第89話「空色」
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永君は施設に入り、元気に暮らしているらしい。結局、超能力は綾崎を救いたいが為の嘘だったようだ。それが、こういった結果を生んだのだが、彼は私達を責めなかった。
思わず抱き寄せた身体が、あまりにも小さくて泣きそうになったことは内緒だ。狼谷君の後見人を申し出た犬養さんの気持ちが、今なら理解出来る気がした。
「待たせたかな」
私服で顔を合わせるのは初めてだ。私は着慣れないひらひらとしたシフォン生地のスカートを靡かせ、カフェで待っている彼へ声を掛けた。
「ううん」
「相談って?」
今日は休日だ。いつもなら犬養さんに連れまわされるのだが、今日は狼谷君の出番らしい。つくづく私は、この親子に振り回される運命のようだ。それでも出向いたのは、彼からの初めての誘いだからである。相談があると言われたら、大人として力になってあげたかった。
「陽正は、どうして刑事になったの?」
「悪い人を倒したかったから」
「子供みたい」
「子供からの夢だからね」
メニューを眺め、コーヒーとチーズケーキを頼む。すぐに目の前に出されたコーヒーは白い湯気を携えていた。澄んでいく湖面が自身の姿を映す。そこには大人になりきれない私の顔が映っていた。
「私は、昔から曲ったことが嫌いだったの。でも間違ってると思っても主張出来なくて……だから、それを主張出来るようになりたかった。それで刑事になったのよ」
「どうして頑張れたの?」
「うーん、負けず嫌いだったからかな。いつも頭ごなしに押さえ付ける母に見せてやりたかったのかもしれない。『私は一人出来るんだ』って。あと、やっぱり祖父の存在が大きかった。『お爺ちゃんが応援してくれるんだから頑張らなきゃ』って思ったの。多分それが一番の理由かな。どうしてそんなことを知りたかったの?」
「俺、刑事になろうかなって」
「へぇ……狼谷君が刑事……刑事!? 嘘でしょ!?」
「俺は嘘を吐かないといけない義務でもあるの?」
「あるわけないじゃん!?」
「なら良かった」
柔らかな微笑に、此方まで頬が緩んでいく。吹っ切れたような表情は見ていて安心感を覚えた。
「なんか変わったね」
「そうだね。変わったかもしれない。陽正に言われて考えたんだ。俺も押し付けるだけで、ちゃんと〝見た〟ことは無かったなって」
「どういうこと?」
「受け入れて貰うのが愛情だと思っていたのかもしれない。だから初めて信じてくれた明日香に懐いて、陽正にも……まぁ言わなくても分かるでしょ。情が湧いたんだよ。でも綾崎さんの時、言ったよね。『あなたは両親に愛されていた』って」
「うん」
「俺はいつから愛されてないと思って生きていたんだろうね。寂しいからって愛情がないわけじゃない。永君を見てて、それに気付かされた。……多分、気付く為の機会は今迄にも沢山あったんだと思う。でも出来なかったのは、昔の〝しこり〟があったからかな。
もう嘘を吐くのはやめたいと思う。俺のコレは意図的な時もあるけど、そうじゃない時もある。だから意図的な方は、もうやめようって。愛されない言い訳に嘘を吐くのはやめ。愛して欲しいって嘘を吐くのもやめにしようと思う」
「愛して欲しいってのは嘘じゃないでしょ?」




