第三十五話 森の支配者
ここ数ヶ月は仕事の依頼が全くないし、半年ほど前に受けた無茶な仕事もまだ終えてない。だが、殺害屋であることには変わりない。
「何故そんなことを聞く?」
「あんた、金を見た事はねえんだよな?」
「見たことがないのは紙の方だ。コインの方は何度か見た記憶がある」
「見た記憶がある、って……だったら仕事の報酬はどうしてんだ? まさか受け取ってねえわけじゃねえだろうな?」
「食べ物、服、武器。それさえ貰えれば問題ないだろう」
「そんなんで人生楽しいか?」
声色はいたって変わりないが、馬鹿にされているのが分かった。
そんなことを答える気はない。
「早く仕事を済ませよう。時間が惜しい」
「無視かよ。別にいいが」
小言が聞こえたがそれすらも無視し、肩を掴んでいたおっさんの手を払った。が、「待て」と、首根っこを掴まれた。
「簡単に殺せる相手じゃない。ここから先は慎重に進む」
「お前にとっては、だろ」
「あんたもだ。……殺るなら暗殺がいい。あまり大きな声は出すなよ」
お前はお前のやり方で殺せばいい。俺は俺のやり方で仕事をする。
足音が聞こえようと気にせず歩いていると開けた場所に出た。森の外に出たのかと思ったが、そんな考えは一瞬で吹き飛んだ。
陽の光が射し込むそこには、体を丸めて眠っている獣の姿があった。近くには骨の山があり、その中には人間の頭蓋骨がいくつも紛れている。
骨ごと食べた方が楽なはずだ。それに骨を噛み砕くだけの牙も顎もあるだろう。なのに何故……?
一目で人間を食べていたということが分かるが、何故骨まで食べなかったのか、なんてどうでもいい小さな疑問が頭に浮かんでいた。
灰色の狼のような姿だが頭には黒い角が生えている。体を丸めているにもかかわらず、俺の倍近く大きい。
恐らくこいつがこの森の支配者だろう。寝ているなら都合がいい。
どこを狙えば確実に殺せるか、なんて分からない。なにせ体が大きすぎる。腕を突っ込んだところで内臓に届かないかもしれない。
こういう確実に殺せる保証がない時は必ず目を狙う。大抵の生物は目を潰されれば冷静さを失う。その後はゆっくりと体を壊していけばいい。
俺は真っ直ぐ巨大な獣に向かって走る。最短距離で目を潰すために。
「待て!」
おっさんが慌てたような声で俺を止めようとする。だがもう遅い。
目に一発入れれば確実に殺せる。
そのはずだった。なのに、
「ガァホォッ…………な、ぜ……?」
何故拳が届かない? 何故俺の身体は浮いている? 何故俺は血を吐いている? 何故獣の尾が俺の腹を貫いている?
金色の眼が俺を見つめている。腹を貫かれ無様に血を吐く俺の姿を。
俺は睨みつける。その眼とそこに映る自分の姿を。
最後に見る自分の姿がこんなに情けないものだとは……
「……殺す気なら……さっさと、殺れ…………」
「グアァァ」
今更そんな事を言われてもな……
心の中で返事をする。それと同時に俺の身体は吹き飛ばされ、近くの木の幹に叩きつけられた。




