第90話「空」
「誰でもいいってのは嘘だよ。俺だって愛した人に愛して欲しい」
「意外と一途なんだ」
「元々、一途なんだよ。口が勝手に動くだけでね」
今の一言であらゆることに納得がいった気がする。彼は、いつだって心と言葉が一致していなかったのだ、と。それを擦り合わせる作業は大変に違いない。本音で話すというのは、常人にも難しいのだから。
「自分を守る為に吐いた嘘で攻撃されてたら世話が無いよね。だから、これからは信じるに値すると思われる人間になりたいと思う。信じるのは、まだ怖いから」
「怖い、か……」
「どっかの馬鹿正直を見ていて思ったんだよ。馬鹿って伝染するんだね」
「もー、ひどいな」
「でも、アンタみたいに何でも信じる人がいるんだって知ることで、救われる人間もいるんだろうな」
まさか褒められるとは思っておらず羞恥が込み上げる。朱い顔を隠すように、私は先程、運ばれてきたチーズケーキに手を伸ばした。震える指先でフォークを握り、一口大に切り分ける。それを口に放れば、チーズ独特の薫りと甘さが広がった。けれども、甘いだけで美味しいのかどうかが分からない。
「美味しい?」
「あ、う、うん!」
無言でケーキを食べ進める私に彼が問う。先に嘘を吐くなど笑い者じゃないか、と引き攣った笑みを浮かべていれば笑われた。
「下手くそ」
「なっ! んで、刑事になりたいんだっけ!? なんでそうなったの?」
「犯罪がない世界にしたい」
「それは御両親のことがあって?」
「ううん……いや、それも理由の一つかな。もしかしたら今迄起きたこと全てが理由なんだと思う。犯罪を犯す人間には二種類いて、それはやっても反省しないような極悪人と、それ以外に選べなかった一般人なんだ。だから俺は、それを未然に防げたらいいなって思ってる」
「どうやって?」
「この力を使って」
「……利用するのは嫌じゃないの?」
「死んで後悔するなら、生きてるうちに後悔をなくさせた方がいいんじゃないかな、って思ったんだよね」
爽やかな口舌がコーヒーと共に薫ってくる。それは若芽の息吹のようで胸が温かくなった。
「いいと思う。狼谷君にしか出来ないことだね」
「アンタなら、そう言ってくれると思ってた」
「うん、勿論。私に出来ることなら全力でサポートするよ。でも、こういうことなら犬養さんに訊いても良かったんじゃない?」
「陽正が良かったんだ」
「どうして?」
「明日香は俺を信じてくれた初めての人だけど、陽正は俺の嘘を初めて咎めてくれた人だから」
「え?」
「俺に生きてもいいって言ってくれたんだよ」
それは、どの事柄を指すのだろう。抽象的過ぎて理解出来ない私に、彼は『分からなくていいよ』と告げた。嘘ではない。それでも、この真実は少しばかり居心地が悪く思えた。
「それで? 刑事になるには何をすればいいの?」
——それはね。




