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遙かなるユイス・ゼーランドの軌跡  作者: 乾 隆文
第二章 砂漠の塔 第一節 最初の依頼
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2-1-1.「新天地。ここから俺は、歩き出すんだ」








 船を降りると、俺は大きく一つ深呼吸した。風の匂いが違う。胸の中に入り込んでくる、空気がまるで別物だ。


 ほんの十日前、旅立つ日の故郷では、雪を見た。都のサリアまで上ってくると、既に春の陽気だった。そして、この砂漠の国ダザルトでは、暖かいのを通り越して額がじんわり滲むほどの強い日差しを浴びている。


 十日間。馬に跨って山道を渡り、都からさらに船に揺られて。疲れもピークに達している体に、追い打ちをかけるような気候の変化だ。


 それでも俺は、いよいよ到着した新天地に、叫び出したいくらいの高揚感を覚えたんだ。


「ここが、ダザルト……!」


 大声で叫び出したいくらいの感動。でもさすがに、人の多い港で絶叫するのは咎められた。代わりに万感込めて息を吐く。


 ここから、俺の冒険が始まる。


 ここから、俺は歩き出すんだ。


 意気を揚々、右の拳を左手でぱしと受け。それから背負った剣鞘のベルトをぐっと右手で握って。半ば無理矢理、体から疲れを追い出した。


「よし! 行くぞ!」


 向かう先は、《盗賊同業者組合(グァルダード)》支部。町の中央にあるって聞いた、この国の中枢組織の窓口。


 そこでこの砂漠の情勢を聞き、今後の動き方を決めよう。


 さくさくと、踏み出した足が鳴らす音、やけに耳に心地よかった。




「ウェル・オレンジ。十八歳。国籍はソルザランド。外見は――、濃茶の短髪、細腕の中身長。装備は背中の剣と腰のナイフ。……登録情報はないようだが、メダルは?」


 汚らしく口髭を伸ばした緑縁眼鏡の事務員が、グァルダードの窓口で応対してくれた。


「いえ、初めて来たんです。その、登録って、何を登録すればいいんですか?」


「おいおい、シロートかよ」


 丁寧に質問したつもりだったのに、事務員は露骨に嫌そうな顔をした。


 飾らない対応はお国柄、ってのはわかってるつもりだったけど、しょっぱな嫌悪をぶつけられるとさすがにこっちもムッとする。


「シロートですみませんね。わかんないから聞いてるんです。説明は窓口の仕事じゃないんですか?」


 どうにかこうにか、メッキを張った俺の「丁寧な口調」くらいは保てたか。


「暇な観光客の相手すんのは仕事じゃねぇんだ。物見遊山なら他所でやってくれ」


「観光じゃないです。砂漠で、強くなるためにここに来ました。

 故郷で我流で腕を磨いてはきたけど、この力がどれ程のものかを確かめたい。本場の盗賊たちを相手に、自分の剣がどこまで通用するかを知りたいんです。そして、もっと強くなって、アイツをこの剣一本で守れるような一人前になりたい……!」


「ガキの冒険心なら猶の事相手にできねぇな。生きてるうちに帰んな。その方が身のためだ」


「こっちは本気なんですよ!」


「わかってるさ。だから帰れって言ってんだ。いくら血生臭い国だって言っても、無駄に人死にを増やしたいわけじゃない」


 まるで聞いてくれない。こっちもだんだんイライラしてきて、バンと両手で机を叩いちまった。口調もついつい荒くなる。


「あんたに命やら何やら保証してほしいわけじゃないんです。ただ、砂漠の情勢とか、盗賊たちのやり方とか、そういうものが知りたい。教えるだけもできないんですか」


「明日死ぬ奴に何かを説明することほど、報われない労力もねぇだろ?」


 ナメられてる。それはよくわかった。けど、ここで自分の実力を証明するものも何もない。剣を抜いて構えたところで、この男の気を変えられるとも思わなかった。


 舌打ち一つ。男に背を向けて窓口から離れ、脇にあった木のベンチにどっかと座る。そして「はぁあ」と深い溜息。第一歩から踏み外すくらい予想外でもないけど、まぁでも、士気が下がるのは仕方ない。


 他に誰もいない、狭い事務所。日も暮れてきた。どうするか。一度外に出て宿を探すか。


 と。考え事を切り裂くように、バタンと乱暴な音を立てて、扉が開いた。


 けたたましく建物に入ってきたのは、紺色の髪に赤い瞳。茶色のマントを適当に肩に掛けた、同い年くらいの女性だった。なんていうかすごく、その、スタイルがいい。……いや、うん、正直、その、……エロい。


 ――いやだって、マントの下は胸と腰回りを下着みたいな服で守ってるだけで、肩とか腹とか滅茶苦茶露出してんだもん。どこ見てんだよって自分でも思うけど、でも腰の細さと胸の大きさは、真っ先に目に付いちまう特徴だったんだ。


「誰か仕事請けてくれるヤツいない? 長期。若くて強い、イイ男限定」


「ちょ、ちょっとシーラ。いきなりなんだよ」


 窓口に噛みつくように両手をかけ、大声で受付に話しかける女性。


 事務員も顔見知りらしい。シーラ、とその名を呼んで、勢いを落ち着かせようと声を穏やかにしてる。艶やかな外見に似合わず、随分と幼げな声で腕白にしゃべるなぁと、つい笑いそうになるのを必死で噛み殺した。


「ねぇ、誰かいない?」


「そんなこと言われても……。まずは仕事を依頼してくれよ。それから募集かけるから、いつもみたいに何日か置いてまた――」


「そんな暇ないんだって。今すぐ欲しいんだよ。ねえ、誰か強くて顔のいい男、今すぐどっかに落ちてない?」


 滅茶苦茶だな。話の理不尽さに、耐え切れず今度は笑ってしまった。


 その声が聞こえちゃったか、彼女は視線を待合席に向け、俺の方を見た。


 そしてぞんざいに指差す。「あれは?」


「あいつはケーパじゃないよ。盗賊でもない。ただの観光客さ」


「だっ、……だから観光じゃないって――っ!」


 立ち上がって抗議。けど、女性はそんな会話には興味ないらしく、自分から聞いたにもかかわらず、事務員の紹介セリフもろくに聞いてないみたいだった。


 まじまじと俺を見つめ、俺の周りをぐるり周って検分。背中の鞘に手をかけ、艶めかしい指をそのまま肩の方に回して。それからその細い人差し指を自分の口許に添え、ふぅんと粘こく鼻を鳴らした。失礼にも程があったけど、不思議と腹は立たない。ただものすごく、困惑する。


「な……、なんですか?」


「あんた、名前は?」




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― 新着の感想 ―
[良い点] ギルドのパターンはよく見ますが、盗賊同業者組合というのは初めて見ました。斬新な発想ですね。組合にふさわしく職員から集まってる人も相応の方達のようで、主人公は人柄が良さそうなので大変そうです…
2021/10/12 07:33 退会済み
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