第9話「嘘にも」
*
今日ほど自分の性分を恥じたことは無い。昔からあらゆる人間に〝馬鹿正直〟だと言わしめた私だが、今回の失態は刑事にとっては致命的だ。まさか嘘だったなんて微塵も疑わなかった自分の浅はかさを恨まらずにはいられない。嘆息は留まることなく、勿論、始末書を書く手は全く進んでいなかった。
「陽正! お疲れ様! コーヒー買ってきたから一服しよ」
扉の開閉音に続いて聞こえたアルトに、声の主を振り仰ぐ。そこに居たのは先輩にあたる三課の女性警部。犬養 明日香さんが笑みを浮かべていた。
「犬養警部、わざわざすみません。有り難く頂戴します」
「明日香でいいって言ってるのに。女同士仲良くしようって!」
人懐っこい笑みを浮かべ、私の額を小突く様は気さくそのものだ。彼女の明るさには心底救われる。私は貰ったコーヒーに口をつけ、改めて彼女に目を向けた。
私より少し高めの身長はエナメルのヒールを履くことで百七十近くなり、一見するとかなり長身に見える。更に豊満な胸にキュッと締まったウエストも相まって、ハッとするほど魅力的な体躯をしていた。
また、少し吊り上がった目元も、彼女の落ち着いた雰囲気に合っていてクールな顔立ちには憧れざるを得ない。艶やかな黒髪は夜会巻きになっており、白い項は女の私から見ても思わずドキリとするほどの色を醸し出していた。
美人な上に、猿島警部より早く昇進した彼女は敵が多い。今でこそ三課で指揮を執っている犬養さんだが、元一課の手腕は底が知れない。
残念なことに彼女と一緒に働いた事はないが、直属の部下ではない私を何かと気にかけてくれる彼女には、恩を感じるばかりで本当に頭が上がらなかった。
因みに猿島警部と犬養さんは、とてつもなく仲が悪い。同期だったことと、猿島警部の男尊女卑発言を鑑みれば当然だ。気の強い犬養さんが黙っている訳がない。今も、猿島警部の悪口を羅列しているあたり、相当仲が悪いのだろう。彼女の話に耳を傾けつつ、その素晴らしい体躯に視線を向ける。
なんだその我儘ボディは。反射的に自分の絶壁と化している胸元に目を向け、泣きたくなった。
「そういえば、逃げられたんでしょ? 男子高生だっけか?」
「あ、はい」
事件のあらましを掻い摘んで説明すると、彼女は突然神妙な面持ちになる。何か不味いことを話してしまっただろうか。私は不安を抑えつつも、コーヒーを仰いだ。