第77話「四大空に帰す」
*
時刻は十八時前、小雨の中、土岐家の扉が開き、中へ入って行く男性を確認した。
「綾崎でしょうか?」
「どうだろうね。外に出てきたところで声を掛けよう。真空は先に出て……」
「寒いから嫌」
「さいですか」
片頬を吊り上げた犬養さんが苦笑を漏らす。彼女に倣うように眉を上下させていれば、真剣な表情の狼谷君が土岐家の扉をジッと見つめていた。
「どうした?」
「当たりだよ」
「誰が憑いてる?」
「お爺さんだね」
「老人? おかしいなアイツは孤児の筈だぞ」
「身内とは限らないよ。出てきた」
「随分と早いな」
「いくら何でも早すぎる。おかしくないか?」
「まぁ、そんなもんは二人で聞いてよ」
捨て台詞を吐いた彼が降車していく。綾崎と自然に擦れ違った彼は物陰に消えていった。
「アタシ達も行くぞ」
「は、はい!」
私を挟まず二人で会話する様に出遅れ感を覚える。慌てて降車する準備を整え、楚々とした背を追い掛けていくと、大袈裟に反応した綾崎と視線が絡んだ。
「綾崎和眞さんですね。私、こういう者ですが少しよろしいでしょうか?」
「……どういった理由で?」
「少しお話を伺いたいだけなんです。土岐さんの家で何をされていたんですか?」
「別に何も……」
「何も、ということはないでしょう。貴方は加害者、土岐さんは被害者遺族なのですから。もしも〝何か〟あるなら署の方でお話を伺いたいのですが」
「どうして今なんです?」
「どういう意味でしょう?」
「何故、今更あの親子に関わるんですか、と訊ねているのです」
「お聞きになっていないのですか?」
「私は、あの親子と親しくありませんから」
「永君が万引きをしました。そしてアタシに、こう訴えたのです。綾崎和眞を釈放して欲しい、と」
「え……?」
「釈放、だなんておかしいですよね。アナタは執行猶予がついて捕まってなどいません。ましてや永君は自分が父親を超能力で殺した、なんて言ったのです」
「まさかハルが……」
「『ハル』? 随分と親し気な呼び方をされているんですね」
「呼び損じただけです」
「そうですか。貴方は永君に会っていないのですね」
「当たり前じゃないですか。私はあの家族から父親を奪ったんですから」
「アタシも考えたんですよ。何故、永があんな嘘を吐いたのか、を。そしてあの子の言葉を信じるなら、第一として貴方が罪を犯していない、というのを前提として考えなければいけませんでした。
深夜の徘徊、濃い隈。あの子は恐らく貴方を探していたんですよね。そして万引きをすることで、警察を呼べることに気付いた。おかしなことを言えば、もう一度捜査して貰える。そうしたらいなくなった貴方を探して貰える。浅はかですが、もう一度貴方に会いたかったのでしょう」
「先程と仰っていることが矛盾していますが?」
「そうですね。永は知っていたんでしょう。あえて〝釈放して欲しい〟ということで、アタシ達の興味を誘った。それで永には会いましたか?」
「いいえ。ですから何でもないと言ってるじゃないですか」
「では何をしに行ったんですか?」
「言わないと帰して貰えませんか?」
「そうですね」
「……ゲーム機です」
「ゲーム機ですか?」
「はい。以前、永君が鍵を忘れた時に、家へ入れてあげたことがあったんです。その時に貸したゲーム機を見つけたみたいで、殺人犯の物なんか持っていられないから、と」
「連絡先を交換していたんですか?」
「いえ、ポストに紙切れが入っていたんです」
「おかしいですね」
「何がですか」
「貴方は自宅に寄ってすらいないじゃないですか」
「……どこから見ていたんですか?」
「初めからです」
「明日香、そこらへんにして」
「真空、どう……」
犬養さんを無視した狼谷君が綾崎の目の前に立つ。警戒したかのように身を固くするす彼は、どこか怯えるように狼谷君を見やった。




