第76話「乞食の空笑い」
「何食べてるの!?」
「パンだ。食べるか?」
「うん!」
犬養さんにミニクロワッサンを貰った永君が美味しそうに頬張る。それを眺めていると頬が緩んだ。
服の上からでは痣の有無が確認出来ない。けれども線の細さは伺える為、虐待の疑いを晴らすことは出来なかった。
「お母さんは今日も仕事か?」
「うん」
「そういえば今までも夜にコンビニに行ったりしてたんだろう? 何をしてたんだ?」
「それお母さんに言った!?」
「言ってないよ。安心しな」
先程まで綻んでいた表情が焦燥に変わる。目を剥いて食いつく様には恐怖を感じた。
知られたくないということは内緒だったのだろう。食す手を止め、逡巡しているかのような姿に私は息を呑んだ。
「……お腹が空いて」
「でも何も買わなかったんだろう? それにあんな時間に、あんな遠いコンビニまで買い物って感じじゃないよな?」
身を竦めた彼が唇を引き結ぶ。どうやら口に出来ないわけでもあるらしい。その様に苦い表情を浮かべた犬養さんが視線を前へ向けた。
「お母さん好き?」
「なんでそんなこと訊くの?」
「昨日、話出来なかったから。俺はね、お母さん好きだよ。優しいわけじゃないけど好き。永君は?」
狼谷君の言う〝お母さん〟とは誰のことなのだろう。静かに耳を傾けていれば、僅かな沈黙後、永君の声が空気を震わせた。
「俺も好きだよ」
「どこが好き?」
「お母さんの作る物は何でも美味しんだ」
「何が一番好きなの?」
「唐揚げ!」
「へぇ、俺も唐揚げ好きなんだ。食べに行っちゃおうかな」
「来てよ! 凄くおいし……あ、でも今はお仕事が忙しいから……」
「怒られる?」
眉尻を下げた永君が首肯する。狼谷君の「そっか」という声を最後に車内は沈黙に包まれた。それに居づらさを覚えたらしい永君が降車する。「またね」と去っていく背中は、とても寂しそうだった。
「虐待、なんでしょうか。でも愛情って見えませんよね。永君はお母さんが大好きみたいですし……」
「少なくともまともに食べてないんじゃない? あの細さなら」
犬養さんと似たようなことを言う狼谷君に目を瞠る。私に向かって「何?」と繰り出す様は不機嫌そうだった。
「どう見えるかって言ったら、あの怯えた様子からは虐待を疑わざるを得ないよな。ましてやあの部屋に料理をするような痕跡はない。どんなに酷い親でも子供は大好きなもんさ。全て自分が悪いと思い込んで庇おうとする。健気で、いじらしくて、だからこそ愛しい。だから……」
犬養さんは、その先を告げない。私達はそうして綾崎が現れるのをジッと待ち続けていた。




