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遙かなるユイス・ゼーランドの軌跡  作者: 乾 隆文
第二章 第二節 後継の儀
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2-2-4.「背筋が総毛立ち、俺は慌てて剣を抜いた」








 いや、いや流されるわけにはいかない。そういうことでよろしくない。俺は砂漠に、嫁を探しに来たわけでも、骨を埋めるつもりで来たわけでもない。


「全然よくないです。シーラからは、『この一試合を一緒に戦ってほしい』って聞いて、その仕事を請けた。その仕事は果たしたはずです。そこから先は別契約だし、いくら金や報酬を積まれたって、できない仕事を請ける気はない」


 観衆が、また無責任にざわつき始める。おいお嬢、お前の色香でも騙せない男がいるんだな。茶化すようなふわついたざわめき。


 ああ、と呆れ顔でこちらを見守っているデリダ。


 誰よりも大きな殺気を放ち、こちらにぶつけてきているアグロ。


 俺の目の前に立つジェブルも、隣のヤツミナとやらも、揃って困ったような表情こそ見せるが、更に困った顔をしてるのはシーラ本人だ。いや知ったこっちゃないけど。


「ねぇちょっと待って。この期に及んで、そんなことよく言えるね」


 堂々と、そんな逆ギレを俺にぶつけてきやがる。


「ふざけんなよ? この期に及ぶまで何にも説明しなかったのはどこの誰だ」


「えぇ。だって前もって言ってたらウェル仕事請けてくれなかったでしょ? でも後継の儀が終わればこういう雰囲気になるし、そしたらもう断れないかなぁと思って」


「断るに決まってんだろ。あ、お前さては昨夜突然迫ってきたのもそういう計算だったんだな。既成事実を作ってとか何とか」


「あ、いや、え? 既成事実って何? 昨夜は普通にただシたかっただけだけど」おい淫乱なのは根っからか。「まぁ、一生(つが)うなら体の相性もいい方がいい、ってのはあるし、試したかったのはあるんだけどね」


「あーわかったわかった、そういう話はいいわ。とにかく俺はお前とは一緒にならない。ミルレンダインの頭領にもなれない。仕事は終わりだ。さっさと金払ってくれ。金以外は受け取らない」


「ちょ、ちょっとぉ」


 拳を握って腰の脇に揃え、憤懣の表情をするシーラ。冗談じゃない。好きでもない相手と結婚なんかできるか。


 ふいとシーラから目を逸らして、そこでようやく、気付いた。俺が一番にその顔色を気にするべきは、シーラでもなければジェブルでもなかった。真っ先に見るべきは、ミルレンダインの今をまとめる髭の大男、儀がこういう結果になって、真っ先に口を開くべきは、マウファドだったんだ。


「…………」


 沈黙を守る頭領に、ジェブルがすっと場所を開ける。


 入れ替わり、俺の前に巨体が立った。間近から見下ろされる、この迫力。ちょっと他のものに例えるのが難しい。


「……この儀がどういう意味を持ったものなのか、理解していなかったのか?」


 重い口調で、マウファドは俺を睨んだ。迂闊な返答はできない。背筋を冷汗が走る。


「この団にとって大事なものだってのは、話は聞いてるし、想像もできる。ただ、俺はシーラから『今日の試合を一緒に戦ってほしい』っていう依頼を受けただけだ。それ以上のことに関わるつもりはないし、関わることはできない」


「……お前」


 やべっ。


 背筋が総毛立って、俺は慌てて背後に飛び退り、剣を抜いた。


 動悸が止まらない。マウファドは、一歩も、いや指一本動かしちゃいないのに。


「待って父さん! ウェルは悪くないの! これは全部あたしが――」


「お前の話は後だ。まずは」


 腰の剣を抜く。


 切っ先は。


「この男!」


 抜いた刃はそのまま俺の剣へ。


 構える暇も、両手に力を込める余裕もあったはず。それでいて、触れた瞬間俺の剣は肘まで丸ごと持っていかれそうになった。


「――っ!」


 痛みが、声を殺した。


「本気で来い! 臆したり、手を抜いたりして勝てる相手だと見縊るなよ!」


 怒号が響く。


 呆然としていた観客共が、俄かに活気立った。


 よっしゃいいぞ、やれやれぇ! 頭領そこだ、やっちまえ! 新頭領もただで負けんなよ! ……好き勝手に騒ぎ始めている。


 その気楽な様子に若干の苛立ち。それが焦燥を激しく煽ってくる。ってか誰が新頭領だ。


 ガギン! ギャイン!と剣が鳴く。


 マウファドは、俺のものより一回り大きな諸刃の剣を、しかし片手で振り回している。それでいてこの重さ。両手でなお防ぐのが難しいこの圧力。反撃の余地なんて、どこにも見付けられない。


 そう言や、デリダは剣戟の合間に魔法を繰り出してきた。まさか、この男相手にもそこまでを覚悟しなきゃいけないのだろうか。この上魔法攻撃まで喰らったら、反撃の糸口はおろか命さえ手放す覚悟をしなきゃならなくなる。


「安心しろ、魔法は使わない」


 見透かしたのか、マウファドが言った。


 にやりとも笑わず。表情を変えず。撃と撃との僅かな合間に、息も乱さず伝えてきた。


 畜生、こっちは口許に苦笑を浮かべるのさえ一苦労だ。剣を受けるのに必死で、一瞬でも歯を食いしばるのをサボると、そのまま吹っ飛ばされちまいそうなんだ。


「ち……っ」


 ジリ貧だ。何なりと手を打たないと。


 一刀集中。


 もう何度目か、大上段に振り上げては一気に振り下ろされるマウファドの剣を、縦に、ほぼ平行に剣を構え右に逸らす。


 今まで小憎らしい鳴き声を上げていた刃が、ここで耳を塞ぎたくなるようなギリギリした摩擦音を立てた。マウファドの剣が俺の右肩を掠め、袖の先をこそげ取っていく。ほんの僅か角度を見誤っていたら、肩の肉が削ぎ落されていたところだ。


「っ!」


 マウファドが目を見開いた。


 よし、と手応えをつかむ。マウファドの剣から隙を生んだ。敵の目を見てそれを確信しながら、俺は両手でしっかりと握った柄をそのまま振り上げた。


 そしてそのまま、がら空きの敵の右肩を狙って振り上げ。


「がは……っ!」


 振り下ろす前に、腹に重い一撃を食らって一メトリほど弾き飛ばされた。


 一瞬、何が起こったのかわからなかった。


 ただ、息ができなくなるほどの攻撃の重さだけを感じていた。


 片膝を付き、片手で腹を押さえ、胃液をいくらか砂の上に零して、ようやく顔を上げられるようになって、状況を必死に読み取る。


 流したと思ったマウファドの剣。握った右手を拳を返さずそのまま振り上げ、剣の柄を俺の腹に思い切り打ち込んできたらしい。


 蹲る俺のすぐ横で、奴は剣を右手に仁王立ちしている。


 あー……、これは無理だ。


 今だ呼吸が足りていない俺は、しまったなぁと心の中で手を合わせた。


 砂漠の二日目でもうこんなことになるなんて、ティリルになんて言やいいんだ。


 すぐ帰るって約束したのになぁ。悪い、こんなに早く破ることになるなんて。


 観念した俺に、しかしマウファドのとどめは一向に届かない。


 しばらくして、俺のダメージが回復するまで、結局奴は身動ぎしなかった。


 観客の歓声は、もう一度立ち上がった俺に向けられた。やるじゃないかと。すげぇなあいつと。……どこがすごいんだよ、一撃も攻撃を振り下ろせていないのに。防御姿勢さえとらせてないのに、なんにもすごいことないじゃないか。


「まだできるか?」


 マウファドが聞く。


 俺は素直に首を横に振った。


「勝機が見えない。観念したよ」


「そうか」


 静かに、マウファドは剣を腰の鞘に収めた。




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