第75話「空に三つ廊下」
「え? もう冬休み?」
「陽正、真に受けるな。まだだよ。午前授業だっただけだ」
「あ、そっか」
「相変わらず平和だね」
「すみませんねー!」
出会い頭に私を弄ぶのが恒例となりつつある。頬に空気を入れ怒りを表していれば鼻で笑われた。
「そういえばなんで狼谷君がココに?」
「充電器を持ってきて貰ったんだ。それと綾崎に会わせる為に」
「どうして綾崎なんですか? 菫さんでも……」
「ダメだよ。もし日常的に暴行されてて、それから殺人なら霊の方も同情して話してくれないことがある」
「なんで……」
「アンタの爺さんもそうだけど、その人に憑いてるのは大抵が守護霊なんだ。守護霊は〝守る霊〟大切な人を見守ってるんだ。心配だからね。つまり守護の対象者が不利になるようなことは大抵の人が口にしない。蟹江さんの守護霊みたいにね」
溜飲を下げ、手渡されたコーヒーを口にする。目を伏せる私に、犬養さんが優しく笑んでくれた。「気にするな」ということなのだろう。
「つまり対象者の得になるなら教えてくれるってこと。だから冤罪かもしれない綾崎の方に接触する。二人が話してる間に、俺は彼に憑いてる霊と話すってわけ」
「成る程」
「でも一つ問題があってさ」
「問題?」
「そ、綾崎に誰も憑いてなきゃ終わりってこと」
「そういうことだ。真空は〝視えるだけ〟に過ぎない。結局はアタシ達が、どうにかしなきゃいけないってこと」
結局、真実が分かったところで誰かが救われるとは限らないのだ。それを顕著に表すかのような犬養さんの言葉が胸を締め付けてくる。かと言って、考えても分からない私には、何をどうするべきなのかは分からなかった。
「そういえば気になることがあったんだよね」
「気になること、ですか?」
「ああ。綾崎は孤児で施設の出身なんだけど、高校を卒業して入った会社が倒産してるんだ。そして空白の期間があって、その後今の会社に就職している。それだけなら何らおかしくないんだが、また失踪してたみたいでさ。でも一ヶ月後くらいにフラリと戻って来てるらしい。その後はもう消えてないみたいなんだけどね」
「鬱、とかですか?」
「いや、一ヶ月有休を貰ってたらしい。でもその間、誰も連絡が取れなかったみたいでね。会社の人には海外へ旅行に行っていた、と言っていたみたいだが、おかしなことに綾崎はパスポートを持っていなかったんだ。おまけに出国記録も無い」
「それいつの出来事ですか?」
「三年前だ。何かの事件に巻き込まれたのかもしれない、と洗ってみたが該当するのは〇。それによく考えてみろ? 綾崎が勤めているのは大手企業だが、普通ただの会社員が一ヶ月もの有休を取れるもんか? それにこんな噂もあったみたいだぞ」
「噂、ですか?」
「ああ、コネ入社だった、とかな」
「もしかして重役に監禁をされていた、とか?」
「どうだろうな。そこらへんは調べてみないとなんとも」
「随分と埃が出てくる人だね」
私達の会話に狼谷君が割って入ってくる。シートの背凭れに肘を置いて、身を乗り出してくるものだから顔が近い。「ところでいいの?」と呟いた彼が真っ直ぐ前方を見据えている。そちらに顔を向けると、ジッと此方を見つめている永君がいた。
「さっきからずっとコッチを見てるけど? 入れてあげたら?」
「そうだな」
フッと笑った犬養さんが手招きをする。子供特融の細やかな動きを携えて此方に走ってきた彼は、後部座席に乗り込むと我が物顔で口を開いた。




