、何だろう、無性に嬉しくなった。
「はっはぁ、さすがオヤジだね! あたしは、ウェルならオヤジを越せるとは思ってるけど、それより先にはあたしがウェルをオトしてみせるわ」
そんなあんまり考えてなさそうな言葉とともに、俺の首に抱き着いてくるシーラ。
うん、俺もマウファドの言葉には納得したけど、こいつに道理があるとは欠片も思ってないからな。てかお前はまず土下座から始めろ?
などとうだうだ考えていると、マウファドの隣にもう一度、副頭領の二人がゆっくりと歩いてきた。
「副頭領ジェブル、そしてヤツミナの両名は、頭領の決定には異議ありません。思うところがある者は、今この場で言うように」
そして、仰々しく観衆に宣言する。すごいな、こんな流れで、異を唱えるやつが全然いない。こいつら本気で、俺みたいなのを頭領にしてもいいって思ってるのか?




