第九話 別に文句じゃないけれど
何時間村から離れていたか分からない。帰ってきた時、もう既に炎を囲む男達の姿はなく、弱々しく揺れる炎だけが残っていた。
火事になったら大変だな、と思いながら自分の家に入ろうとした瞬間、腹部に痛みが走った。
変なものは食べてないし、拾い食いもしてない……わけではないな。
寄ってきた動物の肉やその辺にある草やキノコを食べていた。だが、何故今なのだろうか。この森に足を踏み入れてから何十日も経っている。逆に、何故今まで腹を痛めなかったのだろう。
原因の分からない腹痛に、俺は急ぎ足で川に向かった。
上着とシャツを脱ぎ捨て、川の真ん中で膝を付き深呼吸をする。
使いかけの聖者の涙が入った小瓶を口に咥え、少しずつ飲みながら俺は腹に手を突っ込んだ。
すぐに腸を掴み引きずり出す。一気に大量の血が流れ出したが、構わず引き裂いて腸の中を川の水で洗う。
一通り綺麗にしたあと、腸を無理矢理腹の中に押し込み、未使用の聖者の涙をまるまる一個使う。すると数秒で傷口が塞がり元通りになった。
俺は深く息を吐いた後、体や指に付いた血を洗い落として服を着る。
冷たい。
俺は濡れた上着にそんな感情を抱きながら村へ戻り家に帰った。
暗い。
家に着いて初めに感じたことだった。今更ながら窓がないことに気付いた。
これなら外に出た方が明るい。が、俺は住まわせてもらっている身。文句を言える立場じゃない。
懐中電灯で真っ暗な家の中を照らし、リュックを探す。
この家は狭い。リュックをすぐに見つけられ、俺は安堵の息を漏らした。
文句ではないが、この家は鍵が無い。いつでも誰でも入ろうと思えば入れる。何か物なんて置いていれば盗み放題だ。
とは言ったものの、泥棒は絶対にしないという村人同士の信頼関係でこの村は成り立っているのだろう。
それに、俺のリュックを盗んだところで大したものは入れていない。盗まれても何も思わないが、あると安心する。
俺はリュックにナイフ二本があることと、獣の左手が無いことを確認したあと、床で横になる。
別に文句というわけではないが、木でできた床は硬くて寝づらい。
だが、これほどまでに落ち着いて寝られるのは久しぶりだ。そこだけは感謝しつつ、目を閉じたが俺は眠りにつけなかった。
……左手がない。俺の左手がない。




