第三十二話 それは武器じゃないだろ
右目で見ている景色と左目で見ている景色がズレている。片目を閉じれば分かる。右目の方が左目よりも低い景色を映している。
刀か何かで身体を真っ二つに斬られたのかと一瞬思ったが血は流れていない。
これは何だ?
視界に入った自分の手が前触れもなく切れた。
確実に何かによって指を切られた。そのはずなのに痛みはなく、切られた指はそのまま宙に浮き、手を動かせば一緒に動く。さらに切れた指は曲がるし、服に触れれば指先に感触が伝わる。
何が起きたのかも理解できないまま、今度は俺の腕が縦に切れる。そして切れた腕は数十センチ下に落ちた後、ピタリと宙で止まった。
腕を曲げれば、半分ズレているものの同じように動く。
感覚に何も変化はない。となるとあの玉は視界を操作するものか?
「っ……!」
俺はこの現象が何なのか聞こうとした瞬間、視界が再びズレた。右目は切れていない。左目だけだ。それに、今度は縦ではなく横に。
ふと足元を見ると、そこには前後左右上下バラバラになった自分の足があった。しかも左足は宙に浮いているのに、確かに地面を踏んでいる感触が足裏にある。
「おい、これは何だ? 説明しろ」
訳の分からない状況に苛立ちながらおっさんを見ると、俺と同じように身体がバラバラにズレていた。目が膝辺りにあったり、肘だけが前に飛び出していたり。
俺の姿もだいぶ酷いだろうが、おっさんもかなり酷いことになっていた。
「心配することはない」
心配しかないのだが。
それから俺とおっさんの身体の崩壊は加速していった。
目が切れる度、視界が暗くなっていく。
完全に視界が暗くなる前に見た景色には俺の身体はなかった。それほどまでに身体が細かく切り刻まれていたということだ。
「おい、何も見えないんだが」
「安心しろ。大丈夫だ」
「それしか言ってないんだが。これが何なのかの説明くらいしたらどうだ?」
そう聞いたと同時に視界が戻った。視界に暗い部分はなく手足も完全に元通り。
少し離れた場所で木に寄りかかって座っているおっさんの姿も、正しい位置に正しい体の部位がある正常な姿に戻っていた。
「……三日だ」
おっさんがぽつりと呟いたが、何に対して言ったのか分からず無視した。
「ここはどこだ?」
周りは巨大な木だらけ。先程いた場所とほとんど同じ景色だが少し違う。
「森の出口へ繋がる場所であり、この森の最奥だ」
「は?」
意味が分からない。何を言っているんだ?
「この玉は空間移動の道具だ。ま、座標はここに固定されてるけどな」
座標の固定された道具に何の意味があるのか。
というか、その道具は武器じゃないだろ。
「何が目的だ?」
「あんた、この森から出たかったんだろ? 手伝ってやっただけだ」
確かに言った。だが違う。俺が言ったのは森から出る最短の道だ。最奥に来る方法ではない。
「無駄なことだ。最短の道ではない」
「いいや、最短だ。あんなとこをいつまで歩いてても、そいつは時間の無駄ってやつだ。あんたも私も、この森を出るにはここに来るしか道はない」
「は? ちゃんと説明しろ」
「さっきまでいた場所は時間の流れない隔離された空間――――」




