第8話「嘘の皮」
「随分長い昼休みだったな。日辻」
「猿島警部……!」
現場に戻った私の目に映ったのは、見慣れた短髪。眉間の皺。更には般若のような表情の猿島警部だった。
反射的に背筋を伸ばしたのは、それ程彼が怖かったから。直属の上司である猿島警部は私のことを良く思っていないようで、理不尽な仕事を振り分ける人だった。所謂モラハラも彼の十八番で、私の最も苦手とする人間だ。
「今回は犯人確保に貢献したことで、お咎め無しだが、それは当たり前のことだ。むしろ刑事であるお前が居ながら時間が掛かりすぎだろう。どれだけ能無しなんだ」
今日の嫌味は大分ソフトだ。溜息だって会ってから二回しか吐かれていないのだから、機嫌はそれほど悪くないらしい。
「ところで、お前と一緒に犯人確保に協力した青年はどこだ。事情聴取をしたいのだが、見当たらないんだ。大方その青年を探していたのだろう。どこにいる?」
「あ、はい。先程その曲がり角で呼び止めたのですが、急いでたようで走っていってしまって。ですが、警視総監の御子息のようなので問題ないかと」
「お前は馬鹿か!!」
やはりこの場に連れてこなかったのは良くなかったらしい。いくら警視総監の息子だといえど、特別扱いをするべきではなかった。怒号を飛ばす猿島警部に肩を震わせ、私は叱咤を受けるべく身を固くした。
「警視総監に御子息はいない! おられるのは御息女で、それもまだ小学生だ!」
「え!? ですが、彼も嘘を吐いているという感じではなく……」
「だからお前は馬鹿かと言っているんだ! 何で得体の知れない人間の言う事を馬鹿正直に信じるんだ! これだから女は!」
——え? それじゃ彼は何者なの? あの犯人への対応、素人って感じじゃ……。
猿島警部の小言など聞く余裕はなく、私の脳内では口端を吊り上げた。不気味な笑みを浮かべている青年の顔が延々と回っていた。